奮闘その十二:恋人と一緒に強くなろう!!
28
翌朝。4足歩行から2足歩行へと変貌を遂げたペテンは、身体能力こそ軒並み強くなったものの、戦い方は赤子のように右も左も分からないままだ。
杭奈や袴の戦い方を何度も見て来たから、ペテンも見よう見真似というのは出来るが、いかんせん足運びもお粗末ならステップの踏み方も無駄が多すぎる。
まだうまくバランスも取れずに転ぶことすら多いペテンに、杭奈は色々教える。
立ち姿から前後左右への移動。近づかれた時の防御の基本から迎撃の方法。それらを手とり足とり教えることに、午前中の時間は費やされた。
ペテンにトレーニングをつける間、杭奈は不思議な気分に浸っていた。
以前まで、ずっと教えられる立場だった自分がペテンに対して技を教えている事が、今までの自分からは想像もできない出来事だったからであろうか。
「ふぅいぃぃ……つっかれたぁ」
女性だというのに、股を開け広げたまま大の字になってペテンは寝そべる。疲れたという言葉とは裏腹に、充足した表情の彼女は口元が笑顔で緩んでいる。
「お疲れ様」
そう声をかけながら、杭奈もペテンに倣って大の字になる。
平地エリアから隣接する森林エリアの木陰の下。柔らかな木漏れ日と時折吹く涼風を浴びて、二人は揃ってパンティング*1を始める。
そうして寝転んでいる最中、先程までのトレーニングを反芻していた杭奈は、胸の内に芽生えた不思議な感情について考察する。
「ごめんね。教えるのが楽しすぎてつい調子に乗っちゃって……」
その感情とは、ペテンが女性であるとか、そういうのを関係無し(だと個人的に思っている)に感じる言いようのない嬉しさや達成感だ。
自分が何かを出来るようになったわけでもないのに、教えた通りに動作を行えるペテンの姿がとても嬉しい。
次々と動きを吸収していくペテンを見て、そんな感情が杭奈の胸の中に芽生えたのだ。
「ペテンがどんどん動きを覚えてくれるものでさ。辞めどきも分かんなくなっちゃった……学習能力半端ないね」
「それはあれよ。ゾロアークは幻影を見せるために、動きや風景を記憶する能力が非常に優れているの……どんな相手も一度顔を見れば忘れないようにね。
名前を覚えるのとかは苦手だけれど……うん、教えるのが楽しいあなた好みの能力でよかったわ」
「そうなの……ゾロアークが相手でよかった」
きっと、ジョンもこんな気持ちで自分に色々教えていたのだろうと考えると、ようやくジョンと同じフィールドに立てたような気がして何だか胸が熱くなる気がした。
とはいえ、まだ満足に物を教えられる程強くなったつもりはない。
きっとまだ、ジョンや静流のように強くなれてはいないが、杭奈は教える楽しみというものを知り、もっともっと教えてあげたいと思うようになる。
また一つ、杭奈に強くなる理由が出来た。
同時に、改めてジョンに感謝せずには居られなかった。『貴方が強くしてくれたおかげで、今はペテンに基本的な動作を教える事が出来ます』と。
「これからはもうちょっと押さえることにするよ」
杭奈は謝って、肩をすくめてみせた。
「いいって。私もゾロアークの体に早く慣れたくって張り切っちゃったんだから……むしろこっちが付き合わせて悪かったわ」
寝転がりながら、杭奈はペテンの方に首を向けて微笑む。
「そう……それならお相子ってことにしよっか」
「そうしよう。謝り合うのも疲れるわ。……疲れたから昼食マッチの時間まで……ずっとこうしてようかぁ?」
「うん……そうしよう」
風と陰に包まれて、互いに少しばかり体温が下がってきたら、ふーーーっと長く細く息を吐く。こうすると、少し落ち着いた気分になった。
「う〜ん……やっぱりね」
「何が?」
と、杭奈は横を向く。
「杭奈君なら、上手に私をエスコートしてくれると思っていたけれど、大体予想通りだったなって。だから、進化して良かったって思うの」
「……そう。褒めているんだよね、それ?」
「当り前よ。少なくとも昨日と今日は上手くエスコートしてくれたじゃない」
杭奈の方を向きながら、ペテンはクスクスと笑った。
「ありがとう……感謝するばっかりだったけれど、僕は初めて自分の努力で感謝された気がする」
