3:アンジェラとの二人旅、後編
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 ドワイトに言いたいだけ言わせて、しかし何の反論も出来なったリッシュは肩を小刻みに振るわせていつ。
「私が弱くて何か悪い!?」
 論理的な反論は出来ないので、感情論でしか返せない。弱いことは認めてしまっているあたり、現実は一応見えているようである。
「いや、悪くはないけれど? でも、ポケモンの栄養状態が悪いのはちょっと問題だなぁ」
「じゃあなんでそんなひどいことを言うの!?」
「『貴方に何が分かるのよ』って言ったからじゃね?」
「そんなこと聞きたくなかった!」
「いや、聞きたくないなら念を押した時に『聞きたくない』って言えば良かったじゃねーか」
「あんたに私の事なんてわかるわけがない!」
「いや、間違っているところがあるんなら訂正してもいいけれど……」
 リッシュがドワイトにひたすら反論しているが、ドワイトは困惑しながらも正論しか言っていない。正論を言えば常に正しいわけではないけれど、今回ばかりはドワイトみたいにずけずけ言ってくれる方が、今後絡まれることもなさそうで、ありがたいかもしれない。
「ま、いいや。お前さんが俺より弱いことは確かなんだし、それでも頑張るって言うんなら止めはしないよ。あー、まぁ、ただ……あれだ。賞金は別になくていいって言ったけれど、やっぱりとっておいたほうがいいかな?
 俺、お前の見た目をみて、見た目で『お金がない』って判断しちゃったからな。だけれど、実際は俺、お前の事なにも分からないし、本当は経済的に余裕があったりするかもしれないから……そうなると、お前さんの財布事情を気遣って『賞金は要らない』なんて言ったら失礼だろ?」
 ドワイトは話が通じないリッシュに苛立ったのか、彼女のプライドを試す一言を放つ。彼女に経済的に余裕がない事は明白だが、かと言って『賞金はやっぱり無しで』なんて言おうものならプライドが傷ついてしまう。どうも子のリッシュという女性、プライドだけは高そうだから、そんなことは言えないだろう。
「バッジはいくつなんだろ? 六つか五つくらいの強さだったから、相場は四〇〇〇ってところか。持ってる? あぁ、経済的に厳しいのなら、別に要らないよ?」
 挑発するようにドワイトが言い放つと、リッシュは歯ぎしりをしながら眼を逸らし、財布の中からなけなしのお金を突きだして、黙って立ち去った。
「……結局逃げてやんの。本当は金に余裕がないくせに、馬鹿な奴だ。頭を下げてでもお金は守るべきだろうに」
 ドワイトは鼻で笑う。
「プライドばっかり高いくせに、大した反論も出来ないってことは大した努力もしてこなかったんだろ……ってか、なんだ」
 ドワイトはそこまで言って私達の方に振り返る。
「お前らあんな面倒そうな奴を俺に押し付けるなよ!? お前らが最初に絡まれていたんだからお前らが対処しろよな!? こっちゃ迷惑千万だぜ!」
「あー、ごめん。なんというかその、ドワイトも面倒な性格だから、面倒な奴ら同士気が合うかなって」
 アンジェラは目を背けつついう。
「俺そういう役割かよ……ってか、面倒同士だからって気が合うわけじゃねーっての」
 ドワイトは面倒な奴とはっきり言われ、ため息をついていた。しかし、ドワイト……あんた自分が面倒なのは、認めているのね。


