4:合流して三人で
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「子供が口を出すな!」
「女性がどうあるのが幸せか、どうあるべきかなんてのは、貴方の主観であって、個人によって幸せの形って言うのは違うもんじゃないの?」
 アンジェラはオーリンさんの言葉をまるで無視して口を出す。
それともなに? 『頭の良い女と結婚した男は、みんな不幸だ』って。あんたそう言いたいの?」
「そういうわけじゃない」
「じゃあ、何故あんたはデボラが勉強することを否定する? 旅に出ることを否定するの?」
 鬼の首を取ったようにアンジェラは言う。そりゃそうだ、母親が頭が良かったら、デボラやヨセフさんが不幸になる……そう確信できるような場面があったわけでもあるまいし、むしろどういう状況なら頭が悪いと不幸になるというのか、聞いてみたいものである。
「危険だからだ! 息子を失った今、この上娘まで失うわけにはいかない」
 そう、オーリンさんのこの理由については仕方がないところもある……けれど……
「じゃあ、何故学ぶことまで否定するの? 実際さ、パルムがろくでなしだから、デボラが馬鹿でいて欲しいんでしょ、オーリンさん? デボラの頭が良かったら、悪い男とは離婚してもいいんだって気付いてしまう。弁護士に頼るだけの知恵がついてしまう。そうやって別れられたら困るんでしょ? 娘の幸せはお構いなし? 家柄は娘よりも価値が高いのかしら?」
「ふん……子供の戯言だ。所詮女にはわからん」
「え? 女にはわからない? じゃあ、男だって女の幸せなんて分からないんじゃない?」
 アンジェラが問う。
「というかさ、女の幸せなんて女にも分からんわ。デボラと私でさえ、求める幸せは全く違うだもん、それを年齢も性別も違う奴が、そう簡単に理解できるかっての」
 アンジェラはため息を挟んで続ける。
「それに、子供の戯言だっけ? 頭の良い人は、説明するのも上手いって言うよね。じゃあ、子供にも分かりやすいように説明してくれなきゃね。あなたの言い方、全然論理的じゃないから伝わってこないんですけれど?」
 アンジェラの言葉を吐き捨てるようにして誤魔化すオーリンを、アンジェラは煽る。
「それとも、大きい声を出して威圧すれば、女や子供の言う事なんて簡単に聞かせられますってかー? キャーコワーイ、ケイサツヨンダリベンゴシヨンダリシナキャー」
 アンジェラはおどけて相手を馬鹿にするますます頭に血が上るオーリンだが、具体的な反論はまだ語られない。
「で、私にも分かりやすい説明はまだですかー? 子供に言い聞かせるなら、子供だましじゃなくってきちんと分かる言葉でお願いしますよー。あー、そうだー、丁度大人が一人、ウィル君のお父さんがいることだし、ウィル君のお父さんにも分かる説明で頼むわねー」
 アンジェラは相手をあざけるようにしてまくしたてる。彼女なりに正論を用意してきたのだろう、オーリンさんも簡単には反論の言葉は浮かばない。
「家柄が……大事で何が悪い!?」
 とうとうオーリンさんは反論できなくなって、大声を張り上げる。
「おや、オーリンさん開き直り? 何が悪いって、分からないかなー……じゃあ、そのパルムさんが、家柄が良くて能力高いのに、三〇過ぎても嫁の貰い手がいないってのはどういう事かな? 顔が悪いの? デブなの? ギャンブルやアルコール中毒なの? それとも性格が悪いの? ゲイなの?
 何にせよ、お金だけでは覆せないくらいの欠点が、パルムさんには何か一つはあるってことでしょう? ゲイなだけなら無害かもしれないからいいけれど、そういう悪い特徴のある男と強制的に結婚させて、子供が不幸になると思わないの? それとも不幸になっても構わないの?
 それを、家柄さえ良ければ幸せになるとか、それはあんたの主観でしょ? あんたは、自分の妻が……私の母さんが幸せだったと胸を張って言えるの?」
「……言えるに決まってる!」
 少し、オーリンさんが応えるまでに間が開いた。きっと、本心ではオーリンさんもデボラの母親の幸せなんて考えていないのだろう。
「とにかく、デボラ。お前はパルムと結婚するんだ。ウィリアムとはもう二度と顔を合わせるな! あいつから貰ったポケモンも、ニャオニクスも処分しろ」
 部屋中に響き渡るような大声でオーリンさんは怒鳴る。アンジェラはいかにも不機嫌そうに舌打ちをして、さらなる反論をしようとするが、それをデボラが手で制す。
「もういいよ、アンジェラ」
 デボラがため息をついて言う。
「もういいってデボラ、あんたねぇ! ここで諦めてどうするのよ!?」
 そんな弱気な態度にアンジェラは憤る……が。
「誰が諦めるって言った? もう、アンジェラに私が言いたいことを代弁してもらうのはやめたいだけ」
 デボラのものとは思えないくらい低い声。アンジェラですら言葉が出ずに口をぽかんと開けてしまう声と共に、デボラは立ち上がる。これで、椅子に座っている父親の事を見下ろした。

Ring ( 2016/10/17(月) 23:34 )