「感謝された事に感謝って……それ、無限ループになっちゃうじゃない。感謝されたことに感謝されたことに感謝されたことに感謝されたって言う風に……
これ以上疲れたくないから、そんな馬鹿みたいなことやめてよ。もう」
ペテンはおどけて笑って見せる。無垢なるままの自然なその仕草は、静流のようなあくどい女性と違って杭奈を素直に笑顔にさせる。
「はぁい……」
と、はにかみながら口にして、木漏れ日を見上げながら杭奈はゆっくりと目を閉じる。ペテンに比べると、運動量は少なかったのだが、昨日の疲れが残っていてすぐに眠ってしまった。
起こしてしまうのも何なので、ペテンも一緒に眠ることにした。ただ、起こすつもりはないが一つだけちょっかいを出さずには居られなかった。
投げ出された杭奈の手をペテンは優しく包み込み、指同士を絡ませ合いながら二人は眠りにつく。
昼食が始まる放送を聞いて目覚めるまで、二人は心地よい夢を見ていた。
眠りから覚めると、時刻はちょうど昼時であった。今日の食料を受け取った二人は、早速対戦相手を探しに周囲をうろつくことにする。
「さて、昼食マッチだけれど……ダブルの相手って結構少ないんだよなぁ……」
「兄さん、そこはまぁ気長に探すっきゃないわけで……」
杭奈とペテンと袴の三人は、森林エリアの奥地から行ける洞窟エリアを回っていた。
「えり好みはあまり出来そうにないね……あ、あれなんてどう? あそこのギガイアスとドリュウズ。相性的にもそこまで極端な有利不利はないし……誘ってみない?」
杭奈が指さし、提案するとペテンはうんと頷いた。
「なるほど、良い考えね。ねぇ、そこのお二人さん……私達と、木の実の等価交換で昼食マッチをやらないかしら?」
決断したら即行動。ペテンはギガイアスとドリュウズに交渉に出る。相手に二人組は顔を見合わせ二言三言の会話をすると、互いに納得し合ったようだ。
「良いだろう。ダブルバトルでいいんだな?」
ドリュウズの男が尋ね返す。
「えぇ、望む所よ」
「うん、僕も」
杭奈とペテン、共に頷きあって、ダブルバトルのカードは組まれた。
「よっしゃ、始めようぜぇ」
ペテンと杭奈が頷くと、戦いたくてうずうずしていたという風に、ギガイアスが仕切る。
「ちょっと待って」
と、ペテンが手で制すと、彼女は杭奈と瓜二つのルカリオに変身していた。そのまま、彼女は自分達を幻影の壁の中に包み込み、自身をシャッフルする。
幻影の壁を消して再び姿を見せた時には、傍目にはどっちのルカリオが杭奈なのか全く分からない状態で戦いがスタートすることになった。
「よっし、頑張って。杭奈兄さん、ペテン」
29
種族を考えれば、相手は恐らくどちらも物理型。こちら側の方を考えれば杭奈を前衛に、ペテンを後衛にというのが普通である。
しかし、まず最初に二人は波導弾の構え。ゾロアークは戦闘中でも、自分の身長分くらいの範囲には非常に精度の高い幻影を見せる事が出来る。
今の状態では、どちらが本来使えないはずの波導弾をチャージしているのかわからない。
そもそも、ゾロアークの技構成など詳しく知っているわけでもないので、相手二人はどうすべきか考えるのに忙しい。
しかし、着々とチャージされる波導弾を指を咥えてみているわけにもいかず、もうそんなの知った事かとばかりに敵の二人も攻撃に転じる。
ギガイアスは眼前に出現させた大岩を、逞しい前脚で砕きながら弾き飛ばした。
岩雪崩がドリュウズの背中に当たってしまうが、それを気にするほどドリュウズは柔でもないし、タイプ相性的にも岩雪崩なんて小突かれたようなもの。
左のルカリオが斜め前方のドリュウズに向かって両手を突き出し、波導弾を放つ。
ドリュウズは波導弾を真っ向から受け止めてやろうと鋼の爪で防御をしようとして、しかし突き出した左のルカリオの手から放たれた波導弾は数十センチ進んでふっと消える。
代わりに、ギガイアスの脚元から蔦草が伸びた。と、同時に左のルカリオは迫りくる飛礫から顔面の急所を守る。
正体がさらけ出され、左のルカリオがゾロアーク――ペテンと確定した。さきほどの波導弾を放つモーションはもちろん幻影だった。
波導弾を使っている風な幻影を見せつつ、実は草結びでした――など彼女には造作もないことだ。痛みか何かで気を散らさなければ……ではあるが。
