9
メガシンカが収まると、白と桜色の混じる、丸くて柔らかそうな体がいかにも気持ち良さそうな見た目に変化したメガタブンネが、すでに技の準備に入っている。
「観客の奴らは伏せて目を閉じるんだな! ドラゴンタイプなんぞ蹴散らしてやれ、マジカルフラッシュ!」
そうはさせるかと毒づきを構えて相手の喉元を狙う。ダイフクという名前のメガタブンネは、体をよじってその爪を紙一重で避けて、後ろに下がりながらマジカルシャインを放った。ドワイトの警告通り、その激しい光の前では目なんて開けていられなかった。桃色の優しい色の光が、猛烈な殺意を伴ってブレイクに襲い掛かる。やや上向きに放たれていたため、観客に誤射されることはなったが、それにしたってブレイクの体に当たって反射した光を見るだけでも眩しいとは、すさまじい威力だ。
ブレイクは腕をかざして顔を守るも、その程度ではダメージを抑えることは難しい。
「ブレイク、続けるかどうかはお前が決めろ!」
ウィルがブレイクに命令を下す。彼はこのまま退くことを選ばずオノノクスの固い鱗を貫くような強烈な光を浴びてなお、歯を食いしばりながらも前に出ようとするブレイクだが、その体に戦う力は残されておらず、毒を帯びた爪でダイフクを引き裂いてやろうとするも、ダイフクはブレイクの懐に潜り込むと、振り下ろした爪の下を悠々と潜り抜けて頭突きを喰らわせる。
ブレイクもそれでついに膝を折り、ダイフクは手の平にマジカルシャインの光を構えたままブレイクを睨みつけている。勝負は決したようだ。
「流石メガシンカ……すごいな」
「へへ、親父から貰ってもう四年間育て続けた珠玉のポケモンよ! そこいらのポケモンに負けるような奴じゃねえ!! さぁ、あんたも次を出せ!」
「そうだな、じゃあこいつだ」
ウィル君が楽しそうに舌なめずりをして、次のポケモンを繰り出す。出てきたのは、ファイアロー。レベルは……六二レベルか。ブレイクよりも幾分か低いのか。
「本当はこの子よりもふさわしいポケモンがいるけれど、メガシンカしたポケモンと当たるのも経験だよね……この子疾風の翼だから、孵化の役に立たないし旅に連れてきちゃったんだ」
そう、子のファイアローというポケモンは育て屋の必携である炎の体を持つポケモン……なのだが、何の偶然か疾風の翼を持って生まれた為、育て屋には不要と判断されたファイアローだ。
「対戦的にはそっちの方がつえーんじゃねーの?」
ドワイトの言う通り、対戦ではむしろ炎の体よりもよっぽど強いのだけれど、育て屋的には不要なので、せっかくなので旅に連れて行って売りに出すつもりだだそうだ。
「まあね、超強いよ……さぁ、カーマイン、自然の恵み!」
「叫べ!!」
ウィル君の最初の命令は自然の恵み。カーマインはサンの実を持っており、それを飛行タイプの力に変えて敵に投げつける。疾風の翼をもつファイアローは、飛行タイプの技を使う際は恐ろしく速い。
目にもとまらぬ神速の投げに、さすがのメガシンカポケモンも太刀打ちできず、ダイフクの胸に当たって乾いた音と共に弾ける。数メートルほど弾き飛ばされてしまうも、ダイフクは空中で体勢を立て直して前傾姿勢のまま着地、地面を後ろに滑りながらも敵から目を離すことなく、体制が安定したところで大声で叫ぶ。
ハイパーボイスは言うまでもなく音速だ。ファイアローならば音を置き去りにすることは難しくないが、この距離ではそれも不可能だ。私たちは耳を塞いだが、耳を塞げないファイアローにはハイパーボイスは酷である。
「さぁ、瞑想だ!」
耳をつんざく轟音に耳から脳を揺さぶられ、平衡感覚すら歪められてカーマインは空中でバランスを崩す。
「聞こえるか!? アクロバットだ」
ハイパーボイスをまともに喰らってしまったのだ、聞こえるわけがないとは思うけれど……その間、ダイフクは悠々と深呼吸をする。そうして精神を落ち着け、次の一撃をより重くするのだ。眼前にはすでに体勢を立て直したカーマインの爪が迫っている。ダイフクは弾丸のような足爪で腕を抉らせるも、飛び散った血液をものともせずにニヤリと笑んでさらに叫ぶ。
音を置き去りにしようとカーマインは攻撃の後素早く退避しようとするが、音は逃がさなかった。空中でバランスを崩したカーマインはそのまま観光客へとぶつかり、後ろにいた数人を巻き込んで倒して地面に伏せった。観光客も悲鳴を上げちゃってるよ、大惨事じゃないか。
ダイフクはドシドシと足音を立ててカーマインの首根っこを掴み、地面に押さえつける。もう戦えるコンディションじゃないのは見ればわかるし、カーマインも抵抗する気概はなかった。
「よっしゃ、良くやったぞダイフク!」
ダイフクがカーマインを撃破したことで、ドワイトは大いに喜んでダイフクを褒める。
「ちぇ、カーマインも負けか……まあいい、まだまだこいつは強くなれるし、今回の負けを糧にしてもらおう。じゃあ、いよいよこいつで終わりにしよう、バスター!」
ウィルはカーマインをボールの中に収納して『ありがとう』とつぶやき、次のポケモンを出す。
しかし、さっきカーマインに体当たりされた人大丈夫かな? まぁ、リンドアイではこういうこともよくあることらしいし……一応、立ち上がってよろよろと歩いているから大丈夫かな……?
タブンネなんだからあとであの人達治してあげなよ、ダイフク……