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結局、私達は説教を受けたその日のうちに旅を再開して、リンドシティの街を散策する。まだこの街のバッジは手に入れていなかったが、いつまでも同じ町にとどまっているのもなんだし、一度別の街までポケモンを鍛えがてら観光しようということだったのだが……色々と考えた結果、私はアンジェラに突拍子もない話をする。
「ごめんね、アンジェラ。やっぱり私、これからは貴方と一緒には旅をしない」
そうだ。私はこの旅の目的は、思い出作りもウィル君との密会もあるけれど、ウィル君という目的が消えた今、もう一つの目的である観光客に話しかけまくって日本語を覚えるという目的が残っている。
「えー……まさかこのまま語学留学とか言って日本にでも飛んだりしないよね? いくらパスポート持ってるからって……」
「そこまではしないけれど、でも私としては、今のままではさらなる成長は望めないと思ってね。こっちの言葉があまり分からないような人に、私が案内を買って出るの。もちろん相手にはこっちの言葉を勉強してもらうし、相手の言葉の勉強もさせてもらう。そういう持ちつ持たれつな関係が出来る奴を捕まえて、残りの期間、二人旅をするから」
「なんか、聞く限りではものすごく大変そうなことだけれど大丈夫なの?」
アンジェラが問う。もちろん、答えはイエスだ。ものすごく大変だろうし、けれど大丈夫だ。
「この旅に出てから、名前も知らない人間に何度も何度も話しかけまくっていたからね……もうそういうのが大変って感覚は忘れちゃったよ。今まで、ウィル君だけがいればいいやなんて思っていた自分が恥ずかしいくらいにたくさんの人と話している。何とかなるでしょ」
「もう、何か変な人に掴まらないでよ?」
「……その事なんだけれど、悪い事を考えている人は」
私はぽん、とジェネラルを繰り出す。ウィル君の助けもあって進化してルカリオとなった彼は(冬至に近いクリスマス付近の季節は日照時間短すぎて苦労した)人の考えている事がある程度読みとれるようになる。悪い事をしようとしている人間には、近づかないように守ってくれるはずだ。
まぁ、ごくまれに人に危害を加えることを悪いと思っていない人間、いわゆるサイコパスな人間には効果がないそうだけれど……そんな人間はそうそういないだろうし大丈夫よね?
「この子に守ってもらうよ。そのために、リオルを貰ったんだから」
「なるほど。確かにルカリオなら出来るかもね……」
「それにシャドウやトワイライト、エリンもいるから。私の身の安全の事は心配しないで。みんな頼もしい私の相棒なんだから」
そう言うと、アンジェラはうんと頷いた。
「私は一応止めとくよ、危ないって。でも、行くんでしょ?」
「貴方がトイレに行っている間に、私が手紙を残して消えたことにしておいてよ」
「何それ、迷惑な消え方だね……でも、それでいいか。私もその方が怒られないで済みそうだし……」
はぁ、とアンジェラは息を吐く。寒さで真っ白な息が出て、空に昇って行く。
「アンジェラはどうする? このまま帰るなんてことは……しないで欲しいけれど、でも一人旅も辛いよね?」
「いや、せっかくだから旅を続けるよ。でも、確かに一人で旅をするのもちょっと不安だし……うん、ドワイトあたりでも誘うかな。あいつならば旅をする友達に飢えていそうだし、何とかなるっしょ」
「そうだね。頼りになりそうな子だし、いいと思う」
これでアンジェラが旅を止めてしまうなんてことになったら申し訳ない気分でいっぱいになるところだ。けれどアンジェラは前向きに検討してくれているので、その心配もないようだ。
「それじゃ、アンジェラ。この三か月間、楽しかったよ。最高の思い出だった……」
「もう行っちゃうの?」
「うん、別れを惜しんでいたら前に進めなくなるもん……」
私はアンジェラをぎゅっと抱きしめ、そのままの態勢を取る。その感触をしみじみと噛み締めながら、私は腕を離してトワイライトを繰り出す。もう夕焼け空となったリテンの空に、その名の通り夕焼けのような燃える鬣のギャロップ。跳び乗ってそれにまたがった私は、彼の頭を撫でながら、『行こう』と声を掛けた。そうして、振り返ることなく私は手を振って別れを告げる、デボラは何も言わずに黙って見送ってくれた。そう、これでいいのだ。
寂しくとも、それに耐えられないようでは前に進めないのだから。
私はリンドシティに舞い戻ると、真っ先にリンドシティ西側にあるヒートロード空港に向かう。そうして、黒髪で黄色い肌という日本人の特徴を強く持った、一人旅をしているであろう者に狙いを定めて話しかける。年齢とか、性別はあまり問わなかった。
さすがに、旅に同行してくれるという人は簡単には見つからなかった。仕事で来ているからと断られたり、留学しに来たからと断られたり。中々お目当ての相手は見つからない。それでも、諦めずに探していれば条件に見合う人間も見つかるものだ。
その人物は二四歳と年上の男性で、名前はシイ。彼はフリーのポケモンブリーダーをやっているとのこと。ウィル君のように育て屋のような広大な敷地を持たず、旅をしながらポケモンを育てて気ままに売り払うトレーナーなのだとか。そして、その旅の過程でバッジをコレクションしているとかで、今までにもたくさんの地方を巡っては八つ以上のバッジを集めて、その地方を制覇しているのだという。今年もゆっくり旅をしながらジム巡りをしたいのだという。
イッシュへ行く際に英語は学んだらしく、リテンの英語とは色々と違いはあるものの、基本は同じだから言語には困らないという。
「じゃあ……私が、日本語をまなぶたいのですが、問題ある?」 私がシイさんに問うと、彼はにっこり笑って頷いた。
「大丈夫だよ。一緒に旅をしてくれる人がいると楽しいからね。でも、君が日本語を学ぶのは構わないけれど、逆に私にもこっちの言葉を教えてくれるかい?」 シイさんは言語を変えて続ける。
「まだ、カタコトなんです。もっとうまくしゃべるようになりたくて。私も、一緒に勉強、いい?」
シイさんの言葉は、確かに発音とかアクセントとか、そういうのはとてもじゃないがネイティブとは違う。けれど、私の日本語よりかはましに聞こえた。
「おたがい、頑張ろう」「うん、お願いします。今日から仲間だ」
私は異国の言葉でお互い頑張ろうと言い、彼は今から俺達は仲間だと、私達の言葉で言う。さぁ、もう後に引き返すわけにはいかないぞ。身の安全を確保するのは忘れないようにしつつも、異国の人間と暮らすこの時間に慣れて行かないと