5:それぞれの旅路、前編
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すまないな、私のミスだ
 シイさんは、キリカに直接、ミカにはボール越しにそう言って一人落ち込んでいた。手加減されていても負けたとあっては、やはり悔しいのだろう。落ち着いた大人の雰囲気だった彼の顔が、初めて悔しさで歯を食いしばっている。
「ありがとうございます、自分の未熟さを確認できました」
 しかし、そこはシイさんも大人である。きちんと挨拶はして、礼儀をおろそかにしない。
「そうですね、まだまだ貴方のポケモンには成長の余地があります。もっと強くなって、また挑戦してください」
 そんなゲッカさんのフォローが入るが、なんだか同情されているようで尚更惨めな気持ちになりそうだ。
「しかし、貴方はいま戦った二体以外はあまり強いポケモンをお持ちではないのですか? 他にもボールをたくさん持っている様子ですが、それをお使いなさらないようなので……」
 ゲッカさんに尋ねられると、シイさんはハイと頷いた
「私は旅をしながらポケモンを育てて、育てたポケモンを売却するお仕事をしています。そうして売却したお金が旅の資金です」
「なるほど。それで、戦った二匹は護衛として、相棒として、長く連れ添っているわけですね。倒れるまで戦えるあたり、貴方の事を良く信頼し、貴方に命をささげんばかりに奮闘している良い子達のようで……しかし、すこし思うところがあるとすれば。彼女達は貴方に対して不満がないわけではなく……うん、後輩たちをもう少しかわいがれないかということに、何か思うところがあるようです。
 それだけに、どこか心に引っ掛かりを感じて、貴方に対して信用しきれないというか、不信感というか……不満というべきか。わだかまりが残っていることは間違いないようです。古参よりも、後輩たちを可愛がってあげたほうが、古参の二匹もすっきりしてくれるかもしれません」
「そういう気持ち、分かるんですか?」
「プリズムをメガシンカさせた時だけ分かります。胸の角二倍は伊達じゃありません。相手のトレーナーや相手のポケモン気持ちもメガシンカしたおかげで手に取るように分かるので……えぇと、つまりですね。肉体的なことや、技についてもまだ成長の余地はありますが、精神的なことに関しては比較的多くの成長の余地が見込めると思います」
「分かりました……とはいえ、どうしたものやら」
 シイさんはゲッカさんにアドバイスを貰っても、ポケモンと話す方法なんてない。
「今日の門下生のトレーニングが終われば、すこし付き合っても大丈夫ですが……」
「でしたら、今日一日ジムの見学をさせてもらってもよろしいでしょうか?」
「えぇ、どうぞ見ていってください。このジムは見学自由ですので」
 結局、シイさんはこの言葉に甘えることになる。
 ジム内には、彼女が宣伝に利用されている商品のポスターが飾られており、入り口近くには門下生募集のチラシももちろん大量にある。
 また、ゲッカさんが参加するらしいLGBT((限定的な性的少数者の総称。レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーの頭文字をとったもの))のイベントのチラシが置かれており、合わせてゲッカさんが書いた本も置いてある。見学に飽きてしまった私はその本を読んで、彼女がまだ男性だった頃の体験などを読んで時間を潰した。シイさんはといえば、ジムの回復装置に預けていたミカとキリカの回復を確認すると、今回の戦いで特に傷付いたミカに膝枕をしてあげ、その顔や顎を優しくなでて宥めている。
 力尽きるまで戦わせてしまった事を謝りながらの愛撫であるが、ミカはあまり気にしておらず、膝枕の上で寝息を立てている。その様子もふて寝という感じではなく、安らいだ寝顔をしているところを見ると、もう怒っている様子はないということだろう。
 シイさんは彼女が眠ってしまったのを確認すると、覚えている限りの問題点をレポート用紙にまとめ、またゲッカさんが指導する様子を真剣なまなざしで見ていた。


Ring ( 2016/12/14(水) 21:49 )