5:それぞれの旅路、前編
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「ゲッカさんでも妥協しないといけない事とかあったんですか?」
「えー? 私女の子になりたくってホルモン剤治療とか手術とかいろいろしたけれど、それだと結局は子供は産めないからね……だから手術は個人的には最終手段だったんだ。出来る事なら、ジラーチに性転換を頼もうとしたり、正反対の境遇の女性……『男性になりたい女性』と『私』の、心と体をマナフィ使って入れ替わるとか考えてたのよ。難しそうだったから妥協して手術で何とかしたけれど……私って馬鹿でしょー?」
「それは、幻のポケモンだなんて……入手は難しいですし仕方ないですよ」
「そりゃそうよ。今でも機会があれば探しているけれど、なかなか見つからなくってね、ラティオスとラティアスには懐かれるんだけれど、マナフィに懐かれることは一生ないかもしれないわ……。
 そうやって、性別やら親の境遇やら人生なかなか思い通りに行かないものよ。でもね、そんな思い通りにならなくっても、人生悪い事ばかりじゃないから。私だって、女の子らしくなるためにホルモン注射したり、色々切り取ったりしたおかげで、戸籍上は女になれたし、男の人と結婚できたし、そうやって妥協しながら生きていくのも悪い事じゃないの。
 貴方も想い人と結婚するためになら、やるべきことを惜しんじゃダメ。そして、切り捨てるべきものをきちんと決めて、取捨選択を適切に行わないとダメだからね?」
「うーん、私の場合、好きな人と結婚したいのに、婚約者を立てられちゃったんですよね。でも婚約者をどうにかするなんてさすがに法的に許されませんし。いつか天然ボケを装って一発殴らせて、反撃で金玉でも潰してやろうかとも持っているんですけれどね」
 ゲッカさんの言う事はよくわかる。私も、正当防衛の範囲で何とかできないかというのは何度も考えている。
「あら、いいじゃない。婚約者を殺せとまでは言えないけれど、恐怖を与えるのはいい手段ね」
「そんなこと、そう簡単にはできませんけれどね」
「ううん、確かにそうかも知れないけれど、時間はあるんだから、いい方向へ持って行くための手段を出来うる限り考えてみればいいんじゃないかな。方法は一つじゃないの、ポケモンリーグでチャンピオンになるのは強くなるしかないけれど、結婚をあきらめさせるくらいなら選択肢なんていくらでもあるんだから。簡単よ?」
 簡単そうに言わないで欲しい、と言いたいところなのだが、ゲッカさんが今までの人生で何をしてきたかを考えると、なるほど確かに簡単なものなのかもしれない。いじめを乗り越え、偏見に耐え、自分自身の体を作り変え、そして親とのいさかいも乗り越えて、そして四天王になってからも逆境に耐え続けたうえで今の彼女があるのだから。
 彼女の壮絶な人生に比べれば、私の人生なんてまだまだ簡単な方なのかもしれない。
「何にせよ、貴方のポケモン達も、貴方に幸せになって欲しいって願っているのは確かだから。もしも何かの障害にぶち当たっても、ポケモンに頼れることがあるのならば、ポケモン達を頼ってあげなさい。きっと、喜ぶよ」
 そう言って、ゲッカさんは私のポケモンを撫でる。こんな愛おし気な目をする人が、色んなものと戦い、そしてリーグでも四天王に上り詰めるのだと思うと、本当に信じられない気分でいっぱいだ。もっと殺し屋みたいな目をしていてもいいくらいなのに。
「私からのアドバイスは以上です。これからの旅、頑張ってくださいね」
「ありがとうございました」
 私が頭を下げてお礼を言うのを見届けるように、ゲッカさんはメガシンカしたプリズムに口付けをして、元のサーナイトに戻す。あの姿はあまりに感度が高すぎて脳に負担がかかるそうなので、休むことが出来たおかげかプリズムの方からは力が抜けているようであった。
「ところで、今日の宿は決まっておりますか?」
 サーナイトをボールにしまい、彼女は尋ねる。
「いえ、私達はずっと見学していましたので、決まっていません」
 そういえば、重要なことを忘れていた。今日泊まるところがまだ決まっていない。これでは野宿をするしかないではないか。もう慣れたけれど。

Ring ( 2016/12/25(日) 23:37 )