16
「例えばなんだけれど……父さん、私には部屋の掃除を命令するくせに、兄さんには甘くって、家の掃除なんて一回も命令したことなかったよね? それどころか、私に兄さんの部屋を掃除させる始末。兄さんは部屋に入って欲しくないからって拒否したけれど……私が父さんに『兄の部屋の掃除なんていやだ』って断ったら、『女の癖に口答えするな!』って、私を殴ってきたこと、覚えているかな?」
俺は覚えている。デボラがその事を愚痴っていたのは、幼い頃の記憶に強く残っている。
「兄さんがパプリカやピーマンを残しても怒らないのに、私が残したら、私だけ怒られたこともあったよね。それで、『お兄ちゃんだって食べてないじゃん』って口答えしたら、平手打ちと共に大声で怒鳴る。父さんにはそれが『話し合い』なのかもしれないけれど……それ、『話し合い』じゃないからね?
『脅し』や『恫喝』っていうのよ、それは」
『父さんは大声と暴力で人を従わせる』という訴えはアンジェラが殺気やっていたことと同じレベルの恫喝なのだろうか? デボラ自身が同じことをやり返した上で口にすると、どれほどオーリンさんがデボラに対して横暴に振る舞っていたか、分かる気がする。
「私だって、本当はさっきの言葉は本心じゃないわ。流石に、『父さんが約束を一方的に反故にした』とは思っていない、私が悪いのは分かっている。そりゃ、新しい婚約者がいるのに、元婚約者に会うために旅を計画したんだから、その旅を止められても当然だとは思うし……それはまあ納得している。
けれど、さ、父さんは、今の私と、同レベルのことを、何度も、私に、してたよね? やり返されても、仕方ないよね?」
デボラは念を押すように父親に問いかける。やっぱり女の子って怖い。
「だ、だけれどデボラちゃん。不満なのはわかるけれど、その……今回は人生の今後に関わることだし……その、素直に帰ったほうがいいんじゃないのかい?」
父さんはここでデボラの味方をするわけにもいかず、そう言ってデボラを宥める。悔しいけれど、父さんの言う通りだ。
「……うん。ある程度では、父さんの言うところにも納得してる。でもですね、アンディさん。貴方は、息子の婚約が解消されて、悔しくはないのですか?」
デボラが父さんに問う。
「それは悔しいが、しかし本来、君はうちの子が結婚できるような家柄ではないというのに、病院でもそれ以降も驚くほど仲が良かったということで、そちらの好意に甘えていただいた形で……」
「それも踏まえて、今の状況を纏めたいのですよ、アンディさん」
父さんの言葉に頷きつつも、デボラは決して父さんの意見に同調したりはしない。
「そんなのまとめる必要なんてないだろう! もう決まったことだ!」
「また、殴られたいの? 昔の私がそういう風にされたように?」
オーリンさんが声を上げるも、デボラが尋ねるとすっかり黙ってしまった。
結局、デボラがまとめた今の状況はこうだ。
その1:俺達の村、ミクトヴィレッジの商売はオーリンさんが仕切っている。
その2:その仕事を継ぐのは本来デボラの兄、ジョセフであった。
その3:しかし、ジョセフが死んでしまった事により、代役を立てる必要がある。
「そこまでは私も納得しているし、その代役にパルムが指名されるというのも良くわかる。あの人、仕事は良く出来るみたいだし……でも、私はあの人は嫌だ。あの人と結婚するのは嫌」
「嫌だとしても、ワガママは言うべきではない」
「その通りよ、父さん」
父親の意見を肯定しつつデボラは続ける。
「『ワガママを言うならば、何か代案を出すべきだ』と、私も思っている。あれも嫌、これも嫌、そんなんじゃ私も聞き分けのない子供だし……だからこそ、私は提案したんだ。
その4:『私が、ジョセフ兄さんの代わりになる』って。
その5:今だって勉強している、兄さんの代わりになれるように。
その6:でも、父さんはそんな私の努力を認めようとしないじゃない?
私がどれだけ訴えても、絶対に『もう決まったことだ』とか『どうせお前には無理だ』で通す。そんなんで、私が諦められると思ってるの?」
デボラが感情的になって問いかける。
「無理よね……聞き分けないのは、どう考えても父親の方だもの」
訴えるデボラに、アンジェラが助け舟を出すように言う。話の主導権は完全にデボラとアンジェラにあり、俺は何も口出しできなかった。
「村のためにパルムと結婚しろというのは分かる。けれど、私がジョセフお兄さんの代わりになって、ウィル君と結婚したら、何がいけないの?」
デボラはようやく本題に入る。