3:アンジェラとの二人旅、後編
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「はーあ……なんだか今日は大して活動していないのに疲れちゃったな……」
 昼から夕方にかけて街を散策し、時折ポケモンバトルをしたくらいだというのに、疲れた気分になったのは恐らくポケモンセンターであのリッシュとか言う女に絡まれたからだろう。
 『夢は悪夢と変わって、そのうち現実となる』だなんて、そんな重い話をされれば誰だってテンションが下がるのは当たり前だ。さらにその上、ドワイトに打ちのめされて涙目になりながら黙って消えていく姿を見ると、こちらまで気が重くなってくる。
「私は、ウィル君と結婚するのが夢……なのは今も変わらないけれど。でも、もしもそれが叶わなかったら、どうなるのかな」
 アンジェラもいるホテルの一角で、私は独り言のように不安なことをつぶやいた。
「前、デボラ自身で言っていたじゃん。ウドさんと話した時だっけ? 夫を教育すればいいんだって。なんかそんな感じの事、言ってたじゃん? ウィル君がダメで、どうしてもパルムと結婚しなきゃいけなくなった時は、そうするべきだよ。強いポケモン連れて、夫の横暴に対しては毅然と反撃。言葉には言葉で、暴力には武器を持った暴力で。それでもダメならポケモンを持って対抗してやればいい。
 デボラさ、夢に破れた者は幸せになる権利がないわけじゃないんだよ? 清く正しく生きていれば、誰だって幸せになる権利はあるんだから、もし夢がかなわなかった時だって、自分の思うような幸せを目指せばいいじゃん」
「そっか……そうだよね、アンジェラ」
「だから、もし婚約者と結婚することになっても、ウィル君と浮気だとか、そういう方法で疑似的に夢を追うとかよりも、真正面から現実に向き合ってみたら? 今だってそうしてるんだから、出来ないわけじゃないでしょ?『日本人は白人が相手なら簡単に股を開くよHAHAHA!』なんてなことを得意顔で言うような奴には『そうですか、私はちゃんとお金を稼いで、私を気遣ってくれる人じゃないと股を開きませんよ』とニッコリしながら言って、綺麗な家と温かい料理だけは常に出してやれば?
 態度を改めない限り、絶対に貞操は明け渡しちゃだめだからね」
「あはは……ちょっと過激だね」
「女は道具じゃないんだから。夫に対して強気でもでいいんだって。デボラはこの旅でかなり逞しくなったと思うし、だからきっと大丈夫だって私は思ってる。それにほら、ウィル君もようやく旅に出たわけだし、もうすぐ合流できるんだから、頑張ろうよ」
「……うん」
 不安は未だに絶えることはない。けれど、不安があってもそれは怠ける理由になんかなりはしないのだ。

 
 ともかく、私達はウィル君を待つことはしなかった。彼がバッジを入手して追いつくのを心待ちにしながら、南南東にあるピーク・ディスキア自然公園を突っ切って行く。この自然公園には毒タイプを併せ持つ草タイプのポケモンと、それを狙うエスパータイプのポケモンが住んでいる。エスパータイプのポケモンは賢いポケモンも多く、毒を持つポケモンも全身に毒があるわけではないので、可食部を齧られて解放されるケースは少なくない。そのため、ボロボロの葉っぱを持つ草ポケモンも多く見られるのがこの場所の特徴だ。
 ちなみに、同じ毒タイプのポケモンとしてニドラン系統の雌雄がどちらも出現する。こっちは他のポケモンが食べられないような部分まで食べるし、ポケモンの意の血など知ったこっちゃないという感じで、純粋な捕食活動となってしまう。
 中にはその狩りの様子を生で見たいとこの場に来るような観光客もあり、動画サイトのPikatubeなどではその光景がアップされていたりもする。ニドクインが狩り取った獲物を夫婦でバリバリとむさぼる様は、野生のポケモンを舐めている人間達を震え上がらせるには十分な迫力だ。
 場合によってはこのニドキングやニドクイン、牧場に住んでいるゴーゴートやモココまで捕食しようとするため、この辺の番犬やゴーゴートは地震や地ならしを覚えていることも多く、シャワーズなどを番犬として使うこともある。また番犬ではなく番鳥を使うことも多く、この地域ではエアームドやシンボラーがニド対策として人気なのだとか。こういうのを育てるのも育て屋の仕事で、ウィルと似たような育て屋はこの地域にも二件あるのだ。
 人里離れた中心部には、綺麗な水と岩が突き出た地が広がっている、土が少ないために草が生えず苔生した岩があるが、ここではイーブイがリーフィアに進化出来る程の自然はないらしい。むしろ、ここは磁性の関係で特殊な進化条件が必要なポケモンがジバコイルやダイノーズなどに進化出来る場所らしい。
 岩と鋼のポケモンが住むその付近では、格闘タイプのポケモンも猛威を振るっており、野生のルカリオがここで捕獲出来るとか。そのおかげなのだろう、ジェネラルもそこかしこで同族の波導をキャッチしているようで後頭部の房を上下させては、しきりに周囲を見回していた。
 その過程で見つけたハガネールの巨大な抜け殻と記念写真を撮ったり、崖のような斜面を逞しく転がり歩むドンファンを圧倒されながら見守った。
「どうする? ゲットしたいポケモンはいる?」
 私達はライブキャスターを起動しながらそんなことを話して、私達はひたすら練り歩く。だだっ広い草原の景観は雄大だけれど流石に飽きてきているので、私達も会話は少なくなってしまう。なによりも、今の私の心はウィル君の事でいっぱいだった。いつになったら会えるのか、いつになったら追いついてくれるのか?
 それだけをひたすら考えながら、私達の旅は続いていく。

Ring ( 2016/09/19(月) 21:49 )