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その翌日は、レントラー、キリカと戯れさせてもらった。
こっちの子も大人しく、躾がよく出来ているのは同じで(いや待てよ? ミカは致命的な部分で躾が出来ていなかった気がするが)私が毛づくろいをしている間も大人しく身をゆだねてくれている。その大きな肉球は揉み甲斐があり、お手のポーズをさせて親指で肉球を揉んでいると、そのボリュームの心地よさに思わず顔がにやけてしまうほど。
時折、前足を上げ続けているのも疲れてくるのか足を下ろそうとするが、そうすると次はもう片方の足揉んでくれといわんばかりにあげてくる。可愛すぎていくらでも足を揉んであげたくなってしまう魔性の魅力の持ち主である。このレントラー、あざとい。
歯も非常にきれいで、口を開ければ凶悪な牙がずらりと並んでいるものの、舌を出したその顔はどこか笑っているようにも見えて愛嬌がある。この二匹、戦いのレベルが高いことは元より、人に媚び、甘えることに対するレベルが非常に高い。地面に転がって肉球を見せつけるようにしてひっくり返った態勢を見せたりもするし、分厚い鬣に守られた首を撫でればゴロゴロ言って甘えて来る。
そのレベルの高い甘えぶりは、レントラーというよりはぶっちゃけでかいチョロネコのように見える。実際、同じくシイさんの手持ちであるチョロネコ、アッカは彼女の背中を見て育っているのか、甘え方が彼女そっくりだ。しかし、私としては肉球のボリュームが少々物足りなく思えてしまう。きっとレパルダスに進化しても、肉球の大きさで上回ることは不可能だろうから、肉球が好きな人の心は恐らくキリカになびくのだろう。
何より優れているのは、エリンもジェネラルもシャドウも甘えることはあるけれど飽きっぽく、甘えている時間は短いのだけれど、この子は甘え出したらいくらでも甘えて来る。だからこっちもいくらでも戯れていたくなる、そんな気分にさせてくる。
だけれど、それはエリン達には少々気に食わないらしい。キリカをずっと撫でていたら、『ご主人は自分の物だ』といわんばかりに、私に撫でられようと仰向けになって自己主張する。エリン以外も、前に出て来てまで自己主張したりはしないものの、こちらを物欲しそうに見ている視線を感じた。
危ない、ミカもそうだが、キリカも危ない。こいつら二人、甘え上手すぎて他の子がおろそかになってしまいそうだ。自分の子の存在を思いだしてエリンを撫で始めると、我慢していた他の子達も一斉に集まりだして順番待ちを始める。トワイライトだけはそんな彼女らの様子を暖かな目で見つめているのは、彼が大人だからであろうか、それとも元は兄のポケモンだからであろうか。
「
この子達、とても甘えるのが上手です」
シイさんのポケモンを褒めたたえると、彼は嬉しそうに微笑み返す。
「
私がそうして欲しいと願ったからね」
「
願ったって、どういうことですか?」
願った、とは一体どういう事なのか。文字通り、こういう風に甘えて欲しいと頼んだということなのだろうか。
「
甘えてもらうと私が喜ぶし、彼女達は私が喜ぶことをやってくれるから。それぐらい、私達は愛しあっているという事さ」
自信に満ちた顔でシイさんは言う。
「
すごく仲がいいのですね。どうすればそれくらい仲良くなれますよ?」
「
あー……それはね、夫婦になることかな? あ……」
言ってはいけないことを言ってしまったのか、シイさんは目を泳がせて言葉を濁す。もしかして、彼が私のような女性に一切の興味がないのは……何か聞いてはいけない事を聞いてしまったような気がするが、きっと気のせいだ。
「
なるほど、夫婦ですか……残念ながら私は婚約者がいるから出来ませんね」
とりあえず、変な意味に捉えなかったことにして、文字通り受け取って私は言う。
「
そうだね、私は独身だから出来るんだね」
あはは、と乾いた笑い声を浮かべてシイさんは言う。目が笑っていないというのはこういうことを言うのだろうか、明らかに失言したと思えるその表情。きっと、私が感じ、そして想像したよこしまな考えは、間違っていないのだと私は悟る。
まぁ、いいさ。本人が幸せならば、私にはそれを邪魔する権利はないし。それに、人間に興味がないのならば、それはそれで安全が保障されているという事ではないか。何の問題もない。