4:合流して三人で
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「……家柄を保てなければ、我が家は不幸になる」
 デボラの問いに帰ってきた答えは、デボラが到底納得できるものではなかった。
「『我が家』って何? 勝手に主語を大きくしないで、具体的に言いなさいよ? 一〇〇人や二〇〇人いるわけじゃないんでしょう? あんた、潔く言ってみなさいよ。『父親である私だけが不幸になるが、別にデボラやエレーナは困るとは限らない』ってさ」
 きっぱりと言いきる父親に、デボラは毅然と言い返す。確かに、デボラが父親の仕事を立派に受け継ぎ、俺と結婚したとしてもデボラは困ることなんてないだろうし、デボラの母であるエレーナさんもそんなに困るかどうかは分からない。主語が大きいというのは本当にその通りだ。
「『我が家』とは『私達』だ」
「『私達』って誰? おじいちゃんおばあちゃんと、父さんと、誰?」
「お前だって含まれているだろう! それに分家の者達だってなぁ……」
「じゃ、分家から後継ぎ選べばいい話でしょ!? 私が婿養子をとる必要なんてないでしょ? 従兄弟のラッシュなんてすごい優秀なんだし、分家を含めた家族が困るならそれで構わないじゃん」
「それは……」
 デボラの言葉はもっともだ。デボラの家は裕福なだけあって、家業を誰が継ぐことになるかで代々揉めているそうだとか。オーリンさんが分家の事を心配しているというのなら、いっそのことデボラがそれを辞退するという選択肢もあるわけだ。
 だけれど、オーリンさんは分家に家業を継がせる気は全くないわけだ。方便のためにその単語を持ち出したことは間違いない。
「ほら、答えに詰まる。やっぱり父さんは家業や家族が心配なんじゃなく、『自分』が不幸になるのが嫌なだけじゃん? 分家やミクトヴィレッジの経済どころか、私の事すら何ら考えていない。
 だいたいさ、家柄が悪いと不幸だって、誰が決めるの? 父さんが決めるの? 『私』は『私』だ、『私』が不幸か幸福かなんて、『私』が決めたいの。父さんは、どうせ主語を大きくして、『自分の幸福』を『私の幸福』だと決めつけているだけでしょ? 誰も彼も言え柄が幸せの証になるわけじゃねーんだよ、アホタレ。
 事実、家柄なんて全く無頓着なウィル君の両親も、アンジェラの両親も幸せそうでしょう? 家柄も、お金も、生きていくために、幸福に生きるために役に立たないとは言わないけれど、それだけが全部じゃないでしょ!? 私はそんな物よりも大事にしたいことがあるの。
 そしてそれは、パルム相手じゃ得られないことなの。父さん、私がウィル君と結婚するのを許せなくてもいい……でも、せめて正直に言って。この結婚、誰のためなの? 私のためだって言いたいの?」
 デボラがまっすぐに父親を見て問う。
「父さんが、胸を張って『パルムとデボラを結婚させるのは、もちろんデボラのためだ』って言えるのならば、どうして私のためになるのか、分かりやすく教えて」
 答えに詰まる父親に、さらにデボラは要求をつきつける。その要求も、当たり前のことで、難しいことではないはずだけれど、今まで大声で誤魔化していたというオーリンさんには難しかろう。
「いいのよ、父さんは父さんの幸せを追い求めるべきだし、私は父さんにも幸せになって欲しいよ……。でもさ、私の幸せのことも少しだけ考えて欲しいの」
 そう言って、デボラはオーリンさんの事をじっと見つめる。
「『家柄を気にするのは、私のため』といえば満足か?」
 オーリンさんがデボラに問う。
「質問に質問で返さないでよ、父さん。私は、父さんの答えが知りたいの。私も、お金は好きよ? 欲しいものなんでも買えるし、贅沢を言わせてもらえば、石油王と結婚したいし。パルムがお金を持ってきてくれる優秀な男なら、それ自体が悪いとは思わないよ?
 でも……アンジェラが尋ねていたけれど、私からも尋ねるよ。お金だけあれば幸せならば、どうして世の中の女がパルムを放っておいたの? お金だけ、名声だけじゃ測れない何かのデメリットが、あいつにはあるんじゃないかな?」
「そんなこと、些細な問題だ」
 と、デボラの言葉にオーリンが反論するが、しかしそこでアンジェラが口を挟む。
「うーんと、デボラちゃんのお父様。本当にそう思ってる? 普通、些細なことなら世の中の女性が黙っていないって思うんだけれど?」
 そう言いながら、アンジェラはため息を聞こえよがしに漏らしてライブキャスターを弄り……
『パルムか……あいつさぁ、昔っから偉そうな奴だったけれど、大人になって更にひどくなってやがったんだ。俺の店に来た時なんだけれど、俺の女房を恫喝しやがってさ。料理持ってくるのが遅いだとか怒ったり。「お水のおかわりはどうですか?」 って聞かれたら「いるに決まってるだろうが! 頭おかしいのか!?」とか大声張りだして。そんで、ウチの店には出禁だよ』
 これは、うちの村にある喫茶店の人の声だ。なんでアンジェラはそんな物を録音しているのか……
「あー、これね、ウチがリフォームしたお店の店主にパルムの事をインタビューしたの。他にも聞く? 私、お父さんのおかげで、村の中じゃすごく顔が広いから。他にもいろんな人にインタビューしてるけれど……少なくとも、パルムは喫茶店を出入り禁止になるような人だってことは確かね。私そういう男は嫌いよ? 人の好みはそれぞれだから、そういう男が好きな人だっていうんなら止めはしないけれど、なーんか、パルムって男は結婚したら妻や子供に暴力ふるいそうね。
 それともデボラを、喫茶店を出禁になるような男と結婚させる気?」
 アンジェラの言葉に場の雰囲気が凍る。アンジェラはこういう話合いの時のために、色々と手を回していたし、今回もすぐに映像を出せるようにスタンバイしていたのだろう。なんとも準備がいい。これにもオーリンさんは反論できなかった。

Ring ( 2016/10/23(日) 23:51 )