4:合流して三人で
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「時々、もう一線超えてしまえばいいんじゃないかとか、思ったこともあるけれど……流石にそれはダメだよね」
 そう言って、デボラは力なく笑う。
「それ、俺もあるけれど……でもどちらかというと俺の場合はただの好奇心かもなぁ」
 女の子と一線を超えてしまいたいのは男の悲しい性である。デボラが言いたいであろう意味でも、一線を超えてしまえば楽になるかもしれないけれど。
「一線を超えるのは好奇心でやるべきことじゃないよ。あー……それでさ、なんというか、『一線を超えて、私はもう処女じゃありません。だから許嫁とは結婚できません』だなんてのはちょっと違う気がするんんだ。もちろん、いざとなったらそれも有りなのかもしれないけれど。
 私達も、父親が聞き分けが良いうちは正攻法で私達は結ばれるべきだと思う」
「要するに、どういうこと?」
「私は仕事を継げるようになる。ウィルは家の格を君の手で上げる。やっぱりコレが一番だよ、それだけやっても父さんが私達の結婚を認めないというのなら……」
「いうのなら?」
「婚約者の前で、私達の愛し合う光景を見せつけてやる?」
「悪趣味だね」
 デボラの突拍子もない提案に、俺は苦笑する。
「ウチの育て屋……島の住人からしか注文受けないからね。ある意味それが普通なのかもしれないけれど、もっと島の外からも受注を受けるようじゃなきゃダメなのかなぁ」
「だったら、ポケモンリーグとかでいい成績を残してみるとか。ウィル君のポケモン強いし、バッジ八つは余裕でしょ?」
「まあね。ヒホウさんと本気でバトルしても四回に一回くらいは勝てるし……ただ、それだけじゃリーグ本戦で勝ち抜くのも余裕というわけにはいかないだろうね。俺程度の奴はゴロゴロいるだろうから」
「何にせよ、私達の関係がまだ切れていないことを親に打ち明けるのは、この旅が終わってからだね……それまでは、つかの間のこの時間を大事にしよう」
「だね。しかし、観光しているふうに偽装するのも疲れそうだな……まったく、疲れるよ」
 俺は苦笑しながら、デボラの腕を抱き寄せる。
「でも、どんなに疲れても、この笑顔がその先にあるのなら……頑張れるよ」
「……何それ、きざったらしい」
 馬鹿にしたようにデボラが微笑む。その顔が溜まらなく愛おしくって、俺はついつい彼女の事を強く抱きしめる。苦しかったかもしれない、けれど、今だけは我慢して欲しかった。

 俺は親と連絡をとる際は、離れた街までわざわざ空を飛んでいき、そのポケモンセンターで話をした。必然的に夜にデボラと一緒にいられる時間は少なくなってしまうが、この旅を邪魔されたくはなかった。親との連絡は三日に一回で、親に言い訳するための申し訳程度の観光も、その時に一緒に済ませてしまえばいいのである。
 クリスマスの時もデボラと一緒に過ごせて、久しぶりの幸せの絶頂であった。

 そうこうしているうちに、俺達はサウスリテンの首都であるリンドシティにたどり着く。海沿いのこの街にはカロス地方まで伸びる海峡鉄道や、大きな港があり、この国の物流や人の流れの一大拠点となっている。当然観光地もたくさんあり、ライトアップされればその圧倒的な巨大さと美しさに言葉を失うタワーブリッジ。テミズ河を挟んだ向こう側から眺めれば、神々しさすら覚えるような時計塔のある国会議事堂。近くにそびえる世界最大の観覧車、リンドアイ。室内だというのに開放感を感じるほど広々とした国際鉄道駅。この街には水タイプのジムもあり、空港からこの街に降り立ったトレーナーはまずここで最初のバッジを得るのだとか。どれをとっても申し分ない観光地であり、デートスポットだ。
 そして何より、この街にはジョセフさんが交通事故に遭って死んだ場所がある。俺がそこに訪れるのは初めてだったが、どうにも加害者の家族が花を添えてくれるらしく、一年以上たった今でも割と新しい花がそこに添えられている。俺はそこに加える形で故郷に生えたグラシデアの花を添えて、デボラと共にジョセフさんの冥福を祈った。



Ring ( 2016/09/23(金) 23:43 )