5:それぞれの旅路、前編
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 夜、私は昼に来ていた服を着替えて、ドワイトのテントを訪ねる。私のテントはポケモンの毛が舞っているので、ドワイトを呼ぶことは出来ないし、服も着替えたばかりのまっさらなものでなければ彼にはきついだろう。
 旅を始めて一日目の夜は、二人っきりで会話と言うのもいいものだろう。デボラと旅をした時、一日目の夜は大いに語り合ったけれど、ドワイトはどういう話が出来るだろうか。愚痴を話されるだろうか、それとも自慢話をされるだろうか。ともかく、せっかく一緒に旅をする以上ドワイトのことをもっと知りたかった。
「そう言えばさ、ドワイトは親に黙って急に旅に出ちゃったんだよね?」
「あぁ、そうだよ。思えば父さんには心配かけたけれど、怒っていなかったっていうのは前にも話したよな?」
「えーと……あぁ、確かにデボラには伝えてくれたみたいだけれど、ドワイトがウィル君に負けて逃げるように人ごみに消えたから……私はデボラ経由で話してもらっただけなんだよね」
「そうだっけ……まぁ、いいや。いやな、俺の親父は……俺のことをもう少し弱い子供だと思っていたらしいんだ」
「喘息のせいで?」
 私が尋ねると、ドワイトはうんと頷いた。
「まぁ、仕方ないさ。喘息で何回か死にかけたこともあるし、咳のし過ぎで吐いたり涙が止まらなくなったりとか日常茶飯事だし。だから、ポケモンを育てたり、旅をしたりは無理だと思われていた。だから親父は、俺に無理に育て屋を継ぐ必要なんてないぞって言ってきて……まぁ、言いたいことは分かるけれど、俺が期待されていないような感じでショックだったよ。
 俺が健康に育っていたとしても、子供の自主性を尊重だとかそういう理由で同じセリフを言ったかもしれないけれど、俺はひねくれているのかね……自分が要らない子扱いされたような気がして何、だか嫌だったんだ。暗に、『お前には育て屋は出来ない』って言われているみたいでさ」
「確かに、自主性を尊重とも、育て屋は無理だとも、どっちとも取れない事はないけれど……」
 私が彼の話に相槌を打つとドワイトは『だろ?』と力ない笑みを浮かべる。
「そりゃ、完全に父さんと同じことをやるのは無理さ。俺もポケモンを育てているからよくわかる、同じ種族のポケモンでも、個性があって全然違うし、親子であってもまるで違った育て方をしなければいけないこともある。何より、俺は陸上グループのポケモンを育てることが出来ない。
 だけれど、俺は俺のやり方で育て屋をやれる自信はあるんだ。根拠はないし、経営の事とかも学ばなきゃならないし、それについてはまだまだ勉強しなきゃいけないことは多いけれど……でも、ポケモンを育てることに関しては、俺は親父にだって負けない自信はあるんだ。
 でも、そのやる気の一切合切を無視して、俺の体の事ばかり心配されたらそりゃ、反発したくもなるだろうよ! だから俺は、親父の下を去ったんだ」
「思い切ったことするねぇ」
「まあな。タブンネと、育成途中のポケモンを二体連れて飛び出したわけだから気が気じゃなかったとは思う。だからかな、初めてのジムバッジを取った時にメールで報告した時は『そうか、好きにしろ』だったけれど、一見冷たい返事に見えるけれど……なんとメールが返ってきたのが一分ちょっとくらいだったんだ。
 父さん、仕事用の携帯電話とプライベート用の携帯電話を分けて使っているからさ。だから、仕事中は俺のメールを見る必要なんてないんだ。なのに、仕事中の時間なのに、一分で返信をくれたってのは、相当心配していた証拠なのかなって思ってさ……親父は、俺が何か危ない目にあってやいないかとひやひやしていて、ずっと待っていたんだろうなって言うのが伝わってきて、ものすごく家に帰りたくなったりもした」
「でも、帰らなかったんだ?」
 私の質問に、ドワイトは無言でうなずく。

Ring ( 2016/12/26(月) 23:59 )