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次に出されたのはサラダ。サニーレタスやルッコラなどのみずみずしく新鮮な葉物野菜と共に、舌が焼けるように辛いマトマの実と、甘味と酸味のバランスがいいトマトにバッフロンの乳から作られたチーズ、スモークされたカモネギの肉を添え、タマネギを擦り下ろし酢やオリーブオイルと合えたドレッシングで味付けしたもの。ドレッシングは色鮮やかな野菜や、カモネギの肉との相性も抜群で、野菜があまり好きではないアンジェラもナイフとフォークを動かす手が止らないようだ。
あっという間にぺろりと平らげてしまったあたり、相当美味しかったのだろう、アンジェラもドワイトも満足そうに食べている。しかし、このカモネギ、噛めば噛むほど味が出る肉の品質がいいことはもちろんだけれど、それよりも燻製にする際のチップがまた格別だ。香りのよい木を使っているのだろう、この香りだけで何も塗っていないパンを食べられそうなほど心地よい。
さて、サラダを食べ終わったあたりでラルの食事が登場した。私はお嬢様なんて言われているけれど、畑がそこらじゅうにある故郷の村では、畑仕事なんかを手伝ったりしたこともあるのでミミズは見慣れた存在だ。流石に口に入れるのははばかられるけれど、ミミズならば素手で触れるのもすっかり平気にになってしまった。
それが料理された姿となると、なんというか何かのパスタのようだが……深く考えなければ美味しく食べられるかも知れない。ビードルの方は大きめに輪切りにされており、香ばしいホワイトソースが食欲をそそる。バターの香りが心地よく、こちらも深く気にしなければ確かに美味しいのかもしれない。ちょっと人間用のも食べてみたくなってしまうのが罪深い。虫料理にもいつか挑戦してみるべきなのだろうか?
ラルの食事を見終わると、終わると次はスープだ。出てきたのはジャガイモのポタージュスープで、ゴーゴートのバターの癖のある香りが、上手いことジャガイモの香りやスープや一緒に煮込まれたローレルの香りと溶けあっている。炒められたタマネギと小さくダイスカットされたニンジンも甘くて口当たりがよく、味が良く染み込んで歯がなくても食べられそうなほど柔らかい。こちらも絶品だ。浮かんでいるクルトンとパセリも口に含めばなんとも幸せな気分じゃないか。しかしこのスープ、全体的に非常に甘い……だがこの甘味、砂糖は一切使わずタマネギなどの野菜のうまみ、甘味だけで出された味だろう。きちんと素材の味が活かされていて、レベルが高い。
ドワイトもアンジェラも最低限のマナーは心得ており、スプーンを使って手前から奥に、掬うようにしてスープを取って口に含んで美味しそうに食べている。
付け合わせのガーリックトーストパンにもよく合い、私達は静かに完食した。
そうして、パンを含む四品を食べ終えたところで次のバトルが始まる。
次の相手はヒートロトム。オーブンに憑依したロトムであり食品を温めることを通り越してオーバーヒートすら繰り出してくるデンジャーな家電である。『色々ち密な計算の下に魚料理を温めてくれる料理スタッフで、蒸す、焼くという処理に関しては右に出る者がいない』らしい。もちろんに衛生的にも問題はクリアしているそうである。これに挑むのがアブソルのシャドウである。
ドワイトはレストランに入る前に、シャドウやラルに軽く指示を出して動作の確認をしていたが、そのたびに彼は感心したような顔でメモを取っていた。シャドウ達に何を感じていたのかはわからないが、シャドウにはドワイトをひきつける何かがあるのだろう。
オーバーヒートは連発できるものではないため、火傷による攻撃力の低下を心配する必要はないだろう。
「オーブン、敵は強いぞ! 近寄らせるな!」
オーブンだなんてそのまんま過ぎる名前を付けられたヒートロトム。ふわふわと浮かびながらシャドウを睨みつけているが、シャドウは落ち着き払って四足で立っている。鋭い眼光は正確に相手の急所を狙うべくピントレンズを装着されて、サイコカッターと辻斬りという遠近両用の攻撃で攻め立てるのだ。
「オーブン、十万ボルト!」
「かわして掻きまわしながら接近しろ!」
鋭い電気がシャドウを襲う。その程度のけん制攻撃は訳なく捌くシャドウだが、相手もサイコカッターに素直に当たってくれるわけではない。空中で錐もみ回転をしながらひらりとそれを交わすと、振り向きざまに十万ボルトを放つ。
