3:アンジェラとの二人旅、後編
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「あの子な、もう一年近くウチの挑戦し続けているんだ……」
「えぇ? そんなに足止め喰らってるんですか?」
 私は驚き思わず声を上げる。
「あぁ……そういう事だよ。いやな、私達スタッフも、君達に対して『おーっす、未来のチャンピオン!』とか夢のあることを言っているが、あの子はダメだよ、才能がない」
 スタッフはきっぱりと言う。ふとジムリーダーの方を見ていれば、あからさまに不機嫌そうな口調で挑戦者を説教している。
「大体、君はもう少しパーティーの編成を考えたほうがいいんじゃないのか? ムーランド、エンブオー、ファイアロー、クレッフィ、ギガイアス、デンリュウ……うちのジムには割かし有利だが、水タイプと地面タイプへの対抗手段が少なすぎる。ムーランドの天候を活かせるポケモンが揃っているのはいい事だが、それも弱点がかぶり気味だし……そのくせ、役割分担が上手くいってない」
「私はポケモンとの絆が――」
「絆だと? 下らんな。君は、絆を言い訳にして、ポケモンを育て直す面倒くささから眼を逸らしているだけだろう? 今のポケモンを手放す際の里親探しの面倒くささから眼を逸らしているだけだろう? 違うかい?」
 なんとまぁ、絆を下らないなどというなんて。普通ならばジムリーダー失格の言葉だが……
「あー、酷い言いようだけれど、普段はヘチマさんあんなこと言いませんからね? 蜂のように美しく、統率の取れたバトルを目指すあの人は、むしろ絆を重んじる方ですから……その、あの挑戦者に才能があまりになさすぎるから、もう諦めさせてあげたいんだって」
「えー、でもあそこまで言うことないんじゃ……」
「でも、事実だもの。証拠に……というわけじゃないけれど、あの子はポケモンに全然信頼されていない。負けたらポケモンのせい、勝てたら自分のおかげ……って言っても勝ててないけれど。そんな典型的な感じでね。ポケモン達は、負けてもとりあえず飯だけはもらえるから従っているって感じ。もはや、絆がどうだこうだと言って新しいポケモンを育て直すのを躊躇する段階じゃない。
 はっきり言って今のポケモンはもうだめだね。あの子への不信感しかないし、一度ついた負け癖、怠け癖はそう簡単には取れないよ。繰り返し言うがヘチマさんは絆が嫌いなわけじゃない。彼女に絆がないのに、絆とか軽々しく口にしているのが嫌いなだけで……」
「なるほど……」
 私は納得しつつリッシュとジムリーダーを見る。ジムリーダーは色々とアドバイスをしているというのに、その視線の方向は下を向いている。彼女の後頭部しか見えないので、その黒目がどこを向いているかまでは分からないが、恐らく彼の目を見てはいないだろう。
「それにさ、彼女本当は親から旅の援助を打ち切られているんだ……なのに、援助交際してまで旅に縋りつこうとしているんだ。前に、ヘチマさんと飲みに行ったときに、偶然援助交際をしているところを見つけちゃってね。親子ほどにも年の離れた男性の腕を抱いたりなんかして、娼婦みたいなもんだったよ。そりゃもう気まずかったさ」
「娼婦、というと……文字通り、なの?」
「ま、文字通りかな」
 スタッフは言葉を濁した。娼婦のような、というのはいわゆる援助交際だろう。この旅を続けている間に、日本人男性と話をしようとしたら、ごく一部私の事をそういう人だと勘違いしてきた男性がいて、お金と引き換えに性行為を求められたりもしたもんだ。つまり、あのリッシュという人は、それを承諾してしまうということで……。
「なぁ、お嬢さんたち。君達には夢はあるかい?」
「あります、けれど……」
「私は……特にないかなぁ。何だか、やりたいこととか漠然としてて、お父さんたちの仕事をバリバリ手伝いたいってのはあるんだけれど……あぁ、でも。旅の途中に、お城や宮殿の中にある素敵な家具をいくつも見たからね。そういうのを作りたいとは思ってる」
 私は即答し、アンジェラは言葉に詰まりながらもそう言った。次に言われることは何となくわかっている。
「その夢、目指すのはいいけれど、執着しちゃだめだからね。特にあんな風には絶対にならないでよ……僕たちジムっていうのは、夢を目指す若者を応援したいけれど、諦めなく」ちゃいけないような人も何人も見てきたからさ……追っても追っても追いつけない夢を諦めないと、夢は悪夢に変わって、そのうち現実となるからさ」
 今までのジムではスタッフもジムリーダーも陽気な人達ばかりだったけれど、今日はなんだか重い話題である。
「でも、現実に追いつかれるくらいならばまだいいよ。ああいう子、ポケモントレーナーは旅をしていても怪しまれないからって麻薬の運び屋として最適だから、お金欲しさにそういうのに手を出したり、『こんなことになったのは社会が悪いんだ!』とか逆恨みして反社会的な組織……極東の国のロケット団みたいな団体に入ったりする可能性すらある。
 でも、今別の道を探せば、彼女も間に合うかもしれないんだ。だからもう、ヘチマさんとしてはあの子に旅を止めてもらいたいんだよ。そろそろヘチマさんもジムの挑戦を断ろうかとか言い始めている。挑戦者が犯罪者だとか、そういう理由があればジムリーダーは挑戦を断ることは出来るからね……売春をしていた証拠はばっちりだから、それで断ろうかって、最近愚痴をこぼしてるよ」
 憐れみの感情しか見えないようなスタッフの顔を見て、私が漠然とした不安が胸のうちに広がるのを感じる。もしも、私がウィルとではなくパルムと結婚したら……そう思うと、どんよりとした暗いものが目の前に広がっているような。ジムリーダーに挑む前にこの嫌な気分を払拭せねば……レベルは恐らく私のポケモンの方が上だけれど、飲み込まれてしまいそうだ。

Ring ( 2016/09/11(日) 23:51 )