3:アンジェラとの二人旅、後編
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 翌日、チェストジムに行くと、ほのかに蜂蜜の匂いの漂う六角形のジムが姿をあらわした。確か、このジムの特徴はジムリーダーのヘチマがパティシエをやっており、来客にそれを出すのが趣味だという。パティシエの腕としては一流とは呼べないものの、手ごろな値段で中々の満足度が得られると、街では評判である。
 そんなジムで、甘ったるい匂いを嗅ぎながら受付を済ませて待合室で待っていると……どうにもみすぼらしい格好の女性トレーナーがベンチに座って項垂れている。
「おはようございます。お姉さんもジムに挑戦ですか?」
 何となく気まずいので私は話しかけてみたのだが、無反応である。
「えっとバッジは……いくつですか? 今私達は三つ集めていまして……故郷の島にバッジがあったから、それを手にして旅に出て、今ちょうど三ヶ月くらいなんですよ……」
 と、私は続けて自己紹介をするも、女性は黙ったまま答えてくれなかった。
「六つ……」
「あ、六つなんですかぁ。あともう少しで八つ揃いますね。それでお姉さんは旅を始めてどれくらいなんですか?」
 と、聞いてみながら彼女の身につけているものを見る。どう見ても、世界中探しても見つからないような、最高にボロボロの服や靴、リュックサック。それらはとてもじゃないが一年や二年の年期ではない。リュックサックは自分で縫っているのだろうか、糸の種類もそろえられていないせいもあるのだろう、オレンジ色のバッグなのに、白い糸で縫われているからやたらと縫い目が目立っている。
「試合前なんだから集中したいんだけれど」
 私が話しかけても無視する理由はそう言う事なんだと言わんばかりに、不機嫌そうな声で女性は言う。
「あ、あぁ……そうですか、すみません」
 なんだか、さらに気まずくなってしまうではないか。

 仕方がないので、私はアンジェラと世間話をして時間を潰していると、奥の方からトレーを持って男が現れる。
「ハイ、ようこそ未来のチャンピオン。ジムバトルへの挑戦、緊張していないかい? 緊張した時は甘いものが欲しくなるよね、どうぞ召し上がれ」
 トレーの上には二人分の紙皿とプラスティックのフォーク。そして、数種類のケーキに紅茶類。
「お嬢さん方にはこちら、ウチのジムリーダーが作ったスイーツを召し上がれ。お勧めはハチミツとバターをふんだんに使ったスフレチーズケーキのラムの実、べリブの実を添えたものが……正直な前長いから覚えていられないんだよね。まぁ、見た目とか、直感で選んじゃってよ。一人一つだからね」
「あ、どうもありがとうございます……ですけれど、二人分しかお皿がありませんが……」
 そう、ケーキは十分な量があるがこの場には少なくとも三人いる。まさか私とアンジェラが一つの皿で食べろというわけではあるまいし。
「あぁ、彼女はいいの。気にせず好きなのを選んじゃってよ。これはサービスで出しているものだから、無くても問題ないし」
 いいのだろうか? なんだか、彼女が見すぼらしいがために差別されているみたいだちょっと哀れな気分になる。
「じゃ、私はお勧めのこれで……」
「私はガトーショコラで」
 彼の言い方が少し気になったが、私はお勧めのチーズケーキ。そしてアンジェラはココアをふんだんに使ったガトーショコラを頼み、紙皿によそってもらう。
「よし来た。お友達同士なら、分けて食べるのもありだよ。それじゃ、ジム戦までもう少し待っていてくださいね。今はバッジ七つ目用のメンバーの調子を見ている最中だから、それが終わったらえーと……バッジ四つ用のメンバーの調子を見てバトルだから、あと30分くらいかかっちゃいそうだけれど……適当にウォーミングアップでもしながら待っていてください。
 あ、紅茶は飲み放題だから、おかわりが欲しかったらいくらでも言ってくださいね」
「はーい」
 『彼女はいいの』と言った職員の発言が少し気になるところはあったが、ともかく今はこのケーキを味わおう。半分ことは行かないが、少しだけアンジェラの物も食べてみたいので、少し食べたら譲ってもらうように呼びかけよう。
「で、リッシュさん。貴方は後5分もすればバトル開始ですからね。ウォーミングアップしなくって大丈夫?」
 今度は発言が気になるどころの話ではない。私達にはお嬢さんと呼ぶのに、こっちのみすぼらしい女性は、リッシュという名前で呼ぶ。しかも態度が明らかに違う。……見た目は確かに見すぼらしいけれど、きっとそれだけじゃない。名前を覚えられるほど通い詰めているというのもあるのだろうけれど、それ以上の何かがこの人にはあるのだろう。

Ring ( 2016/09/07(水) 23:58 )