二回目のそれをやり過ごしてから、シャドウは指示通りに距離を詰め、走りながらサイコカッターを放つ、必死で走っていたせいもあってか狙いはぶれ、ロトムという小さい的には避けることなく当たる方向へ飛んでいく。体を少し強張らせながらも静止しつつそれをやり過ごしたオーブンは、シャドウが走って行くその先に向かって十万ボルトを放つ。
「相手は壁沿いにいるんだ! ならば壁を利用してやれ!」
しかして、シャドウは跳躍してそれを避け、レストランの客と自分達を区切る硬質のバトルガラスを蹴り飛ばして空中からオーブンに切りかかる。命を刈り取る黒いカマを叩きつけるように振り抜かれ、思いがけない動きに対応しきれないオーブンは、大袈裟に避けながら反撃の十万ボルトを見舞う。
着地のタイミングに僅かに遅れて放たれた十万ボルトは、シャドウが放つサイコカッターと交差して、お互いがすり抜けてお互いの敵を狙う。しかし、シャドウはすでにその十万ボルトから離脱。尻尾に電撃が見舞われはしたが大したことはなく、オーブンはまともに急所に当たり、吹き飛ばされてガラスに当たる。
この瞬間、アクリルガラスに当たってしまったために一瞬だがどちらが天地かを見失ってしまったのが勝負を決めた。気付いたころにはもう、二発目のサイコカッターが目の前に迫っている。
何とかそれを避けたオーブンだが、勢い余って体勢が崩れた結果、シャドウが下から頭を突き上げて鎌状の角で体を穿つ。大きな音を立てて吹き飛んだロトムを、シャドウは着地して待ち構え、まるでボール投げの遊びのように、オーブンを見事に空中でキャッチする。シャドウはオーブンを咥えたまま地面に叩きつけ、両前足で組み伏せると、相手の口元に角を押し当てる。
ダメージを貰いはしたが、まだまだ元気なシャドウを見る限り、圧勝と言って差支えなかろう。
今回もシャドウがドワイトに掛け寄ろうとしていたのだが、ドワイトは慌てて『待て』を命じて、シャドウはいまにも飛び付きたそうに尻尾をぶんぶんさせ、前足もリズムを刻んでいる。きちんと躾の成果が現れたのは嬉しいことだが、アブソルに触れられないドワイトはやはりどこかかわいそうだ。
やり方が間違っていたのは間違いないとはいえ、母親がアレルギーを治そうと宗教に走る気持ちも分からなくもない。代わりに私が掛け寄ってシャドウの事を撫でてあげると、彼女は嬉々として私に甘えて顔を舐める。あぁもう、本当に舐めるの好きなんだな、シャドウは……ウィル君が変な調教するからだよ。
「ラルと、シャドウだっけか……二匹とも、初めて指示を出してみたがとんでもねえな。すごい奴だよ、お前は」
戦いを終えたドワイトは、シャドウとラルをそう評す。褒められたのが分かって、シャドウは嬉しそうにクォゥと鳴く。
「そうなの? 二人とも強いっちゃ強いけれど、ドワイトのタブンネの方が強くない?」
「レベルの問題じゃない。俺の指示にきちんと従えるっていうのが信じられないんだ。いや、俺の育て屋も、育てたポケモンを依頼人に渡すわけだけれど、依頼人との調整に数日かかることが多いんだ。
依頼人が素人だったりすると長いし、逆にそれなりに経験があれば調整も楽な場合もある……世の中、指示は得意でも育成は不慣れな奴っているからな。育成下手でも指示が得意って奴ならその日のうちにポケモンと信頼関係を築くこともあるが、それには育てる奴の技量も絡む」
「つまり、ウィル君が育てたポケモンはどんなトレーナーにも適応しやすいってこと?」
「あぁ、かなりのもんだ。俺自身育て屋やってて、ポケモンの扱いはなれているつもりだけれど……でも、さすがにこの短期間で、この二匹……俺の指示に上手く合わせて来やがった。ありえないぜ普通。悔しいけれど、よっぽど優れたトレーナーなんだな、こいつの主は」
ドワイトは不満そうにウィル君を褒める。何だかうざったいドワイトだけれど、腕は確かなんだ。だからこそ、自分と同じかそれ以上の才能を持っているかもしれないウィル君には何か思うところがあるのだろう。
「ウチの育て屋に来たら、即主力だよ……と言っても数日は雑用と見習いだろうけれど」
ドワイトはそう言って不満そうにため息をつく、それだけ、ウィル君を評価しているということなのだろうけれど、不満そうなのは負けず嫌いだからだろうか。