5:それぞれの旅路、前編
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「まぁ、いるんだよ珠にそういうポケモンが制御不能になって、逃がしたいとか言う馬鹿なトレーナーが。『野生のようにハンティングが出来るポケモンは強くなる』なんていう、あいまいな情報がネットには散乱しているからな。そういった情報に振り回されて、狩っているポケモンに生きたポケモンの血の味を覚えさせる奴がいるんだよ……」
「あ、それ私も聞いたことある。なんでも、野生の闘争本能が目覚めるとかどうとかって。それがポケモンを強くすることに繋がるんだってね」
「それで強くなることはなるんだがなぁ……狩りを成功させると主人が褒めてくれるし、美味しい生肉も食べられる。褒めてくれるから狩りに勤しむ。そうするうちに主人も目的を見失って、食べるためとか身を守るため以外に、『鍛えるため』という理由でポケモンに狩りをさせるようになる。ここまでくると、ポケモンは手遅れになりやすい。
 そのうち、ポケモンは褒めてもらいたいがために勝手に狩りをするようになる。ここで主人が褒めてしまうと、ポケモンは調子に乗って狩りをするようになる。行きつく先は、人が所有するポケモンや、人間そのものを傷つけてしまうっていう悲惨な結果さ」
「そんな状態のポケモン野生に返せるわけないじゃん。それなのに野生に返すように頼んじゃうの?」
 アンジェラの問いに、俺はうんと頷く。
「いるんだよ、そういう天変地異級の大馬鹿野郎が。野生のポケモン達を不幸な目に合わせている癖に、自分のポケモンにだけは幸せでいて欲しい、けれど自分の手元には置きたくない。そんな都合の良すぎるいいとこどりをしようとする奴が……そういうポケモンは、まず間違いなく、ポケモン放流士の判断で殺処分に回される。それでもってむっちゃ説教されるらしい」
「うわぁ……資格持っている人もお仕事が大変だね」
 そう言ってアンジェラは苦笑する。
「うんうん、全く、そういう馬鹿にはポケモンは扱って欲しくないものだぜ」
 それに頷き、俺は続ける。
「他にも人間に懐き過ぎたポケモンなんかも放しちゃいけない。例えばこれはラプラスやマンムーみたいに密漁によって野生の個体数が減ってしまったからって理由で、養殖して放流するポケモンなんかにはよくあることだ。
 そういうポケモンは人間の生活圏に近寄ってしまって、漁場や畑を荒らしてしまうことが多いからな。結局殺されてしまうことが多い」
「へー……ってことは、あれか。ビジンさんは、サザンドラとかオノノクスとか、ボーマンダとかヌメルゴンとかを繁殖させて放流したってわけ?」
「それなんだが……正解とも言えるが、それだけでは不十分だな」
「と、言うと?」
「この地域に放されているポケモンは……ありゃ、ポケモンじゃない、生物兵器だ。その……そのドラゴンたちは、密猟者が残していったグランブルに減らされた個体数を回復するため……『繁殖する』という使命を帯びて野生に返されたが、それ以上に『帰化したグランブルを殺す』という使命もあったんだ。
 そのために、そいつらはビジンさんに野生に返す前に特殊な洗脳をされたんだ。首に電流が流れる首輪をつけさせられて、そして感情を揺さぶる催眠波を操るポケモン達によって、ある一定の条件下で苦痛と怒りを与えられたんだ。
 その条件って言うのが、ブルー及びグランブルの匂いがした時や、それらのポケモンを視界に入れた際に、野生に返す予定のポケモンは首輪に電流が流れ、怒りの感情を揺さぶられるんだ。それを大人になるまで繰り返させる。
 するとどうなるか、だが……実際に現地で捕まえたグランブル達をそいつらの目の前に差しだした時、そのドラゴンたちは毒突きやアイアンテールでグランブルを殺し、その後も肉片になるまで攻撃し続けたそうだ」
「そんなの。野生に放しちゃって大丈夫なの!?」
「グランブルが生息するはずのない土地だからってことで、特例として許可されている……だが、匂いだけでも嗅がせるとやばいせいもあってか、グランブルをを所有するトレーナーは新品の服に着替え、決してグランブルやブルーを連れてこないでくださいっていう警告がなされているはずだ」
「えー……」
「そいつらを野に放したおかげで、この辺に帰化したグランブルは絶滅させられたからな。外来種とはいえ悲惨な絶滅の仕方だよ……生物兵器ってのはそういうこった。なんせ、テロリストが人間を虐殺するポケモンを育てる方法をそのまま流用したものだからな。
 テロリストは、自分達に識別のための特別な匂いや服を着せて、その識別できる記号を持たない人間を殺すように、電気刺激と催眠波を使ってポケモンを洗脳するんだ。
 ほら、遠く離れたカントー地方のロケット団とか、妙な服を着ている悪の組織ってあるだろ? あれは、ポケモンが間違って見方を攻撃しないようにするためにそういう服を着せているんだが、想定しているポケモンっていうのはそういう生物兵器じみたポケモンのことなんだ」
「おっかな過ぎでしょ!? その主っていったいどれくらいのレベルなの? ラルで勝てる?」
「いや、ラルじゃ無理だ。その主のレベルなんだが……十分に育てたサザンドラ、ボーマンダ、オノノクスの雌雄を一匹ずつ放したのが八年ほど前で、一年ほど前にレンジャーが計測した際は、発見された個体四体八〇レベル越え。恐らく、今でも存命で、この山のどこかで生きているんだろうなぁ……」
「ひえ……そんなポケモンに出会ったら死ぬよね」
「死ぬぞ。一応、人間は襲わないはずだけれど、それでも怒ったボーマンダだけは分からないからな……だから、それらしいボーマンダがタツベイの声を聞いて寄ってきたのを見たら、すぐにタツベイから離れて身を隠せ。ピッピ人形や煙玉があるならそれを使うといい」
「どっちも持っていないや……」
「そうか、まぁ……助けを呼ばれても俺のポケモンですらどうなるか分からないレベルだからな。とりあえず、もしもの時のために、ダイフクをメガシンカさせて派遣できる準備はしておく。
 メガタブンネなら、恐らくボーマンダが相手でも勝てるはずだから……ヌシのボーマンダが夫婦で来たら知らん、死んでも化けて出るなよ」
「まだ若い命を散らさないように頑張らないと……ね」
 俺でも勝てないような相手が出て来たら、アンジェラは確実に死ぬだろう。そうならないように俺に出来るのは、祈ることだけだ。
「ところで、それらしいボーマンダを見分ける方法とかってあるの?」
「雌が首に変わらずの石をつけていて、雄が赤い糸のネックウォーマーをつけている。丈夫な素材だからまだ付けているはず。流石に劣化してはいるだろうけれどな……」
「なんだか強い子供が生まれそうな持ち物だね……」
「そのための装備だからな。ま、気を付けろよ、死ぬなよ?」
「う、うん……」
 そうして諸注意が終わってからも黙々と歩き続ける。道中、実際にグランブルとブルーに関する注意喚起の看板が出ているのを見てアンジェラは苦笑していた。


Ring ( 2017/01/06(金) 23:20 )