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「おやおや、それはイケナイ。私の家、開いておりますけれど……旅人を泊めるのは慣れていますし、一晩どうでしょうか?」
「えー、いいんですか?」
と、尋ねつつも私は全く断る気はないのだけれど。
「もちろん。ウチの旦那は料理上手ですから、食べてくれる人が多いと燃える性質なんですよ」
私もそう、食べてくれる人が多いと張り切ってしまうタイプだけれど、そんな人が旦那さんだなんていうのは幸せなんだろうなぁ。
「私はいいですが、シイさんは?」
「構いませんよ。リテンは日本と違って、冒険者に優しい国ですね。日本は街中じゃあんまり警戒しない割に、他人を家にいれるのは警戒する人が多いのですよ」
「いやいや、私もか弱い乙女ですから警戒だってしますけれど……」
どの口が言うんだろう、ゲッカさん。貴方がか弱かったらチャンピオンでもない限りは弱いことになってしまう。
「でも、プリズムが怯えないような人間ということは、きっと大丈夫ということですので、客人として迎え入れることにしているんです。万が一の事があっても、お星さまにすればいいだけですしね」
ゲッカさんは笑顔で怖いことを言う。四天王の実力を持つこの人が本気を出せば、この世の99%の人間はお星さまに出来るだろう。元からゲッカさん相手に不届きなことをするつもりはないけれど、そんな事怖くてできるわけがないと改めて思う。
その日お世話になったゲッカさんの旦那というのはごく普通の一般人で、顔も世間には公になっていない。ごく普通、というには好きになった女性の事情があまりに特殊ではあるが、ただ単に好きになることに性別を気にすることがなく、そして好きになった人が偶然トランスジェンダーだったというだけらしく。
そんな旦那さんは、ゲッカさんの事を、素敵な『人間』だと感じたそうだ。女性でも男性でも、正直どちらでもよかったのだと、懐の深い人である。私は……まぁ、アンジェラは良い人だとおもうけれど、あの子と恋人になれるかといわれると、少し首をかしげてしまうだろう。
「それでも、俺達の価値観が普通だとは思わないけれどさ。俺達を汚い奴みたいに扱う輩は、正直うんざりするよ」
旦那さんは、そう愚痴を漏らす。
「やっぱり、『オカマが四天王をするなー!』 みたいな中傷が?」
シイさんが尋ねると、旦那さんもゲッカさんもともに頷く。
「私が四天王に就任する際にもそんなヤジが飛んできましたとも。『お前みたいなできそこないが四天王なんて汚らわしい。男同士で非生産的な!! 神の意思に背く悪魔め! お前なんて四天王を止めろ!』ってね。でも、チャンピオンのクシアさんが面白い返しをしてくれて、今では私もすっかりあの人のファンなんですよ」
思わせぶりにゲッカさんは微笑む。
「なんて言ったんですか?」
と、私が尋ねれば待ってましたとばかりに彼女は言う。
「『四天王を止めさせるのですか! ぜひ、そうしてください! 貴方の挑戦を私は待っています!』ですって。つまり、チャンピオンが言いたいのは『強くなってゲッカさんを超える実力になったら、いつでも四天王止めさせますよ』っていうことなんですよ。ぜひ、そうしてくださいの一言で私はひどく傷ついたけれど、その次の言葉で見直したわ。チャンピオンはヤジを逆に利用して、ヤジのせいで白けた場を再び熱くしたの」
あぁ、なるほど。至極全うな手段で四天王をやめさせてくれるならむしろ大歓迎という事か。
「それって、そのヤジを飛ばした人への挑発のために言ったんですかね?」
「さぁ、あの人って頭はいいけれどちょっと馬鹿っぽいというか天然ボケなところがあるからなぁ。どっちかは、本人に聞いてみないとわからないでしょうね。今度は、会場全体がヒートアップして、私を非難した人が逆に『いいぞー! やめさせて見せろー!』『挑戦者かー!? 頑張れよー』、『おいおい、下剋上宣言とは格好いいじゃねーか! 未来のチャンピオン!!』なんて、煽られる始末よ。そうやってヤジを挙あげた人が小さくなるのは爽快だったし、みんなの声が温かくって、目が潤んじゃったわ」
何だかチャンピオンがひどい言われようだけれど、少なくとも一瞬で白けた場に熱気を取り戻すだけのカリスマはあるということだ。バトルなんて興味がなかったから、ポケモン博士兼、大学教授兼、チャンピオンというものすごい肩書の持ち主だということくらいしか知らなかったが、尊敬されているのだろう。
「その時の経験で、私はポケモンバトルの実力だけではチャンピオンや四天王にふさわしくないというのはよーくわかった。だから今は私も、四天王として戦う以外の事で、頑張るようにしているの。LGBTの集会に参加したりとかね」
ゲッカさんと話していると、今まで四天王だなんて強いことばかりしか知らなかったけれど、それ以外にも色々な一面があるのだと伝わる。
彼女の妹もまた四天王の一人なのだが、妹は自分を一番に支えてくれた最高の家族であるという。人の事を紹介するときは褒めるところから入るこの人当たりの良さがあるからこそ、彼女にはファンが多いし、支持者もつくのだろう。
私は父親の愚痴ばっかり述べているような気がするが、いつか愚痴なんていう暇もないくらいに人を褒めることが出来るようになるだろうか。そんなことを恥じていると、シイさんも含む皆は『子供なんてそんなもんだ』と言う。子供扱いされているのは嫌だったが、今までよりも強く大人になりたいという思いは強くなった。
午前中に歩き通し、その後も見学の間ずっと起きていたため私達はくたくたで、食事会がお開きになるとすぐに眠くなってしまう。私達はゲッカさんに一室を与えられて、寝袋を並べて眠ることとなる。室内はアロマキャンドルがたかれており、良い香りの中では上質な眠りにつくことが出来た。流石の気遣いである。
翌日、ゲッカさんから朝食まで頂いて私達は旅だつ。四天王の強さを目の当たりにしたシイさんは、『まだまだ未熟だな……俺は』とため息をついている。シイさんもかなりの実力を持ったトレーナーだというのに、それよりもはるか上に位置する四天王。さらにその上にチャンピオンという存在だっているのだから、ポケモンバトルは頂点の見えない戦いである。
私が目指していたら、確実に挫折していただろうなと、上を目指せる人のメンタルには感心せざるを得ない。