奮闘その十一:進化しよう!!
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「しかし……何処にいるのやら」
探し始めてから数分。あの彼女は自由に姿を変えられるので、実は見逃していただけかもしれないというのが性質が悪い。
「こうなったら房を使うっきゃないかなぁ……あれ、袴?」
ふと鼻を動かして見ると、近くに袴がいるらしい気配を捉えた。さっきまで平地エリアにいたというのに、何故砂地エリアに……と、杭奈は首をかしげる。
匂いに導かれるままついて行くと、そこにはバカラ教官に見守られながら足運びの練習を行う袴の姿が見えた。
「あれ、袴。何してるの? さっきまで平地エリアにいたと思うんだけれど……」
「ん? 僕は今日、平地エリアには居ませんでしたが……それ、もしかしたらペテンの悪戯じゃないでしょうか?
彼女、たまに性質の悪い悪戯をしますからねぇ……ほら、僕は本物ですよ。嗅ぎわけるなり波導感知なり、やってみてください。
……って、なんというか兄さん酷い感情ですね」
「いや、もしかしたらとんでもない事をしちゃったかなぁって」
「よくわかりませんが、ペテンに何か変なことしたら許しませんからね。一応、彼女は親友なのですから、傷つけたら兄さんといえど許しませんよ」
何だか、偽物と思しき(というよりはペテンの悪戯?)袴と似たような釘を刺されながら、杭奈は先程ニセの袴がいた場所を目指す。
「いないなぁ……」
平地エリアの木陰で休んでいたはずの偽袴は消えていた。
仕方が無いので房を立てて探してみようとすると、
「くおらっ!!」
――真上にいたペテンが襲いかかってきた。
「いべしっ!!」
そのまま地面に倒れ伏した杭奈に対して、憤慨の形相でペテンは睨む。
「悪戯で姿変えてたって気づけ、この馬鹿ちん。後に退けなくなって結局変身解けなかっただろーが」
言い終えると、ペテンは溜め息を突きつつ虚空を見つめた。
「えと、ごめん。も少し、きちんと伝えておきたかったんだけれどさ……色々と浮かれていたかも」
「悪戯していたオイラにも非はあるから、それについてはお相子という事で良しとして……やっぱり良くないけれど。オイラのお婿さんが杭奈君ねぇ……
うぅん、もう子供っぽい口調も必要ない……か。私の、お婿さんねぇ……」
ペテンは杭奈から飛び降り、起きあがった彼を見る。
「見た目は合格。……性格も、実直でがんばり屋。素直で思った事が顔に出やすいって子供っぽいところはあるけれど基本的に善人」
突然、ペテンが値踏みを始めて、杭奈は反射的に背筋を伸ばした。
「まぁ、悪くない相手よね。悪くない……最近、地道に強さを増しているし……でも、どうしたものやら。今までの男とどう違うかしらね……ってか、そうよね。
貴方は私が今まで男とのお見合いを何人か拒んだこと、知っているわけよね? なに、杭奈は自分なら私を満足させる事が出来るって自信あるの?」
ペテンは大きくため息をついて首を振る。ヘタった尻尾は、彼女の気の滅入りを表していた。
「う、うん……僕、今はもう結構強くなったし、守ってあげられると……ほら、今まで君と付き合おうとしたのって……」
「えぇ、弱かったかし、ダブルバトルの相性も悪かった……確かに、貴方は強い。
けれど、でも……ダブルバトルの相性はどうなのかしらね?」
そう言ってペテンはじろじろと杭奈を見るが、見ただけではやっぱりわからない。
「いや、分かったわ。貴方は主人の理想に近いイメージだし、私も主人のために腹括って見せる……結婚でも何でもしてやろうじゃないの。
だけれどね、レディ相手に労われないようなやつだったら、あんた噛み殺すからね!!」
「あ、うん……その、ごめん」
「あんな形で、貴方が婿候補だと伝わったのは私も悪いって言っているでしょ!!
