奮闘その十四:子供に格好いいところを見せよう!!
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「孵化作業員から聞きましたよ。トゲキッスが貴方達の元に降りてきてくれたようですね……卵が産まれたら、管理棟の孵化作業員に何なりとお申し付けくださいませ」
にこりと笑って、スバルはパンフレットの写真を見せる。
「我が育て屋の、孵化メニューの中でも最高品質の徹底健康管理コーナーも、貴方への恩義として無料でご提供させていただきます。
もしも子供の顔が早く見たくて見たくて仕方が無いのであれば、シャンデラのサイファー・タリズマン兄弟が取り急ぎ孵化をしてくれますよ、どうでしょう?」
そんな必要はないと、杭奈はガウッと鳴く。スバルはパイプの意匠が施されたUSBケーブルを咥えるふじこを通してその鳴き声の意味を文字にして表示する。
「『マwジwイwラwネwーw』分かりました……ですよね。やっぱり自分の卵は自分で温めたくなりますよね。ですが、母体の健康については一応お気を付けを。
ペテンちゃんにはしばらく戦いは控えて、よい食事をとっててくださいと伝えてくださいね……
うん、こういう時こそ昼食マッチで夫が餌を運んであげると格好良いと思いますよ。杭奈君、頑張ってくださいな」
そんなに僕を戦わせたいのか、と杭奈は肩をすくめる。
「いいではありませんか……交尾して終わりなんてのはルカリオの男がすることじゃないですよ。
戦って餌を勝ち取り、女性を保護してあげる。それも中々乙なものだと思いますよ。それに、子供を持ったルカリオは房の力も強化されるではありませんか」
杭奈は分かってますという意思を込めて鳴き声を上げる。
「『んあこたぁ、テメーに言われなくても分かってんだよ』……はは、ですよね。杭奈君もペテンちゃんも子供は大事にする種族ですし、本能的に分かっておられるようで」
微笑ましそうにスバルは笑い、期待を込めた眼差しでスバルは杭奈を見る。
「親が子供のために強くなるというのは良いものですね。今の貴方は、私と似ているけれど、違うところも多いものです。
親がろくでもないせいで強くなった私にしてみれば、貴方の子として生まれる子供は羨ましい限りですよ……。
さて、貴方にこんな言葉を教えましょう。鋼の刃というものはですね、自分よりも固い槌によって鍛えられ、柔らかな砥石によって研ぎ澄まされるものなのです。
貴方は、目標に出会い師匠に出会い、戦いのノウハウを叩きこまれて鍛えられました。
私は、親に盗みを強要され、社会の厳しさを叩きこまれて鍛えられました。
貴方は、ペテンを得て強くなる意欲を得ました。
私は、自分より弱い子供を拾って強くなる意味を得ました。
きっと、ペテンの子供が生まれれば、貴方はまた強くなるはずです。
キリキザンの刃のように、自分の刃よりも柔らかな石によって研ぎ澄まされるはずでございます。
あなたに更なる切磋琢磨と研鑽がありますよう、頑張ってくださいませ。私も、応援しておりますよ」
杭奈は、スバルが何故自分をこれほどまでに気に入っているのか、あまり理解はできなかった。
しかし、強くなる事を応援され、子供が出来たことを祝福されていると思うと悪い気はせず、はにかみながら頷いた。
スバルが言った、『貴方はまだ強くなるはず』という言葉は、その言葉通りというべきか。
子供が出来たとわかってから、杭奈の房の力は知らず知らずのうちに強化され、徐々に戦闘中も無理なく連続発動できるようになる。
そうして、杭奈は気のせいでは説明がつかない割合で多くの勝利に導かれたようである。
一日に複数の昼食マッチを行い、安静にしているペテンに木の実を届ける毎日。
無敗ではないけれど、刻々とその開催日が迫るダークライ・ビリジオン感謝祭に向けて、杭奈の動きは日ごと確実に強くなっていた。
