5:それぞれの旅路、前編
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 我ながら思い切ったものだ。デボラと別れた後にすぐドワイトと一緒に旅をしようだなんて。ドワイトと交換したはいいものの。全く使っていなかった電話番号へと掛けるときは緊張したが、話してみると最初こそ驚いていたものの、デボラと別れるに至った事情を話すとドワイトは大変そうだなと私の事を心配してくれた。

 私にはウィル君が育ててくれたドリュウズ、ラルがいるから安全面はあまり心配してはないが、それでも一人旅と言うのは少し寂しいのでドワイトと一緒に旅をしたいというと、ドワイトは電話越しでも分かるくらいに照れていた。彼は素直じゃないから「お前がそうしたいって言うんなら……」と、言葉を濁していたものの、内心では大歓迎なのだろう。
「なぁ、アンジェラ? おまえさぁ……デボラと別れたからって……俺なんかと旅をして本当にいいのかよ?」
 今まで歩きだったのを、バスを乗り継いで追いついて、一緒に歩こうとなった時にドワイトが尋ねる。
「何? 貴方と一緒に歩くのに、何か断る理由でもあるの?」
「そういうわけじゃないけれどさ……俺、歩くの遅いし。疲れたらポケモンにおぶってもらっているんだ。カメックスのグレンに……」
「いいんじゃないの? 何なら私が歩調を合わせるよ。っていうかさ、体が弱い事なんて気にしないでいいって。ゆっくり旅をするのもいいものだし」
 ドワイトは、一緒に旅をすれば迷惑をかけると思っているようだ。今までそういう経験でもあったのだろうか、だが私だってそれくらいはきちんと想定済みだ。観光地を回るのもいいけれど、誰かと一緒にのんびり歩くのもいいことだし。
「それとも、昔歩くのが遅いことで何か言われた?」
 ドワイトに、良い意味で普通の少年になってもらいたい。この子は、間違いなく優秀な実力を持っているトレーナーだ。ウィル君もかなりの腕前のトレーナーだけれども、それと勝るともとらないこの子の才能が変なことで潰れてしまったら社会の損失だ。
「言われたよ。ダサいって、皆が普通に出来る事がお前には出来ないって」
「なるほど、ダサい奴らが周りにいたわけだ。体が弱いからって人を馬鹿にする奴らはろくなもんじゃないよ。だから気にしちゃだめよ」
 私はドワイトを励ますように強気なことを言う。私はドワイトの才能を伸ばすような師匠にはなれないけれど、人間関係が上手くいかないこの子に、何かのきっかけをあげられれば、もっと楽しく生活できそうだと私は思っている。
 何度か出会った時にこの子を観察してみたけれど、ドワイトは尊大な態度をとってはいるが、本心ではとっても卑屈な子だ。
 自分に自信があるのはポケモンバトルの強さだけで、それ以外は点でダメだと思っている、そんな節があるように見えた。確かに、彼はポケモンバトルやポケモンの育成意外には特に際立った才能は無いのかもしれないが……だからこそ、ドワイトは自信を持つことで化ける気がするのだ。
「そう、でも、そんなの笑ってやればいいのよ。貴方、ポケモンバトルの強さなら街では敵なしでしょ?」
「そりゃあな。俺は、俺の家の従業員を除けば、中学校の高学年でも俺には勝てないよ」
「それなら、思いっきりそいつらを笑ってあげなさい。『俺の足が遅いのを笑いたいなら、せめて街で一番足が早くなってから同じセリフを言ってくれないかな?』ってさ
「俺はそこまで口は悪くねえんだけれどな……。まぁ、でも似たようなことは言ったかもな」
「それだけ言えるのならば大丈夫だよ」
「そんな……簡単じゃねえよ」
 私が励ましても、ドワイトは結局否定する。自分には自分の長所も短所もある。そして、短所がよっぽどの事でも無ければ長所のほうが大事だというのは分かっているはずなのに。一体、彼は何が不満なのだろうか。
 確かに、彼の歩みは遅い。呼吸を少しでも激しくすると、途端に咳が出やすくなってしまうのだろうから仕方がないのだとは思うが。それがコンプレックスになっていることは間違いないのだと思うが、本当にコンプレックスはそれだけなのだろうか?


Ring ( 2016/12/25(日) 23:41 )