これ以上『ごめん』とか『すまん』とかうだうだ言っていると、始まる前に噛み殺してやるわよ」
なるほど、彼女は物凄く怒っている。自分が悪いとわかっていても、正体に気付かずに無神経に話した杭奈の間抜けさには、腹が立つのも仕方が無い。
「これ以上……ヒステリックになっても仕方が無いわね」
「いや、その。別に断っても良いって言われているんだけれど……スバルさんも相性があるって言っていたし」
「そりゃ、そうなんだけれどさぁ。主人の期待って奴があるんでしょ? 悪の波導やらカウンターやらを覚えたゾロアが欲しいとかなんだとか主人言っていたしねぇ……
まぁ、いつかは誰かで妥協しなきゃならないとは思っていたし……変な男に捕まるよりかは、貴方になら悪くはないって思っていたけれど……
でも、何故なのかしらね。実際に話があなたに決まると無性にむしゃくしゃしたのは……」
恐らく、それはマリッジブルーと似たようなものなのだろう。良くも悪くも急激な環境の変化というものは強いストレスになるものだ。
「う〜ん……それは……分からないや」
何か気の利いた一言でも言ってやろうかと、前フリをした杭奈だが結局何も思い浮かばずに無様な言葉を吐いてしまう。
「まぁ、一つあるとすれば、あの時に私の正体に全く気付いていなかったってことよね。その鈍ちんなところかしら
べらべらと無神経に衝撃の事実を突き付けられりゃあ、私も苛立たしくはなるわ。それで、さっきはちょっと八つ当たりしちゃったけれど……
今はちょっとだけ落ち着いている。まだ少しはイライラしているけれどさ」
「そ、そう……それは良かった」
まだ、含みを持たせた言い方ではあるが、言葉通りの解釈をした杭奈はほっと息をつく。
「でも、このまま貴方に普通に体を赦すっていうのは、流石に無いわね……と、言うわけで」
「言うわけで……?」
「デートしましょ。今までは、変わらずの石仲間で袴君とイリュージョンで昼食マッチのダブルバトルを引っ掻きまわしていたけれど、明日からは……」
上目遣いで杭奈を覗きながら、ペテンは顎をくいくいと動かす。
「……あぁ、うん」
何をしてほしいのか察した杭奈は、ペテンの変わらずの石を外してあげた。これで、明日までには恐らく進化してしまうはず。
「貴方と一緒に、美味しい木の実をゲットして回りましょうか。その過程で私をメロメロにしてよね」
「あのー……今更こんなことを言うのも何なんだけれど。それでいいの?」
自分から出会いを棒に振るような事を言うのはあまりしたくなかったが、それでも杭奈は尋ねずには居られなかった。
「うん、さっきも言ったでしょ? 変な男を掴ませられるよりかはずっとまし。でもまぁ……体を赦すとなるとね。
私の事を守れるくらい強いかどうか見届けさせてもらいたいし、私の事をよく知ってからにしてほしいな。
何がとは言わないけれど、私の性格を知っていれば……トゲキッスへの配達依頼とか、そういうのも色々円滑に出来るでしょ? そりゃ本当ならもっといい男をえり好みはしたいけれどさ。
野性じゃもっと選択肢も狭そうだし、それに比べれば恵まれていると思って……妥協する」
「だきょ……一言多い気がするけれど、分かった。出来るだけ、君に気にいられるように頑張ってみる」
「決まりね。じゃあ、明日から昼食マッチタッグ……頑張りましょう。とはいえ、今日は袴君と一緒にすることになりそうね……」
さずがに昼前までには進化しないはず。ゾロアの姿を少々名残惜しく思いながら、ペテンはこれから先のことに不安と期待を綯い交ぜにしていた。
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そうして昼食時。ペテン達と合流した袴は、開口一番戸惑いを隠そうともしない発言だ。
「あ、杭奈兄さん……ねぇ? ペテンの首にあるはずの物が見えないのだけれど……何の冗談、それは?」
袴は、ペテンが変わらずの石を外しているのを見て。そして杭奈がそれを持っているのを見て、杭奈をサイコキネシスで浮かばせる。
「あ、いや……冗談とかそういうのじゃなくって。その……お見合いね。お見合いの件で、とりあえずデートしてみる事が決まったわけで……」