右のルカリオ。つまるところの杭奈と確定した彼は、ドリュウズが走りだした早い段階から波導弾のチャージを中断。
敵の巨大な爪がペテンに届かないよう、ドリュウズに向かって岩の飛礫の痛みに耐えながら突撃した。岩雪崩は効果はいま一つとはいえ、やっぱり痛い物は痛い。
ぶつかり合う巨大な爪と鋼鉄の棘のメタルクロー合戦。体は大きいが線の細い杭奈と、その逆である体は小さいががっしりとした体格のドリュウズ。
2匹は膂力において互角。互いの鋼同士が火花を散らして大きく弾かれた。
杭奈はスバルから習った足捌きで素早く体勢を立て直し、一瞬早く脚を踏み込んでドリュウズの懐に踏み込む。
ドリュウズが今度はドリルライナーを放ってやろうと頭、のリーゼントと両腕の爪を合わせて巨大なドリルになろうとしたところで、杭奈は相手の頭と爪の間に自身の腕を挟んで相手の構えを止める
ドリュウズのリーゼント状の頭部に付いたかぎ状の刃の後ろ側からドリュウズの首を抱き、右腕でしっかり頭部を固定。
杭奈の残った左腕はドリュウズの右腕を掴み、ついで右足でドリュウズの右足の甲を踏み潰してダメージを与える。
それからは、勢いがついたままの右足で無防備な腹に向かって何度も何度も膝蹴り。
体重が乗りきってはいないため、その膝蹴りで大ダメージを与えることは難しいが、ドリュウズは長すぎる爪も、掴まれている頭突きも全く使えない事を考えれば十分だ。
ドリュウズは地震もドリルライナーも放てず、ぺチぺチと杭奈の尻を叩くので精いっぱいだ。
ペテンは、草結びによる拘束がギガイアスに働いている一瞬の間に、組みつきあっている杭奈とドリュウズの元に走り、右腕を押さえられて防御できないドリュウズの脇腹に体重を込めたローキックを繰り出す。
ぐはぁっと、眼が飛び出るような表情をしてドリュウズが唾を噴き出す。それを好機とみた杭奈は、首に巻き付けた腕を離して背中に強烈な右肘打ち。
決まれば必殺の一撃であるそれを喰らって、ドリュウズは強烈な痛みを覚えながら倒れ伏した。
波導で形成した仮初の草はいずれ消える。ペテンが攻撃している間に、ギガイアスは草結びによる拘束が解け、再び岩雪崩を放とうとするが――
「くそっ」
ギガイアスは毒づいた。ペテンは髪を盾に、杭奈はドリュウズを盾に、岩雪崩に対して鉄壁の構えで挑む。
これでは岩雪崩で攻撃したところで、与えられるダメージはたかが知れている。それどころか味方を巻き込みかねないと来たものだ。
どうするべきかと悩んでいる一瞬の間に、ペテンはステップを踏んで杭奈の後ろに隠れて気合い玉をチャージ。
すさまじい力がペテンの掌にチャージされるのを見ては、頑丈なギガイアスも冷や汗ものだ。
「この状況じゃ勝てるわけがないな、こりゃ……降参だ。木の実はもって行け」
杭奈はドリュウズを下ろし、ペテンはチャージしていた闘気を周囲に散らして肩を下ろす。
「僕達の勝ちだね」
「私たちの勝ちね」
勝ちを確信しあった二人は、ハイタッチを交わす。高らかに響く乾いた快音と、それに負けない快の感情が袴の心の内に強く響いて余韻を残した。
「今日のダブルバトル……二人とも……楽しそうにしていたね」
木の実を食みながら、少しものさびしい口調で袴は呟いた。
「初めてにしては息が合っていたからね」
「うん、楽しかったわ……すっごく。これなら杭奈君は私の理想かも」
同時に答えた杭奈とペテンの言葉に、袴は納得する。
「これ以上、僕が邪魔する余地はないみたいね……うん、ペテンは進化して良かったよ」
「そう言ってもらえると嬉しいわ。私達お似合いかも」
「袴の事を思うとちょっと複雑な気分だけれどね……まぁ、でもそうだね」
見下ろすペテンに、杭奈は肩をすくめながらはにかみ返す。
「あの、僕……昼食が終わりましたら、催眠術が得意な人見つけて……ちょっと徹底的に鍛えてきます。
それで、催眠術を完全に物にしましたら……杭奈兄さん。あなたとも、いつかダブルバトルを組ませてください。
ジム戦は、ダブルじゃないけれど……今日の試合を見て、ペテンちゃん以外にも、杭奈兄さんと組んでみたくなりました」
「うん、いいよ袴。お互い頑張ろうね」
杭奈はにっこりと微笑み返す。
