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第一戦目を終えて運ばれてくる料理は前菜だが、その前に私達はシャドウに頼む料理を選ばなければならない。このレストランは、ポケモンバトルで勝つと割引される他に、コース料理を頼んだうえでバトルに勝つとポケモン用のメニューが一品タダになるという特典がある。
ポケモン用の料理のメニューはどんなものやらと思って調べてみると、なるほど。プーピッグの内臓炙り焼き、六種の木の実のソース仕立てというものがあるが、ソースはフィラ、ウイ、マゴ、バンジ、イアといった木の実を使用したものだが、ブーピッグの内臓というものは恐らく人間が食べないために廃棄される部分を使っているのではなかろうか。
そういったものを料理に使用するせいか、例えば草食のポケモン向けならばニンジンの葉っぱだったり、ブロッコリーの枝の部分だったり、キャベツの芯だったりと、人間がまず食べないものを使っているようだ。それでも料理と言っていいのだろうか……? まぁ、きちんと味付けは盛り合わせはしてあるし。値段は格安なんだけれど。
「……『屠殺場で育った良質なマンドレイクのシャンデラオイル炒め、絶望、恐怖、憎悪、三種のソースから』。流石ゴーストタイプ向けのメニューだな、不吉すぎる」
ドワイトが呟く。なんだそりゃと思って見てみると、本当にその通りのメニューがあって目の前が真っ白になりそうだ。シャンデラオイルというのは、シャンデラの体内で生成される、生物の魂を熟成させて作ったオイルで、シャンデラやランプラーが炎をともすために必要なものだ。
シャンデラは弱った仲間にこれを分け与える習性があるそうで、シャンデラ同士が口付けをしていたら、どちらか一方が弱っているとみて間違いないそうだ。良質な魂をいっぱい食べたシャンデラオイルは思わず舌鼓を打つような味なのだとか。まさか人間が飲んだのか……そもそも飲めるのか!?
さらに読み進めてみると、『熟成された高級発酵生ゴミ、無添加仕立て』なんてのもある。ベトベトンが好むらしいが、お値段は嬉しい(嬉しいのか?)無料である。専用ブースで他のお客様に悪臭が届かないように提供されるそうだが、生ごみ処理の費用を省略するために料理という扱いで出すとはよい根性だ。『※ちなみに、オーナーもこれは食べたことがありません。人間にはお出しできません』とのことだが、逆に言うと他のは食べたのだろうか……?
他にもミミズとビードルの蒸し焼き、たっぷりのクリーム状体液をほのかに辛く味付けるクラボソース仕立てとか、そういうのもあるんだけれど……オーナー、やりおる。
まぁ、とりあえず私達は頑張ったポケモン達に御馳走しようということで意見がまとまったので、ラルの食性に合わせてミミズとビードルの蒸し焼き、たっぷりのクリーム状体液をほのかに辛く味付けるクラボソース仕立てを出そう。コラーゲンとクリームたっぷりで、ホワイトソースを絡めると非常においしいらしい。ポケモン用のそれは塩分や脂肪分が少なめだが、食べる勇気のあるご主人さま方には人間用に塩味や乳脂肪分が多めのものも出してくれるそうである。
虫は見た目で苦手な人が多いが、味は非常に良いため愛好家がいるほどの絶品だとか。
さて、ラルへ出すものを決め終わったところで、あとは前菜を待つのみだ。前菜は食欲を掻きたてるため、香りや味付けが刺激的で眠っていた胃袋を起こすような料理が好ましい。
どんなものが来るかと待ち詫びた料理は、ヨワシのマリネである。片栗粉をまぶしてサッと揚げたヨワシをレタスの上に乗せて、パプリカ、タマネギ、フライニしたガーリック、髪の毛のように細切りにされたニンジンを和えて、オレンとノメルの果汁とお酢、塩、黒糖で作ったさっぱりソースを掛け、最後に辛いカイワレを添えるシンプルなもの。
シンプルといえばそうなのだが、野菜の切り口は非常に繊細でこまやかだ。この野菜をカットしたのは先程戦ったキリキザンのブッチャーで、野菜の向こう側が透き通って見える鋭利な切れ味というキリキザンの謳い文句に偽りはなく、野菜のうまみを存分に楽しむことが出来る。あのキリキザン、私よりも包丁の扱いが上手いのはもちろん、体中の刃をきちんと研いでもらっているのだろう、その鋭さはバトルでも役に立ちそうで、フラッターをつけていたとはいえラルに圧倒されてしまったのは少しもったいないとすら思うほどだ。
「……さて、味はどんなものかしら?」
そう呟いてフォークとナイフを構えたが、私はここで二人の視線に気付く。
「な、何よ……二人して、私の事ジロジロと見て?」
「いや、私はこういうお店に来たことがなくって……」
「お、俺も……」
そう言えば、ナプキンの使い方、食器の取り方、そういうのは私が一番最初だった気がする。ドワイトは知らないが、アンジェラは飲食店に赴くといつもはけっこう積極的に食べていくというのに、今日は私が動くのを待っていたということは……なるほど、そういう事か。
「ほら、デボラって一応いいところのお嬢様じゃん? こういうところのマナーは心得ているかなーって思って」
「俺も、お嬢様だとかそういうことは知らなかったけれど、色んな動作に、迷いがないからさ。俺と違ってこういうお店慣れているのかなって。視線とか、全くぶれないし」
アンジェラの言い分はともかくとして、ドワイトの言い分を聞くと、やはりドワイトがかなりの観察眼を持っているという事が伺える。
「そんな、固くならなくってもいいと思うけれどね。でもま、それで満足するならば私の食べ方くらいいくらでも見せてあげるわ」
苦笑しながら、私は料理にナイフを入れる。
まずは一口。ヨワシに味を付けたソースは柑橘のさわやかな甘みと酸味が効いており、そのまま食べても、一緒に出された胡椒や山椒、岩塩といった調味料で変化をつけても美味である。ヨワシの切り身を揚げる際に使用した衣にもうっすらと味が付いており、ソースをかけずに素材の香りを楽しむのもまたいいものだ。カイワレの舌を刺すような刺激的な辛みは、たまに噛むと刺激的で舌を飽きさせない。
これ一品だけでも、いくつもの味と香りを楽しませてくれる、完成度の高い料理であった。これならば割と手軽に作れそうだし、お家で作ってみるのも悪くない。
「へぇ、美味しいじゃん」
「だなぁ、美味い美味い」
二人も、私の真似をして食べ始める。アンジェラとドワイトを見比べてみると、アンジェラは悪くないと言ったところだが、ドワイトは驚くほど綺麗に私をまねている。……アンジェラ、昔っから大工仕事の筋がいいって親が褒めていたはずだから、真似には自信があったはずなんだけれどな。
ドワイトが、いかにバケモノじみた観察力かよくわかる。
「二人とももうちょっと味わって食べなよー」
私は苦笑する。二人は、何の材料が使われているかとか、野菜の風味を一つ一つ楽しむだとかそんな小難しいことを考えることなくがつがつと食べている。私みたいに小難しいことを考えながら食べるのはある意味邪道なのかもしれないけれど……まぁ、いいか。人には人の食べ方があるもんね。