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ストーンヘンジの付近には、食用となるドラゴンが放し飼いにされる牧場があるくらいで、周囲の開けた草原には、ストーンヘンジの景観を守るためか、全くと言っていいほど建物がない。整備された道路を経由して、北に行けば小さな町がある。町の南側には花畑があり、そこの真ん中に例のジムがある。お花畑は、一部のフェアリータイプ(主にフラベベ系統)が落ち付く効果があるから作られたものだとか。
近くを通ればそれだけでいい香りが漂い、花畑に囲まれ広大な平原の先にあるストーンヘンジを臨むジムは、ポケモントレーナーでなくとも記念写真を撮って行く観光客も多い。このジムの設立当初は、心無い人間によって時折、『四天王やめろ』だとか、『汚らわしい』だとか落書きや張り紙をしていたので、現在はピクシーが寝ずの番についている。と言っても、ピクシーは夜行性のポケモンなのでむしろ自然な勤務時間と言って差支えないだろう。
普段は温厚なポケモンではあるが、もしも不届き者が現れれば、途方もない強さで相手を圧倒する豪傑である。昼は眠っているので、その姿もまた癒されると評判だ。
そんなピクシーの寝姿を拝見しながらジムの中に入ると、パステルカラーの内装が出迎えてくれる。まるで赤ちゃんの遊び場のようなふわふわとした優しい色合いの内装には、キテルグマやリングマ、ミミロルやピカチュウなど、いかついポケモンも可愛らしいポケモンもデフォルメされて描かれている。絵本の一枚絵のようにそれらが仲良くしている光景はなんというか、子供っぽい印象を受ける。ほのかに漂う甘い香りはバニラだろうか、苦手な人には辛そうだ。
「予約していたシイです」
と、受付に告げて、ジムの修練場へと行くと、そこはなんとも面白みのない、固められた土で出来た床面と、その周りに数百人を収容できる観客席のある試合場だ。フェアリータイプのジムと言えど、試合場までファンシーな雰囲気ではないのである。
その室内では、十人以上の門下生がポケモンバトルの動きをゲッカに見せていた。
ゲッカさんはここでもまじめそのもので、化粧もしないで土ぼこりを被った顔を真剣な表情で固め、ボードの上のレポート用紙にペンを走らせている。フェアリータイプの四天王だとは言っても、こんな時までほんわかとした雰囲気ではなく、ジム生のポケモンを指導する際は泥だらけで汗臭そうだ。
ポケモンとトレーナー、共に慕われているのか、彼女が言葉を発すれば、皆が元気よく返事をする。なるほど、良いジムじゃないか……なんて、ポケモンバトルにまじめに向き合っていない私が言っても説得力はないけれど。シイさんも、予約した相手が来たことを告げればいいのに、その練習風景を見たままいつまでたっても話しかけることなく見守っている。
見かねて、ジム生が『何か御用でしょうか?』と話しかけてきたところで、ようやくシイさんは用件を告げた。ジム生はその用件をゲッカさんに告げると、ようやく彼女はこちらへ向けて歩いてくる。
「見学の方かと思っておりました。お待たせしてすみません。わたくし、このジムを取り仕切っております、ゲッカ=アイゼンハワーと申します。どうぞよろしくお願いします」
彼女はとても背が高く、一七五センチメートルはあるシイさんよりも拳一つ分背が高い。立ちあがるだけで威圧的な雰囲気すら漂う彼女に近寄られると、思わず身がすくむ気分だ。しかしながら、ポニーテールのシンプルな髪型と、温和そうなその表情には女性らしさが備えられており、ディアンドルと呼ばれる東の山岳地帯で用いられる民族衣装をまとった姿は男性には出せない気品に満ち溢れている。
「いえ、指導の仕方を観察していました。だから問題ないです。人間への指導は私にはあまりなじみがないです。だが貴方は人間への指導もすばらしいのが分かります」
「それはそれは、光栄です。えっと、見たところ異国の方とお見受けしますが、こちらの言葉も上手いのですね」
シイさんに褒められ、ゲッカは嬉しそうに微笑む。
「旅は長いもので。それに、最近はこちらの子が語学の練習相手になってくれるので、とても助かってる。逆にこちらも、故郷の言葉を教えてもらっているんですよ」
「あら、そうなんですか? お互い助け合って旅をしているだなんて良い関係ですね。そういえば、こちらの女性は……」
「あ、私はデボラ=スコットと申します。私はこのジムに来たのはただの付き添いで……今は訳有って日本語を覚えたいので、この人に付いて回って勉強しているんです」
「おや、勉強熱心なのですね。ボールを持っていられるようですが、ポケモンバトルはなさっているのでしょうか?」
「ポケモンバトルは、少し……その、身を守れる程度には鍛えていますが、本気で取り組むようなことはしないですね……なので、こんなところにいてもいいのか……ちょっと心苦しい気分ですよ」
「そうですか……それは残念です。ですが、人それぞれやりたいことは違いますし、仕方がないですね」
ポケモントレーナーはやはり、ポケモントレーナーとバトルで語り合うのが好きなのだろうか、微笑みの中にも残念そうな顔が浮かんでいる。
「さて、門下生への指導もありますし、あまり長話もなんですね。トレーナー同士ならバトルで、語りましょう。皆さんは休憩がてら、観戦をお願いします。私や対戦者の動きについて気付いたこと。また、私達が何を考えてその技を選んだのかとか、そういうことに気付いたことがあれば、何でも言ってください。
こうして、外部のトレーナーを招くというのは、今まで見たこともない戦法、戦闘スタイルを目にすることで、貴方達に新しい可能性を見出したり、新たな対策を打ち建てたりなど、そういった出会いのためにやっている側面もあります。見学もまた、勉強ですよ」
ゲッカさんが門下生に向けてそう声をかけると、毎度のことなのだろう、門下生はバトルフィールドの周りにある観客席の方へとなれた動きで散って行く。ポケットからペンやメモ帳を用意する者や、カメラなどを向ける者もいて、なるほど教育が行き届いている事が伺える。
シイさんは散った行く門下生を見ながらボールを構え、ゲッカさんは師範代と思われる一人に指示を出し、審判を頼む。それが終われば、さぁバトルの始まりだ。