5:それぞれの旅路、前編
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「そりゃそうさ。俺も、親父に甘えてばっかりじゃダメなんだって、自分を奮い立たせてさ。親父を見返すって目的はもうないけれど、今は親父を安心させたいって思いながら旅してる。旅を無事に終えれば親父も、俺が一人前のトレーナーだって安心できると思うんだ」
「確かに、旅ができれば体の方は安心できるかもだけれど……しかし、その前の前提として、『どうしてお父さんに期待されていないんじゃないか』って思ったの? 喘息、このまま治らないことだってあるだろうけれど、大人になれば大したことがなくなる人もいるって聞くよ? 現時点のドワイトが旅に出るって言ったら、父親の立場で考えれば渋るかもしれないけれど……少し成長して喘息が良くなってきたら許されたんじゃないのかな?」
 私がそう尋ねると、ドワイトは少し黙る。
「まぁ、それだけじゃないところもあったな。今、アンジェラが言った事は、親父にも言われたよ。『成長すれば喘息もマシになるかもしれないし、なにも十歳になったらすぐに旅に出なきゃいけないわけじゃないんだぞ』って。だから、親父に関してはそれで良かったのかもしれない。そうやって心に整理を付けられたのかもしれないけれど……一番嫌だったのは、学校かな」
「苛められていたとか?」
「まさか。俺を苛めようとしたのなんて、ごくごく最初の一部だけさ。むしろ、俺を苛める事が出来る奴なんてこの世にどれくらいいるんだろうねって話だろ? 苛めたら俺もポケモンでやり返すよ」
「だよね。ドワイトみたいに強いポケモンを連れていたら、気軽にはいじめらんないわ」
 ドワイトはイジメと言う言葉を軽く鼻で笑う。
「だけれど、まぁ……なんと言うかな。イジメはなかったけれど、俺は昔っから、どうにも褒め称えてもらえないんだ。さっき話したっけ? 俺は運動が得意じゃなくって、同級生と鬼ごっこすることも出来やしない。
 それをからかわれて……『親父は逞しいのにお前はいまいちだな』って感じでよ。そのくせ、俺がポケモンバトルで一番になっても、親父がアレなんだから出来て当然って風に言われてよ。
 同級生は俺の努力をちっとも認めちゃくれないんだ。確かに、俺も自分は才能があると思っている……親父の才能を受け継がなかったわけじゃないとは思う。親父はスゲー才能だし、俺も人より優れた才能は持っているかも知れないけれど、けれど俺だって努力無しじゃどうにもならなかった」
「そりゃそうだよね。ドワイトのレポート、物凄く書き込まれていたし、ポケモンに指導する時もポケモンと会話しているって感じだし。ポケモンと真摯に向き合って、それでもってポケモンの事をきちんと理解してやろうって気概がなきゃ、ああはならないよ。
 その、同級生にレポートは見せなかったの? 『お前らもこれくらい書き込めるようになってみろよ。努力ってのはこういう事を言うんだ!』って」
「見せたけれど、そんなに書き込めるのも才能がなきゃ無理だって」
「怠け者の言い訳で自分を慰めてるのね……同級生はかわいそうな子だわ」
 ドワイトの愚痴を聞いて、私もため息をつきたい気分だ。
「俺が強いのはさ……家に俺を鍛えてくれる父さんや、従業員がいたっていう環境に恵まれたのもある。でも、それを羨ましがるばっかりで、努力してねー奴には何も言われたくなかったよ。でも、そんな風に言い返しても奴らの心には全然響かなくって、不満でたまらなくってさ。だから、俺はどんどん虚勢を張るようになったんだと思う。
 開き直って『お前らは才能がねーからな!』とか、そういう憎まれ口を言って、嫌われていると思う」
「自分を強く見せるために偉そうな態度を取るようになったわけだ」
「うん、そうだな。あいつらのせいではあるけれど……俺も素直になれなくって、才能がどうとか父親がどうとか言われるのは辛いとか、止めてだとか、弱音の一つでも吐いてりゃもう少しましになっていたかもしれないのにな。まー、そんな状態じゃ、俺も素直に誰かと仲良くしたいなんて言葉も言えないし……俺ももう少し器用だったら友達もいたのかもなー。
 なぁ、アンジェラ。お前は友達どれくらいいるんだ?」
「えー? 四人くらいかなぁ。デボラと、あと故郷の島に二人。それと、貴方が以前出会ったウィル君。この旅に出る前はそこまで仲良く無かったんだけれどね、話しているうちに仲良くなってさ。今では大切な友達だと思ってる」
「そうか……」
 私の話を聞いて、ドワイトは少しだけ羨ましそうに言葉を飲み込んだ。

Ring ( 2016/12/29(木) 23:50 )