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卵を温めながら走り回ることにより、野生よりもはるかに速いペースで珠のようなゾロアの子が生まれてから数日。
その子供をファントムと名付け、手がかかる時期を抜けないうちから戦線に復帰したペテンと共に、杭奈は子供の分の木の実を勝ち取る毎日だ。
ペテンはまだまだこの子が育つまでは現役を止められないと、育児と修行の二足の草鞋は履き続けるつもりらしい。
まぁ、無理しないように、と人間の職員から注意され、それを最優先にしてペテンは日々を過ごし、ペテンとの初体験を迎えてから1ヶ月。
ジョンと再開の約束をした日であるダークライ・ビリジオン感謝祭が開かれる日が訪れた。
開催場所は、普段は閑散としているブラックシティとホワイトフォレストの境界点。
夢の世界、ハイリンクの影響が最も強いとされるこの土地は、夢の世界から流れ込んだ欲求が人々の潜在意識に夢や幻覚という形で非常に強く作用した。
かつては、その影響が町の各所に点在しており、まさしく混沌とした状況。
いかなる聖人でさえも、黒の影響を受ければ刺激と変革を掲げ、暴力的になり、いかなる悪人も白の影響を受ければ平穏と保守を掲げるようになる。
夢の影響による神のみぞしる運命の悪戯の心ひとつで被害者と加害者が入れ替わるこの土地。
ある意味では釣り合いが取れているが、心を壊す者も少なくなく酷い有様であったという。
開拓時代も終盤を迎えた頃に貿易商がこの国に連れて来た、、悪夢を操るポケモンであるダークライ。
そのダークライが街の半分から黒い夢をその身に取り込み、ホワイトフォレストを作ったとされている。
そして、ホワイトフォレストの空気に惹かれたビリジオンが、ちやほやされるダークライに嫉妬して、自分もちやほやされようとブラックシティを作ったと言われている。
ダークライはクリスマスが終わってすぐに現れ、新年の11日までの間にホワイトフォレストを形作ったので、この街では悪い子に悪夢を届けるダークライの意匠を施した黒いサンタクロースやダークライサンタなどの名物がある。
その他、もう一つの名物として知られるのが、ビリジオンがブラックシティを作り終えた日。今日から二日間行われる感謝祭であった。
このお祭りは、ブラックシティに住むビリジオンに対してホワイトフォレストの酒を。ホワイトフォレストに住むダークライに対してブラックシティの酒を奉納する祭りである。
その奉納の儀式は、ビリジオンに対する奉納の儀式に格闘タイプ。ダークライに対する奉納の儀式のために悪タイプのポケモンが人間の介添えを担当するのだが、その介添えのポケモンは祭りの1日目に闘って決めるのだと。
自分の肌に合わない街に暮らす事で弱り切った二種のポケモンの格闘もしくは悪の力。
それを補給するべく、大会で勝ち抜いた最も強いポケモンが御神体に向かって最高の技を放ち、砕け知った御神体を大地にばらまくのだ。
去年はスバルのトリニティがダークライのために御神体を噛み砕き、噛み千切り、悪の波導で粉々に粉砕した。
格闘部門の方はと言えば、ピジョットを思わせるオールバックの髪形をしたトレーナーのエルレイドが格闘の御神体を跡形もなく切り裂いて終了したのだとか。
今では観光客を呼ぶために興行の意味合いが大きいその祭り。この日ばかりはブラックシティも全力で犯罪を監視され、安全が確保される。
ジョンは去年の祭りで好成績を収めており、惜しくも優勝者にやられて3位に甘んじたものの、今年こそはと意気込んでいた。
さて、この祭りと育て屋の関係だが、この日ばっかりは主人と共に一時的に預かりを解除するトレーナーが多く、育て屋のポケモンが4分の1ほど消え去る日だそうだ。
