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その難民のせいで、このリテン地方ではトラブルが絶えない。ジムには『売国奴』とか『国の癌細胞』などという張り紙や落書きに溢れ、しかし修繕されることも処罰されることもなくそのままとなっている。
その上生ゴミまで投げ込まれて悪臭がひどく、このリテン地方の中で最も不潔なジムという不名誉な称号を付けられているのが特徴だ。ポケモンに宗教や政治を持ちこんではいけないというのは当たり前のことだが、公式試合などに出た際はその強さに反してブーイングが起こるのも、彼ぐらいだ。
人格者であり、ジムリーダーに相応の実力も兼ね備えてはいるのだが、あのゲッカさん以上にアンチが多い彼は、ジムリーダーとして不適切であるという苦情があまりにひどいためにポケモンリーグ協会も扱いに困っている。
しかし、十数年前に中東の組織のテロ事件により大聖堂が破壊され、先述のデスカーンが一暴れ出した事件があった。その時は、テロリストのみならず周囲の住民が胸の激痛を訴えて病院に運ばれ、数百人が間もなく死亡した事件があったのだが、そのデスカーンの怒りを鎮めたのも彼である。その時は周囲の住民にも感謝されたのだが、喉元過ぎれば熱さを忘れるとは良く言ったもので、今は批判の的である。
その際のテロ事件が、彼を難民の保護活動のきっかけとなったのだから、皮肉なものである。
「だ、そうよ……何というか、すさまじい経歴を持つジムリーダーね」
「ふーん……まぁ、俺達にゃ関係ない事だな。ウチは能力があれば中東だろうが南アメリカだろうが、インドだろうが中国だろうが、どこ出身だって働いてもらって構わないし。第一、俺の父さんだってリテンの北東にある寒くて大きい国の出身だからな。移民だとかみんな気ししねーで働きゃいいんだよ」
「いや、そういう問題じゃない気がするけれど。例えばほら、列に並ぶ習慣のない国の人とかが、列を割り込んできたりとか、ゴミを出す際にきちんと分別しない奴らが居たりとか、それこそゴミをポイ捨てする奴がいたり、ポケモンの排せつ物をそのまま放置したり……噴水で泳ぎだしたり体を洗ったりする人とか、女性の言動やら服装やらを厳しく注意するような奴がいたりとかしたらいやでしょ?」
「うーん……確かに嫌だ。移民が起こす問題ってのはそんな問題なのか? そりゃ確かに嫌かもしれない……」
「カロスでは、中東からの移民が給食に豚肉を使わないでくれとかって五月蠅いのよ。じゃあ食うなって話なんだけれど、そうすると『差別するな』って騒ぐし」
「えー、好き嫌いする奴らが悪いんだろ?」
「権利を主張するときだけは声が大きくなるのが厚かましい奴らの特徴よ」
「あー、なるほど。文句だけしか言わない奴っているからなぁ……」
「そうやって、移民はトラブルばっかり起こすから嫌われるの。それに、貴方達みたいに才能にあふれた人ならば気にならないかもしれないけれど、簡単な仕事を奪われるのは辛いのよ?
学生のアルバイトが取られるし、子育ての片手間に女性が出来るような仕事も失われるかもしれないし。学歴がない人達は賃金が安くなって暮らすことが出来ないかもしれない。
それだけじゃなく、リテン地方はEUに所属しているから、EUの国籍を持っているだけで医療費とか教育費がタダになっちゃうんだよ。それを求めて、自国よりも高度な教育や医療を受けられるからって、EUの比較的貧しい国からこのリテンに移民が押し寄せて来てみなさい。
私達は外国人のために高い税金を払わなきゃいけなくなるし、その外国人が仕事を奪っているし、治安も乱すのよ? 貴方の家は、一流の育て屋だから所得が減ってもあんまり気にならないかもしれないけれど、一般市民には結構ダメージがでかいのよ?」
「う、そう言われると嫌だな……」
「だもんで、それを助長するここのジムリーダーが嫌われるのも、納得いくっちゃ行くのよね。根は悪い人じゃないんだろうけれど……優しさは、自分を含む他の誰かをないがしろにしなくてはいけないから……」
「難しい話だなぁ……」
「このままじゃリテン地方がEU連合を離脱したりして……とかって言われてる」
「うーん、離脱するとどうなるんだか良くわからねーが、それって大問題なんじゃ?」
「そりゃ大問題よ? 関税のこと、ビザの取得のこと、国同士の外交のこと、問題は山積みだもの。そういうことはきちんと、学校に行って勉強しなきゃね」
「うー……旅をするのもいいけれど、そういわれると勉強しなきゃいけない気がしてきた……」
ドワイトは気まずそうな顔をして言う。勉強は不得手ではないようだし、ドワイトもその気になればこの程度の問題はすぐに理解するだろう。それとも、ポケモンに関すること以外は頭が悪かったりするのだろうか? するかもしれないのが、こういうポケモンのことばかり考えているトレーナーの怖いところである。