4:合流して三人で
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「奢ってもらえるなんて、光栄であります!」
「いや、一応そういうルールだしね」
 しかし、まさか空手王がエスパータイプなんて持っているとは思わなかった。なんであんなポケモンを持っていたのやら。
「うぅ……地上がどんどんと離れていく。ここから落ちたら怪我する可能性があります」
「なあに、受け身を取れば例え上空一キロメートルから落ちようと大丈夫だって。きちんと空気抵抗に気遣って減速してー、そして足から膝、腰、銅、肘、肩って、順番に着地することを意識してみるだけでも随分と違うよ?」
「お嬢さんは飛び下りの訓練でもしているでありますか?」
「まぁ、その……ウチの職業大工さんでね。二階やら三階やらから落ちることもあるものでさ。もちろん、落ちないようにっていうことで、安全ベルトをしたり、滑らない靴を履かせたりとか工夫もあるし、ヘルメットの着用は義務付けられているよ。でも、最後に頼りになるのはこの体だからね。どうしてもって時のために、受け身の練習は父さんからされていて……これで、貿易センタービルのてっぺんから落ちようとも大丈夫って言われるくらいまでには練習したわ((ポケモン世界の人間だから出来る芸当です。良い子は真似しないでね))」
「それは、頼りになりますなぁ」
「でも、受け身って言っても、柔道の受け身とはまた違うからね。でも、貴方も空手王ならばどこかで高いところから飛び降りる必要もあるだろうし、どこかでやり方教えてもらえばいいんじゃないかな」
 どんな時に必要なのかはわからないけれど……。
「け、検討してみます……」
 そう言って、彼は小さくなる。その前に少しだけ外を見たので、その高さに怖気づいたというところか。
「見てください、夜景綺麗ですよ」
「き、綺麗……うむ、写真で見る分にはその夜景も平気なのだけれど」
「なら、実物を見てみましょう。落ちたりしませんよ。私が手を繋いであげます」
 言いながら強引に手を取ると、空手王は震える足で立ちあがる。歩き方、手の関節にはいる力、酷く怯えている様子はまるで小動物のようだ。私よりもはるかにでかい図体をしておきながら情けないけれど、それに向き合って克服しようとしているのだから、偉いというべきなのだろうか。
「すごい……キラキラして……でも、怖い」
「いいじゃないですか、美しいですよ」
 チラチラと、地上を直視で来ていないマキシムの顔を見ていると可笑しくなる。まだ頂上にも行っていないというのに、すでに恐怖心に支配されている顔や体を見ていると、不思議なことに私はは逆に冷静になってしまう。
「そういえば、私に出したポケモン……ソーナンスでしたね。あれは何故? 手っきり格闘タイプのポケモンを出してくるものとばかり」
 一生懸命目を背けたそうにしているマキシムの気を紛らわせるべく、私は話しかける。
「それは、その……私が師匠よろ教わったことの一つに、『殴るということは、殴られる覚悟をするという事だ!』と、教えられたことに起因します! いや、というかむしろ師匠が譲ってくれた最初のポケモンこそがあいつであります!意外に思われるかもしれませんが、師匠は『強くなりたいなら、殴る手段を身につけることよりも、殴られる経験を積むことが大事だ』と言っており、それに最も適していたポケモンこそがソーナンスであります!」
「へぇ、確かにカウンターやミラーコートしか使えないそのポケモンは殴られる練習にはもってこいだけれど……」
「殴った分だけ殴り返される、そんな悪夢のようなポケモンではありますが、だからこそ、良い鍛錬であります! 殴られることを恐れず、殴られても怯まず、そんな精神力をつけてから、ようやく正しい拳の使い方や防御の仕方を教えられて……ソーナンスは私の原点のポケモンであります!」
「だから、私とのバトルで出したのか……いや、空手家ともあろうものがエスパータイプだなんて珍しいって思っていたけれど、そういうこと」
「押忍! 殴られる痛みが骨身に染みたおかげで、師匠の拳を恐れずよく見て防御し、攻撃に転じられるようになったであります! まだまだ、師匠には到底勝てる気がしませんが、そのためにも武者修行を進めなければならないのですが……やはり、このまま下を見るのは辛いものであります」
 彼は立ち上がってはいるものの、その視線は完全に私の方を向いていて、観覧車から夜景を覗くようなことはしない。
「高いところがダメでも、師匠に勝てないなんてことはないんじゃないですか? 自分に自信を持ちましょうよ」
「うぅ……こんな年下に慰められるだなんて、情けないであります」
 結局、マキシムは最後までほとんど地面を見ることなく、私とのひと時を終えた。人間だれしも苦手なものがあるのは仕方がないけれど、確かにこれは治さないと幻滅する人がいるかも知れないわ。


Ring ( 2016/09/27(火) 23:34 )