杭奈の主人もその口で、一人のトレーナーが一部門に一匹ずつ出場できるために静流を悪タイプ代表に。杭奈を格闘代表としてに連れて来ている。
本来なら、ジムのエースであるエンブオーを出場させるつもりだったのだが、スバルの強い推薦があったために杭奈を出してみることにしたのだとか。
もちろん見学はいくらでも可能なので、催眠術をようやく覚えた袴も訪れているし、静流などジムのポケモンも多数連れている。
杭奈はペテンと一緒にオリザに連れられ祭り会場に付いて早々、杭奈は波導を感知してジョンを探し当てた。
杭奈とジョンはこの祭りで約束通り会えた事に小躍りしながら、この1ヶ月と数日の間に起きた事を得意げに話した。
ジョンが育て屋を卒業する前は袴と仲の良かったペテンと紆余曲折あって結ばれ、子供まで生まれたという事を説明するとジョンは自分のことのように喜んで、その親子を見せろとせがんだ。
顔を見せてやれば、可愛い子だとお決まりの褒め言葉を言って頭をなでる。
人見知りするファントムはジョンの事を怖がっていたが、ジョンは気分を悪くすることなく杭奈をひたすら褒めていた。
ペテンはというと、本来の主人が来ていないためか出場する事はせずただの見学扱いで、杭奈を強く、魅力的にしてくれたジョンに感謝しつつ、喧騒の中で不安そうな子供をひたすら愛でている。
主人のオリザは、パイプを組んで作られた粗末な金属製の足場に腰をかけて、観戦モードに移っており、ジョンの主人と一緒に自分のポケモンや仕事に関する話をぎこちないながらに話していた。
ポケモン達が勝手に仲良くなったせいか、主人同士はまだまだ表情が硬い。
それと引き換えポケモンの方はジョン自ら気軽にパシリを申し出るくらいには仲がいいといった感じだ。
「はい、杭奈。後ペテンにも……袴君は綿あめだったね」
大量のお菓子を抱え、ながらジョンは笑う。
「あ、ありがとう……」
杭奈にチョコバナナを。ペテンとその子供で、ペテンの主人が名付けてくれたファントムという名のゾロアには杏子飴を。
袴には綿をそれぞれ渡してジョンは座りこむ。自身はソースせんべいを買っており、座りこむと同時にガリリと豪快に齧りついた。
お金の使い方をよく知らない杭奈と違って、ジョンは身振り手振りだけで買い物が可能なほど人間社会に順応していて、こういったスキルはレンジャー時代に付いたものだとジョンは笑顔で語る。
強さの面ではともかく、ジョンの器用さにはやっぱり敵わないなと杭奈は思うのであった。
強敵と思われる者もちらほらと見かけられる中、ジョンもやっぱり強敵というカテゴリに位置するようだ。
なんの間違いかトーナメントで最初に当たった相手のポケモンも性別が違うとはいえコジョンドだった。
いわゆる同族対決と言えば白熱してしかるべきだが、ジョンはと言えば腕から伸びる体毛でパシパシとはたいて苛めぬき、それだけで勝利をもぎ取ってしまう。
この試合は、トレーナーかポケモンの降参及び、戦闘不能に場外負けで勝負がつくのだが、ジョンの場合はポケモンの降参負けである。
傍目には大した傷は見えないが、毛皮の下の皮膚には相当な痛みだったようで、負けを認めた頃には痛そうに顔をゆがめている様子が見て取れた。
少々やり過ぎたかとジョンは苦笑していたが、女性相手に傷をつける事は最小限にした上での完全勝利、見事なものである。
杭奈の印象は、昔と変わらず『強い』というもの。とは言え、何のこと無いとばかりに涼しい顔して帰ってくるジョンは前よりも少し勝てる気がして見えた。
杭奈は『きっと自分が強くなったのだろう』と考えて、自身を奮い立たせることにした。そうでも思わないと、尻ごみしてジョンには絶対に勝てない気がしたのだ。
とにもかくにも、全てのポケモンが弱点タイプを使って来るこの戦いで、どこまでいけるかは不安であった。
でも、きっと大丈夫さと気合を入れて、杭奈は順番が回ってきて舞台に飛び降りた。