「そう。お見合いでとりあえず付き合ってみましょうってことになったのよ、私。だから、そんな風に邪険に扱ったら可愛想ってものよ」
「この感情……」
袴は角を撫でながら絶句する。急にサイコキネシスを解かれた杭奈はバランスが取れずに尻もちをついた。
「中々の陶酔感、それなりの親愛に恋慕……あぁ、もうダメだこれは、良い具合に出来あがってる!」
「いいの。これを陶酔じゃなく、確固たる感情にしてくわ……ほら、住めば都って言うでしょ?」
「え、なにそれペテン……僕に対して酷い言いようじゃない?」
杭奈は肩をすくめてペテンの言葉に突っ込みを入れる。しかし、袴は杭奈の言葉なんてお構いなしだ。
「出来あがってるってことは、これから僕は一人で昼食マッチ……寂しいなぁ。僕一人じゃ勝てないかもなぁ」
はぁ、と袴は溜め息をついて意気消沈。
「えーと……そういうわけで、今日の昼が最後になるわね。だからえーと……袴君。今日の昼食マッチは悔いが無いよう頑張りましょう」
「分かりました……」
袴は妥協した。駄々をこねるほど馬鹿な子供でもないようだ。
それから数分。いつものように昼食マッチと相成った袴とペテンの二人は、対戦相手を見つけて勝負に挑む。
「キルリアが二人……相変わらずこいつら気味が悪いな」
「そんなこと」
「言ったって」
「イリュージョンは」
「「解かないよ」」
揃えた息もばっちりに、二人は戦い前のデモンストレーションを行う。
もちろん杭奈も観戦しており、杭奈に見せつけてやろうという意気込みはもちろん、パートナーが進化前最後の戦いだという事で、袴は今日の勝負に背水の陣の覚悟だ。
食料全部賭けという、いわゆる負ければ昼食抜きの勝負を挑みつつ、引き換えに望むのは木の実一個。
杭奈もびっくりの自身を追い込むドMな修行法を、絶対勝つぞという意気込みで袴は挑むのであった。
対する敵は、左からダルマッカとバオップ。炎タイプ同士仲良くといったところだろう。こらそこ、劣化猿とか言わない。
バオップは両刀が可能なので、どう攻めてくるか分からない初見は序盤手こずったが、今はすでに特殊型だと割れている。もちろんダルマッカは物理・近距離型。
対するこちらは、袴が教育方針のせいか物理・近距離に秀でており、ペテンはその逆で特殊技・長距離型に秀でている。
お互い型は割れてこそいるものの、袴サイドの見た目はぴったりと息の合ったキルリアが2匹。
イリュージョンの特性を生かし、なおかつシンクロする二人の以心伝心。厄介にも程がある。ペテンが袴を好む理由もそこにあった。
攻めあぐねる炎二人組に対し、左のキルリアが走りだした。それを袴だと判断し、ダルマッカが左のキルリアに炎のパンチで飛び掛かる。
しかし、左のキルリアは急停止しダルマッカの攻撃を不発にさせる。なら、俺がやるとばかりにバオップが火炎放射を左のキルリアに放つ。
その攻撃が掠めるようにヒットすると、イリュージョンが解ける。実はそのキルリアはペテンであった事がわかった。
右のキルリア、つまるところの本物の袴はどこに行ったのかと思えば、テレポートでバオップの後ろに回っていた。
テレポートで力を消費しているので、続けざまにPPを消費する技は使えない。例えば、ここで電磁波を見舞いバオップの動きを制限する事は出来ない。
だが、無属性の攻撃ならば速攻で放つ事が出来る。袴はバオップの膝の裏を蹴り飛ばし、強かに転ばせたところでペテンを追っていた火炎放射が地面に逸れる。
転んでしまったバオップのピンチを助けようと、ダルマッカが袴に向かって炎のパンチ。
なんとかいなした袴は、他の3人を視野に入れながら後退。ペテンは逆に前に出て、起きあがろうとするバオップに連続で引っ掻きを見舞う。
無防備な相手に対して瞬間火力を求めるのであれば、如何に非力でも直接攻撃の方が強いのだ。
バオップは右腕を犠牲にしながら、顔にひっかき傷を作らないよう防御。左腕をついてなんとかバオップが立ちあがると、ペテンとバオップは互いにバックステップで距離をとる。
ペテンは先程の火炎放射で少々のダメージを負ってしまったが、バオップは膝の裏が痛い上に腕も損傷している。
