許嫁を取り戻せ6:それぞれの旅路、後編
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「うっし、ちょっとジムの治療装置を貸してもらいます。その後、まだ元気なポケモンの指導を少しお願いしようかな」
 勝利したドワイトは上機嫌でゲッカさんに言う。変則的とはいえ、本当に四天王の一角に勝ってしまうのだもの、そりゃ上機嫌にもなるよね。やはりドワイトがとんでもない人材なのだと再確認させられる。 今のうちにサインでも貰っておけば、後々価値が出そうである。
「はい、ドワ。今日はゆっくりしていってくださいね」
「おう、ゲッカさんも、また戦いましょう」
 対戦を終えたドワイトは、ポケモンの治療を終えると、言葉通りにポケモンの指導をお願いしていた。ドワイトほどに観察力が優れたトレーナーであっても、人が変われば視点も変わるもので、ゲッカさんの指摘する点を興味深そうにメモにとどめている。
 そのドワイトも、彼女のポケモンの動きの気になったところをまとめたりしているから、やっぱりドワイトはバケモノじみた才能の持ち主だ。私は恥ずかしながら見ているだけしか出来ず、新人トレーナーだという子が連れたチルタリスと、先日ゲットしたコモルーのフレーズを遊ばせたりして時間を潰していた。
 フレーズはフェアリータイプばかりの空間だけにものすごく居心地が悪そうであったが、幸い同じドラゴンタイプのチルタリスを連れていた子がいてくれたのでそちらと遊ぶことになったのだが、その内容は中々にハードな遊びであった。一度進化しているだけあってフレーズの身体能力は中々の物で、不意を突いて後ろから持ちあげでもしなければ、本来は私だってやすやすと勝つことは出来ない相手であり、頭突きも体当たりもかなり痛い。チルタリスは私のような陰湿な戦い方をするポケモンではなかったため、ほどほどに体を動かすには役だったようだ。

「……あの、アンジェラさんでしたっけ」
「はい、何でしょうか?」
 私がフレーズとチルタリスのじゃれ合いをほほえましく観察していると、ポケモンの休憩タイムに入ったゲッカさんが語りかけてくる。私なんかのようななんちゃってトレーナーなんかに構っても何も出てこないと思うのだけれど、一体何のようなのだろうか?
「あのコモルーですが、なんというか貴方に対して恐怖心のようなものを抱いていないでしょうか? なんというか、あのコモルーが貴方に抱きしめられるとき、どこか怯えたような……体が強張るような、そんな印象を受けたのですが……」
 さすが四天王、ポケモンの仕草をよく見ていらっしゃる。
「えっと、それはですね……」
 隠しても仕方のない事なので、私はコモルーを捕獲した経緯について説明をする。コモルーを背中から抱きしめることで短い手足をばたつかせても抵抗できないようにし、V字谷の底を流れる河につけて窒息させたこと。
「なるほどね……まぁ、捕獲方法というのは色々ありますから、素手で捕まえるのは別に問題はないとは思いますが……」
「やっぱり、さすがにやりすぎでしたかねぇ?」
「ふーむ……普通に殴るよりかは少々陰湿な手段での戦い方による捕獲方法が割と印象に残っているのかもしれませんね」
「どうすればいいですかねぇ?」
「少しずつ食事などを通して仲良くなるしかありませんね。一応、私からも貴方は安全な人間だということは教えておきますが」
「あの、『教えておく』って……そんなに簡単に教えることなんてできるものなんですか?」
 私が尋ねると、ゲッカさんはふと考える。
「……まぁ、気合でなんとかなります」
「もう少し分かりやすく……格闘タイプみたいな表現じゃなく、もっとこう、フェアリータイプらしい表現でお願いします……」
「そうね。ポケモンの仕草を確認して、彼らがどんな時にどんな顔をするかを察してあげて、それによって相手の感情を読み取り、その上でテレパシーをするくらいのつもりで脳裏に映像を思い浮かべながら相手の目を見つめて話せば結構伝わる……かな?」
「ほ、ほう……」
 テレパシーをするくらいのつもりで語り掛ける、か……無茶言うな。
「私達人間の言語は文字を音にすることで、様々な情報を通じ合うことが出来ますが、ポケモンの言語は映像を音にすることが出来るんですよ。その言語をごくわずかに真似をすることなら出来るんですが……まだまだ修行不足なので、私程度では完全にポケモンに伝えることは不可能ですね。ですから、コモルーに伝わったかどうか……」
 ゲッカさんは少々心配そうにぼやく。教える、というのはどうやら文字通りのようである。
「わずかにでもマネできるってだけで一般人には不可能なんじゃないですかね……」
 まったく、ポケモントレーナーというのは、本当にとんでもない特技を持つものがごろごろいるもんだ。
「その不可能を可能にしないと、もっと上に行けないんですよ。この地方のチャンピオンとか、世界チャンピオンとかね」
 ゲッカさんは不敵に笑んでいる。四天王まで上り詰めても、やはりまだまだ満足などできないという事だ。世界を相手に戦うところまで見据えているあたり、遊びでポケモンバトルをやっている私とは比べ物にならないくらいの隔たりがあるというわけだ。
 ゲッカさんはポケモンを休憩させている間、私にコモルーの世話の仕方について、色々アドバイスをしてくれた。もともとは家がドラゴン使いの家系だったこともあり、ゲッカさんはコモルーの扱い方も熟知していて、私がコモルーと仲良くなるために、アドバイスをしたり、一緒に話しかけてくれたりなどしてくれた。
 休憩が終わると、鬼のような強さでポケモンを指導し、ドワイトもそんな彼女の後姿に色々学ぶことがあったのだろう、レポートを片手に色々なことを書きこんでいた。
 夜になり、ジムを後にしたドワイトは野宿の際にはそのレポートを眺めて何度も読み返していたあたり、今日こうして彼女の非公式ジムを訪ねたことは決して無駄ではなかったのだろう。
「よし、みんな! 今日は添い寝よ! フレーズも一緒にね」
 私もコモルーと少しだけ仲良くなれたような気がする。けれど、添い寝をしようと持ちかけても、コモルーはテントの端っこでこちらの様子を窺っているのみ。
 少しだけ仲良くなれても、まだまだ時間はかかりそうだ。私が他のポケモンと仲良くしているのを見て、コモルーも少しずつ警戒を解いてくれると嬉しいのだけれど。

Ring ( 2017/01/19(木) 23:06 )