 数分後、私達はポケモンセンターの売店で買い物に付き合わされていた。
「全くよぉ……本当に、今だけはプラズマ団になりたい気分だぜ」
 そんな愚痴を漏らしながら、ドワイトは先程の賞金でポケモン達の餌を買っている。特に栄養状態がひどかったエンブオーとクレッフィのものを選んでそれを運ばせる役が私達というわけだ。ポケモン達に持たせればいいのに、なぜ私たちなのか。
「っていうか、何で私達が手伝わなきゃいけないの?」
「そりゃあれだよ、アンジェラ。お前ら俺に面倒だけ押し付けるなよ」
 その疑問をアンジェラが問うと、帰ってきた答えは以上のものである。確かに、無駄に巻き込んじゃったわけだし、仕方ないね。
「そういえば、さっきドワイトは『親から逃げるためにトレーナーになって旅に出る奴もいる』って言っていたけれど……そんな人いるんだ……私達見たことないけれど」
 私は先程の話の中で、気になったことを訪ねてみる。ドワイトはすこしばかり嫌そうな顔をした。
「いるんだよなぁ、それが。俺の家は育て屋だから、孵化余りを貰って旅に出ようとする奴がいるの。うちでは一匹だけ産めば良かったポケモンに双子が生まれちまって、その片割れとか、そういうのの里親を募集していることがあってな。基本的に無料で引き取ってもらうことになっているんだけれど、大抵はゼニガメを貰って行くのがまた少し悲しくって……」
「なんでゼニガメ?」
「いや、ウチの地方のチャンピオン……クシアさんはポケモン博士でもあるだろ? それで、ヒトカゲ、フシギダネ、ゼニガメを新人トレーナーに譲ることにしているんだけれど……
 チャンピオンは晴れ状態を主体に戦う晴れパだろ? 彼のレギュラーメンバーのリザードンはYにメガシンカするか、サンパワーで戦う特殊主体の子とXで戦う物理主体の二匹。そしてフシギバナは葉緑素の特性を持った子……つまり」
「チャンピオンに憧れた子供達はゼニガメに見向きもしない、と……」
 ドワイトの言わんとしていることが分かって、私は苦笑した。
「そういう事。俺がカメックスを連れているのもそれが原因なんだ……大抵余るんだよね、ゼニガメ。持ち主が決まらないままかメールに進化しちゃいそうだから、俺が引き取ったんだ」
 なんと、カメックスにそんな逸話があったとは……いつの日も子供は残酷である。
「ともかく、話を戻すと、そうやって余り物のポケモンを無料で貰いにくる子は、経済状況があまり良くないから服とかがボロボロだったりすることもよくあるというわけね? 見慣れているわけだ」
「あぁ、そういう事。それで、そういう奴らは勉強もまともに出来ていない奴が多いから、大抵の奴は旅もあまりうまくいかないけれど……でも、旅の途中に立ち寄った場所で住み込みの仕事とかを見つけて、そのままそこに居ついちゃう奴もいるんだ。
 たまに、そういう奴らから手紙が来るんだよ……『あの時はゼニガメをありがとう』って。まったく、さっきの奴もそれくらいかわいげがある奴だったらよかったのになぁ……」
 愚痴を漏らしながら、ドワイトは買い物を続けた。

 リッシュのポケモンに対応した食料の買い物を終えて、ドワイトはタブンネのダイフクを繰り出し、耳で存在を感知させるが、中々見つからない。そこで、私がシャドウを繰り出し、余ったお札に付いた臭いをたどらせてみると、タブンネも彼女の心音なのか呼吸音なのかを見つけたようで、前に出て案内をしてくれた。
 彼女はこれまたボロボロになったテントの中で眠るつもりのようだ。
「おい、さっきの。リッシュとか言ったな、開けろ」
 ドワイトがそう言って、ノックもせずに開ける。彼女はテントの寒そうに縮こまって不貞腐れている。
「何の用よ?」
「ポケモン用の飯だ。お前の飯は知らん、お家に帰るか雑草でも食ってろ」
 そう言って、ドワイトはリッシュのテントの中に餌を投げ込み、私達にも投げ込むように顎をしゃくりあげて命令する。私も無言で餌を投げ込む。その際、どんな顔をすればいいのか分からず無表情になってしまったが、それが彼女にはどう映ったのだろうか。
「用はそれだけ?」
「……今だけはプラズマ団になりたいぜ」
 最後に、ドワイトはリッシュにそう吐き捨てて、テントを去っていった。
「あいつ……エンブオーやファイアローを抱けば温かいだろうに。それすら出来なくなるほど、ポケモンとの仲が拗れてるのかよ……」
 そういえば、この寒いリテン地方では、野宿する際は厚着をしなければ、風邪どころでは済まない。なのに、せっかくの炎タイプのポケモンで暖をとることもしないというのは、それを頼むことすらできないほど信頼関係がないという事か……? なるほど、ジムリーダーが彼女の絆という言葉を罵倒するわけだ。
あんな奴にポケモンを手にして欲しくねーな」
 いつもあっけらかんとしているドワイトが、こんなにも人を軽蔑した表情も出来るだなんて思っても見なかった。
「全く気分が悪い……ちょっと、他のポケモンも軽く暴れさせてくる」と言いながら私達を置いてどこかへ行ってしまった。


Ring ( 2016/09/17(土) 23:22 )