袴とダルマッカはノーダメージといったところで、挟み打ちという有利な陣形を得た袴達のアドバンテージは強い。
両手を燃やして、ダルマッカの炎のパンチ。大きく弓を引く動作をともなった、力づくの1点張りの心情を象徴するような右手のパンチは、すさまじい圧力だった。
防御をしても腕に大ダメージを負ってしまう事は覚悟するべきそのパンチを、袴は必死でいなす。
いなしてなお、肉がそぎ落とされるんじゃないかと思うほどのダメージを感じながらも、袴はそのままダルマッカに向かって電磁波を見舞った。
ペテンはバオップと見合った姿勢からサイドステップで射線をずらし、そのままバオップの横を抜くように走りだしてダルマッカに特攻をしかける。
後ろからの不意打ちに加え、麻痺で防御も鈍ったダルマッカにシャドーボールを当てるのなど、造作もないことだ。
シャドーボールが直撃して吹っ飛ばされたダルマッカは、一気に戦闘不能。
仇を取るとでも言うように、バオップがペテンへ火炎放射を見舞うが、その火炎放射は袴の飛び蹴りで押し倒されて中途半端なダメージのまま中断された。
袴はすでに炎のパンチを受けとめた左手が赤くなっていたが、まだサイコキネシスのような特殊技ならばなんとか使える。
そして、ペテンも軽く炎を浴びたくらいで、まだそこまでダメージを負っていない。残るはバオップのみ。
「後は僕に任せてください、ペテン!! 杭奈兄さんもよく見てて」
二人掛かりでやってもつまらないと判断した袴は、そう言って前に出る。というか、前に出ると言うよりはピッタリと密着している。
エルレイドになれば杭奈のようにインファイトが使えるようになるが、その準備段階だとでも言うようにインファイトの間合いを維持していた。
「何あれ……」
驚嘆するべきは、ぴったりとくっついたまま離れないことだ。袴は敵より一瞬だけ遅く動いているが、その一瞬が杭奈よりも遥かに短い一瞬だ。
杭奈はその事に対して、まさに表現する言葉を失って、『何あれ』と呟く事しか出来ない。
こんなに距離が近いと、バオップは火炎放射を放とうにも自身の炎で焼かれてしまう。タイプの上では袴と比べて小さなダメージではあるだろうが、それだけの問題ではない。
困窮極まって、バオップが苦肉の策で噛みついてみれば、袴は耳に向かって素早く強烈なビンタを放つ。噛みついて動けない標的に当てるのは簡単なお仕事だ。
後ろから噛みつくならまだしも、前から噛みついたりなどすればこうなるのも当然の結果であった。
三半規管と鼓膜をやられ、バオップの眼前に星が浮かんでいるところで、袴はサイコキネシス。一度浮かせたバオップを勢いよく地面に叩きつける。
まだ意識はあるようだが、戦意は完全に喪失しているようである。
「俺たちの負けだ……」
ダルマッカが敗北宣言をして、ペテンと袴は一瞬の空白。
「いぃよっしゃぁ!!」
「やりぃっ!!」
袴は右手で、ペテンは尻尾でハイタッチ。二人がダメージを負いはしたものの、戦略や連携の面では完璧の闘いであった。
袴が、ペテン無しじゃ勝てないかも、と泣きごとを言ったのは、今回の戦いのように攻撃に特殊技をほとんど使わないせいである。
エルレイドになるために、という理由で自身に縛りを設けていたわけで、ただキルリアの身の丈に合わない闘い方の代償といってよいだろう。
格下に挑めばいいだろうという提案をすれば、それは的外れな救済案になってしまう。小さい頃は格下≒年下という図式が成り立つ。
袴にだってプライドはあるから、年下に挑みたくはなかったのだ。だから彼は自身を縛っても勝利を拾えるダブルバトルに逃げたのだ。
とはいえ、これからは一人で勝つためには、流石にサイコキネシスに頼らざるを得なくなるだろう。
「また、新しいパートナーを見つけなきゃね……」
これで縛りも終了か、と。勝って嬉しい気分もそこそこに、しんみりとして袴が呟く。
「大丈夫……お前は、サポートが上手いから。私に匹敵するパートナーだってすぐに見つかるさ」
筆のような頭の飾り毛を袴に胸に押しつけながらペテンは笑う。
「うん、ペテンは兄さんと仲良くね……一応、応援しているから」
袴はそう言ってはにかんだ。