袴と杭奈は拳を合わせて誓いあう。真ん中に座っていたペテンは邪魔くさい二人の手に苦笑するばかりであるが、その光景を見る目は穏やかであった。
◇
そして、その日の夜。
スバルの厳しい修行が終わり、二人は昨夜と同じく木に腰掛けて呼吸を整えていた。
「なるほど……ダブルバトルは大成功というわけですか……。それはそれは、喜ばしい事ではありませんか……
しかし、修行とデートの両立とは、中々にハードな毎日を送っておりますね……杭奈さんも」
しみじみと溜め息をつくと、杭奈は大したことないよとばかりに笑う。まったりとした雰囲気で1人と1匹は木の下に寄り添った。
「君は、良い眼をしていますね。強くなるわけです」
何故だか思いだせないが、とても聞きたかったような言葉を聞いて杭奈は尋ね返そうとスバルの服を引っ張った。
「な、なんでしょう? 良い眼をしているって褒めただけですよ? 視野が広いとか、相手の攻撃をよく見ているとか……あと、記憶力も良いですよね。
見た事を忘れないと言いますか……ちょっと褒めただけなのに、そこまで大きな反応をしてどうしました?」
と、スバルに言われて杭奈はこの言葉が喜ばしい理由を思い出し、それをスバルに話すことにした。
ハーモニカの意匠が施されたUSBポートを咥えたふじこ越しの会話で、通訳精度には少々難があったが、話して行く間にもさらに嬉しさも込み上がってくる。
この育て屋に訪れた当初、静流に見る目が無いと言われて以来、見ることについては真面目にやってきたつもりだ。
見て真似することの重要さはジョンを相手にするとき、教えられた時も常に実感していて、集中力が途切れないように注意したものだ。
切っ掛けが、静流の一言であるのは今の今まで忘れていたが、スバルに言われてみると、色々な事が蘇ってきた。
「ほう、ここに来た当初に、静流ちゃんに見る目が無いと言われた……ですか。それで、貴方は眼を鍛えていたと……感心ですね」
スバルに褒められると、杭奈は嬉しそうに鳴き声を上げる。
「嬉しいですか? では、更に喜んでもらいましょう……貴方の足捌き、この2日で見違えましたよ……貴方が私の動きをよく見ている証拠です。
その眼の才能を、きちんと貴方は生かしておりますよ……とても優秀な生徒ですので、教える私としても嬉しい限りです」
杭奈は照れたように顔を伏せ、しかし嬉しそうに喉を鳴らす。
「でも、恋愛の方はどうなんでしょうね? 静流さんに惚れるあたり、あまり女性を見る目はないと思いますが」
クスクスと笑いを交えながらスバルが言うと、どういうことだと杭奈は唸り声を上げる。
「あの子はですね、君の事をまぎれもなく大切に思っておりますよ。ただ、恋愛感情ではないと言うだけで、ですね。
なんせ、あの子も貴方と同じ。群れで生きるポケモンなのですから……ズルズキンの女の子が、年下を大事にしないわけはありえませんよ」
スバルがしみじみと言えば、杭奈は罵倒されたわけではないと分かって唸るのを止めた。
「それで、ペテンちゃんの方はどうなっています? 上手くいきそうですか」
杭奈がまだ分からないと苦笑して肩をすくめるので、スバルは微笑んだ。
「ですか。あの子はダブルバトルの相性を重視する事ですからね。これまでシングルばかりだった貴方には慣れない事も多く、辛いものがあると思います。
ですがね。これから先貴方の眼は学ぶことにも戦うことにも大きく役に立つでしょう。特に、ダブルバトルの際にはその視野の広さは何よりも大切な武器となるはずでございます。
ですから、その眼を大切にしてくださいませ。貴方を強くする武器であり、手段となりえますので」
分かっていますよ、とばかりに杭奈は頷いた。
「そうか、なら良いですが、なんというべきでしょうか……ペテンちゃんが強い相手を求めているとはいえ、もう少し身だしなみを整えた方がいいですよ。
今日は特別に私が梳いてあげますから、毎日夕方はきちんと職員に梳いてもらってからこちらに来て下さいませ」
全く、と溜め息をつきながらスバルは杭奈の毛繕いを始める。久々の毛繕いがよほど気持ち良かったのか、杭奈はいつの間にか眠ってしまった。
夏だし風邪もひかないだろうと、杭奈はそのまま木の下に放置されて夜を過ごすのであった。