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そうして、私はシイさんと共にリテン地方を歩むこととなった。
なのだが……
「よし、それじゃあ国会議事堂を上から眺めて見よう」
一瞬、私は硬直する。忘れていたが、シイさんはバッジコレクターとは言っても、観光もまた目的の一つである。ウィル君と回ったデートスポットをこんなに短い期間で回ることになるとは思わなかった。
「
いや、すごいねこの景色。夜景が宝石のように美しい」
「
はい、二回目ですがいいものです」
そんな状況に、私は少々苦笑する。悪い人じゃないんだけれど、間をおかずに二回も同じ場所となってしまったが、これに関してはウィル君の言った通りだ。私もウィル君と一緒に乗っている時は景色がまともに見えなかったけれど、今回は割と夜景を楽しめたかもしれない。
一日かけて一通りの観光を終えて、私達はこの街のジムへと赴く。ウィル君はこのジムに行く前に連れ戻されてしまったため、行くのは今回が初めてだ。ここのジムリーダーは、飛行タイプのポケモンを繰り出してくるのだが、その外見がなんとも言えない緑色の服を着た少年である。
ジムリーダーに就任したころは一四歳と非常に若かったのだが、十年も続けていればもう二四歳。流石に痛い格好だ。
モデルはもちろん、大人の存在しない国、ネバーランドに住む少年であり、それを意識してなのか、彼はフラエッテを隣に侍らしている。飛行タイプのジムリーダーじゃなかったのか……?
そんなことはさて置き、バッジコレクターを名乗るだけあって、シイさんは非常に強い。事前の申告でバッジ八つ目に挑戦するときの難易度でお願いしていたらしいのだが、それですらもなんなく突破してしまい、その余裕そうな態度は『よし、次だ』といわんばかりであった。
自分はまだこのジムには挑戦していないので、ついでではあるが、私もジムに挑戦する。
このジムの得意とするポケモンは飛行タイプ。エースであるフワライドを筆頭に、素早い動きとフェザーダンスなどによる搦め手を得意としている。散り際に追い風を利用するファイアローの補助から、剣の舞を利用したムクホークの怒涛の攻撃で攻め、それを潜り抜けても今度は耐久お化けのフワライドが降臨するというわけである。
バッジ五つ目からはフラッターという装置を用いてポケモンを弱体化させ、バッジ八つ目のポケモンと同じ編成で挑んでくる。先ほどのシイさんのバトルを見て予習は出来たが、どこまで対応できるかはわからない。
紆余曲折は省略するが……対応できず、私は惨敗した。シャドウを使えば楽勝だっただろうけれど、やっぱりあいつを使うのは卑怯な気がして、エリン、ジェネラル、トワイライトで挑んでみたが、ムクホークの大暴れに対応できずに負けてしまう。
「
まぁ、仕方ないさ。まだ旅立って三ヶ月なんでしょ?」
「
でも、育てるのは一年前からやってた。だから、私は弱い」
「
<いやいや、君のアブソルを育てた人や、私と比べると弱いかもしれないけれど、そんなことないよ。その証拠にルカリオは強く育ててるじゃないか/b>」
「
えっと……『しょうこ』ってどういう意味でしたっけ……」
「
証拠……そうだな。物事を、正しいと、決めるために必要な、もの……かな。英語だと……『Evidence』とか『Proof』って言うらしい、ね。えーと……君たちの言葉に直すと……」
この人と一緒に行動するようになって一日。たった一日だけれど、私達は辞書が手放せない。会話の最中に気になった単語があれば、逐一聞きなおして分かった振りはしない。シイさんも同じようにして、イッシュで英語を覚えたそうなので、こっちが聞き直した時も嫌な顔一つせずに、私にその意味を教えてくれる。
そして、この人のいいところはそれだけじゃない。私が聞きなおした文章は、文字に書いて起こしてくれるのだ。これによって生の日常会話で発生した最高の例文が出来て行くというわけである。
しかし、その場合の問題点としては、日本語の教科書に乗っているようなきれいな日本語にならないということ。やや砕けた表現も多いということだ。それについては仕方あるまい、教科書に乗っているような整いすぎていて気持ちの悪い会話と違い、実用的な会話が出来ると、ポジティブにとらえるしかない。
ちなみに、お互い勝手な訳文を作るため、それが正解である保証はない。もし間違いであったとしても、間違いを繰り返しながら学んでいくしかないのだろう。なに、間違って恥ずかしい思いはするかもしれないが、言語が違えば多少の間違いくらいは結構大目に見てくれる。何せ、自分がそうだったから、とシイさんは言う。
そんな彼の失敗だが、猫系のポケモンが好きな姉妹が所有しているポケモンについて褒めたことである。猫系のポケモン達を総称して『pussy』と表現したのだが、それが女性器の暗喩や成功を意味する言葉だということも知らなかったために年の離れた姉は顔を赤らめていたとか。
日本語にも辞書に載っている物から載っていないものまでいくらでもそういう失敗はあるだろうから、間違えても問題ない相手と話しているうちに間違えておければいいねと、シイさんは言う。
『日本語の使い方を間違っていたら、私が注意してあげる。ただし、私が間違っていたら指摘して欲しい。そうやって助け合って過ごそう』と笑顔で語る彼との時間は、アンジェラとの二人旅と違って頭をフル稼働させなければならないために、世間話の最中でさえ気の休まる時間が少ないが、しかし自分が着実に成長しているような充実感があった。