その後袴と別れた杭奈とペテンは、八つ時に進化を迎えることとなる。ゾロアークになったペテンは、動きを確認するために軽く杭奈とじゃれ合って時間を費やした。
やがて日が暮れると、二人は明日また会うことを約束して別れるのであった。
本格的なデートという名のダブルバトルは明日から始まる。
◇
さて、その夜の事だが。杭奈は約束通りスバルとの修行に勤しむことになった。
主人もジョンもバカラ教官も得意ではないインファイトを習う機会は今までに無く、杭奈の用いるインファイトに織り交ぜる技は色々不十分であった。
特に力不足を感じていたのは脚技。離れてからの脚技ならばジョンから一通り教えてもらったのだが、近づいた状態でのそれはジョンの対象外である。
ただ、スバルにはその技があった、ハイヒールで敵の脚を貫くという必殺技が。もしあれを物に出来れば、杭奈はもっと強くなれるという確信があるのだ。
御主人からは指導を受けた記憶はほとんどなく、実質これは杭奈が初めて人間からの指導を仰いだ日であった。
件のスバルはというと、安全靴に作業着という動きやすい格好でその場に現れた。
流石にハイヒールのままで(強敵と)戦うのは無理という事だろうし、オフィス用の服を汚したくはないのだろう。
「では、今日からしばらく貴方の修行に付き合うことといたしますが……一つだけ、教える前に条件を守ってくれますでしょうか」
何? と首をかしげる杭奈に、スバルは笑いかける。
「貴方の所属する事務は格闘タイプのジム……これから多くのポケモンがインファイトを求める事でしょう。あなたの友達の袴君も合わせましてね……
ですので、袴君はもちろん後輩の子達にも、きちんと技を伝えてくださいませ。そうしていただけると約束して下さるのであれば、私は喜んで技をお伝えしましょう」
もちろんだとでも言うように、杭奈は頷く。
「ですよね。教える事には、楽しみや嬉しさというものがありますから……貴方も、袴君に色んな事を教えている間は楽しそうですし……
きっと、こうやって技は伝えられてゆくものなのですね……さて、と。約束も取り付けましたところで、早速以って技をお教えしましょう。
とは言え、私は尻尾がありませんから、バランスのとり方は違いますし、貴方と違って踵が地面に付く体ですので、貴方との違いは当然存在します。
ですので、あまり私の感覚を鵜呑みをしないよう……それが理解できましたら、まずは準備体操から始めましょう」
ジョンがそうしたように、二人は準備体操から。スバルも非常に体が柔らかく、股を180度開くことなど朝飯前といった様子でそれをこなす。
そして、いよいよ修行の段階というところになると、杭奈は今まで戦った相手の中で一番恐ろしい相手と感じるのであった。
言われてみれば当然のことだが、足技は使っている最中片足になるし、外せば大きな隙が出来る。
その分、型として足技を放つだけならともかく、戦闘中に織り交ぜるには拳を利用した技よりも遥かにリスクも多い。
だから、攻撃よりも先に足捌きを練習しようということになったのだが――蓋を開けてみれば、スバルは恐ろしいまでに距離を詰めるのが上手い。
いつ動き出したかもしれず、いつの間にか急加速して気づけば近づかれている。袴のような先読みにこそ秀でてはいないものの、それを素早さと技術で補っているようだ。
杭奈にとっては近距離は得意な領域なので万歳なのだが、彼女の場合は万を通り越して億の領域。億歳といったところか。
足捌きの勉強メインのために、攻撃は非常に軽いものだが、真面目に攻撃すれば威力は計り知れないだろう。
例の悪党が攻めて来た時に主人より強いのではないかと思ったが、対峙してみて分かる。
主人より総合的に強いという事はなさそうだが、逃げ腰の相手に対しての攻撃能力は主人を遥かに上回っている。
つまり、この足捌きは相当な武器になるということだ。バックステップ、サイドステップ、前へ出て体当たりなど、逃げ回ろうと色んな技を駆使しても無駄だ。
どうやっても技を返されるような気がしてくる。真似できれば心強い戦力となるだろうと考えて、杭奈は絶対にこの技を物にしてやると意気込んだ。
お見合いもそこそこに始まったこの修行。杭奈は強さを手に入れようと貪欲に技を吸収していくのである。