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一夜明けたが、私はリンドシティのジムへの再挑戦はしなかった。ジムバッジ集めは目的の一つではあるけれど、今の目的はそんな事よりも、シイさんと一緒に旅をして日本語を覚えることだった。だから、彼の旅の足手まといになってはいけない。シイとしては、時間が危うくなったら交通機関を使うなりポケモンに乗るなりして時間を短縮するから、そんなに急ぐ必要はないと言うけれど、やっぱり旅は徒歩でのんびりというのがポケモントレーナーのたしなみだと思うから。
シイさんの旅路を優先する代わりに、私はうざったく思われようともちょっとしたことでも積極的に話しかけることを優先する。
「
そのマフォクシー、耳の毛が綺麗です」
眠る前、狭いテントの中で、シイは軽いポケパルレの一環として、ポケモン達のブラッシングをしている。彼のポケモンは豊かな体毛の陸上グループが多いためか、
「
毎日ブラッシングしているからね」
「
それは私も同じです。大切にされている証拠ですね」
ここで、私は覚えたての言葉を使ってみる。
「
そうだね」
と、彼は返す。使い方は間違っていなかったようだ。そう言えば、他人のポケモンにおいそれと触るのは不躾かなと思って、今まで私は彼のポケモンに全く触っていなかった。ウチのポケモンはなんというか自由奔放なので、きちんと釘を刺しておかないと目についた人間に甘えたがってしまい、すぐに尻尾を振ってしまうのだが……そのせいで、シイはシャドウやジェネラルに触れている。エリンとトワイライトはあまり人懐っこいほうではないのでまだだけれど、ポケモンといえばトレーナーの体の一部のようなもの。人間同士の仲が悪くなくとも、そのポケモンに嫌われていては非常に居心地が悪い。
シイさんのポケモンは別に人見知りの癖があるわけでも無いし、こちらを警戒しているわけではないのだが。でも、躾が行き届いているようで、人間を見てもポケモンを見ても飛び付いたりするようなことはしない。それゆえ、私は触れる機会がなかったのだが、シイさんに体を預けて毛づくろいをしてもらっている彼女らを見ていると、こちらとしても触れてみたいという衝動が抑えきれない。
「
あの、その子に……達に、触っていいですか?」
声を掛けると、マフォクシーもシイもこちらの方を向いている。
「
どうぞ。この子も喜ぶよ」
シイはそう言って、両腕を枕にしてうつぶせに姿勢をとっているマフォクシーをこちらに寄こす。私よりも背の高いマフォクシーは、うつぶせの状態から起き上がると、私の前に正座して私を押し倒さんばかりに上から覆いかぶさった。こちらに体重を預けて抱きしめられると、ものすごい獣の匂いと高い体温。この寒い冬にはその体温はありがたいけれど、息が詰まりそうだ。
更に私は体中の匂いを嗅がれる。嫌ならやめてと言われれば止める賢い子らしいけれど、ポケモンに甘えられるのは嫌いじゃないので身を任せる。こんなに彼女の臭いをつけたら、手持ちたちに首を傾げられてしまうんじゃないだろうかと思いつつも、温かいし、仕草が可愛いしで何だかくせになってしまいそう。
抱きしめたままほおずりだとか、こいつは甘え方が上手い。ジェネラルのようにがっつくでもなく、ほどほどに甘えるだけで心はつかず離れずなエリンとも違う。顔に触れるだなんて、そんなに気持ちのよいものではないけれど。なぜるような、揉み解すようなそのしぐさがやたらと気持ちいい。それに、覆いかぶされレているというのにあんまり重さを感じず、まるで毛布をかぶっているかのような軽さと心地よさ。なんだか眠くなってくるが、この衝動に負けてはいけない……
などという決意など吹いて飛んで、気付けば隣にはエリンやジェネラルがいて、一緒に眠っている始末。しかしこのマフォクシー、名前をミカというのだが、非情に手癖が悪い。起きてみると、財布がない事に気付いて慌てて探すと、マフォクシーのスカートの中にあるのをシイが発見してくれた。
彼女の特性はマジシャン、人から物を盗むのは得意中の得意なのである。『彼女が甘えてきたときは、大体何かを奪う時だから、一般人に甘えた時は毎回調べるのが大変なんだよ……』と、シイさんは愚痴をこぼしていた。それ、何をどう考えても躾が悪いんじゃないかと思うけれど、旅の最中にロケット団のようなならず者に絡まれた時は、そのまま懐に入れてしまうのだそうだ。
そういう日は、美味しいものを食べさせてあげるんだ。笑顔でそう語られるが、美味しいものを食べたいがために盗むような子はいろいろ問題があると思う。いずれ警察に捕まらないか心配である。
だが何にせよ、相手の警戒心を解かせながら、ゆっくりと骨抜きにして財布を奪い取るその手腕。それはやはりある種の才能だろう。今はプラズマ団だけじゃなく、ポケモンの密売組織であるイビルペリッパーズとかいう謎の組織も暗躍しているらしいから、是非ともそいつらからお金を奪っておいしいものでも食べたいものだ。