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「では、バトルと料理をゆるりとお楽しみください」
連れてこられたレストランは、バトルも料理も楽しめるというこの上なくエキサイティングなレストランである。アレルギーのお客様にも配慮して、体毛、唾液、血液、その他体液などは絶対に飛び散らないように排気、排水設備などは充実しており、強化されたバトルガラスはあらゆる流れ弾をシャットアウトしてくれる。バトルガラスは水や炎、岩などの攻撃はもちろん、音や光の攻撃すらもシャットダウンする優れものだ。マジカルフラッシュやパワージェム、ラスターカノンなどの光を用いた技を使うと、瞬時に不透明になり光を遮断、ひびが入っても一時間もすれば自己修復するという。
それにより、客は安全を保障されながらバトルを観戦することが出来、バトル会場から離れた席でも様々な角度から撮影された映像を大画面で楽しめるというバトル狂に人気のレストランである。
バトルに勝利しても賞金はもらえないが、四人分まで割引となり、店員の強さに合わせて割引かれる料金も違う。私達のように三人で訪れた場合は、ドワイト一人が頑張れば全員が割引かれるし、四人以上の大人数で訪れた場合も、テーブルの代表が戦いに勝利すれば割引になるというシステムである。
ちなみに、テーブル二つ分の人数で押しかけるも、テーブル一つだけ勝利した場合、割引されるテーブルの方ばかりで料理を頼みまくり、席を移動したり皿を移動したりという方法で強引に割引してもらおうとする団体客もいたとか。その際は、結局割引されたテーブルで頼まれた品はきちんと割引したのだが、以後『割引されたテーブル間で人や食事を行き来させた場合は割引を取り消すことがあります』という注意書きが加えられたそうだ。せこい人間もいたものである。
さて、そんなことはともかくとしてドワイトは上級コースを選んだ。上級コースはかつては強豪トレーナーであったこのレストランのオーナーが、フラッター((フラットルールに使われる装置。ポケモンを好きなレベルに統一できるが、レベルを上げることは出来ず、きちんと取り付けないと効果がないため犯罪を犯したポケモンの捕縛には向かない。))で六〇レベルに合わせてバトルを挑むというもの。
六〇レベルのポケモンと、客のポケモンによる一対一のバトルを三回行い、すべてに勝利をすれば私達の食事代金が割引されるというわけだ。なのだが……そのお値段を見る限り、割引されていてもかなりのお値段で、ポケモンセンターに一泊するよりも高い値段だ。高級店と言うほどではないものの、この前私達が振る舞った料理など比べ物にならないくらいの値段ではないか。
ドワイトはこの旅を始める前から育てていたというタブンネを筆頭に、私達のシャドウやラルを借りて勝負に出る。他人が育てたポケモンで戦うのはあまり好きではないという彼だが、今回はウィル君が育てたポケモンを指示してみたいとのこと。シャドウもラルも割と誰の指示にも素直に従うのでバトルに出す分には問題なく働いてもらえるだろう。
まず最初は前菜が出される前にポケモンバトルが始まる。
一戦目、相手のポケモンはキリキザン。『こう見えて(店長の紹介より。「どう見ても」だろう)このブッチャー君は食材の切断は大の得意で、鋼タイプで毛も飛び散らないため衛生面でもばっちりな食材の切断担当。いかなる魚も三枚におろし、野菜は後ろが透けて見える程の薄切りをなんなくこなす切断のカリスマ』である。これの相手を務めるのは、地面・鋼タイプの体を持つポケモン、ドリュウズのラルである。
「さぁ、ブッチャー! 相手を料理してやれ!」
物騒なオーナーの合図とともに、オーナーはキリキザンにキリキザンは腕を前に出して防御の構えをとる。手の平をこちらに向けてまっすぐにつきだしたそのポーズは、まるで重い扉を開けているかのようで、うかつに攻めればメタルバーストで痛い目を見ることが予想できる。
「ふむ、こちらの出方を伺うか……よし、乱れひっかきだ! 相手の体を狙う必要はない、腕をへし折ってやるつもりで殴りかかれ!」
ならば、素直につきやってあげる必要はない。メタルバーストは受けたダメージを特殊・物理に関わらず強力にして跳ね返す技ではあるが、何度も何度も連続で使用できるものではない。絶え間ない連続攻撃にて攻め立てれば、対応は難しいのだ。
ドリュウズが持つ巨大な爪がキリキザンの腕を狙う。防御に徹した相手には、懐に入り込んで相手の急所を狙うよりも、まずはその防御を甘くすることこそ定石。鋼の爪と鋼の腕がガチンガチンとけたたましく音を鳴らし、レストラン内部に響き渡る。何とかいなそうとしているキリキザンだが、初めから腕を狙ったその攻撃に対応するうち、疲労と痛みが蓄積して腕を上げるのも辛くなる。
しかも相手は必要以上に踏み込んでこないため、こちらから反撃に転じるにはこっちが前に出なければならない。身長がキリキザンの半分ほどしかないドリュウズゆえ、圧倒的なリーチの差があるのだが、しかしそれはお互いが懐を狙い合うと仮定した時の話。体の末端を狙うつもりで攻撃するのであれば、小柄なドリュウズにも間合いの不利は少ない。
ブッチャーが連続攻撃を喰らいながら、一度きりのメタルバーストで小さなダメージを与えるが、ラルは、ものともしない。ブッチャーが隙を晒している間にラルが間合いを詰めてキリキザンの下腹部に頭突き。それを喰らいながら大きく下がったキリキザンに、こらえきれずにオーナーが命令を下す。
「辻斬りだ!」
「頭を出して弾き返せ!」
キリキザンは打ち合いを止めて一歩下がり、大股で一歩踏み込み下ろした腕を抉りこむように上へと跳ね上げる。まるで野球のアンダースロー、地面を抉らんばかりに低く構えた腕がラルの急所を狙うのだが、ラルは頭についている金属の角で、キリキザンの腕についた鋭い刃を撥ねのけ、命令を待つ間もなく小さな跳躍から地面を叩きつけて強烈な地震を引き起こす。
対応しきれず足元から打ちあげられたキリキザンが着地する瞬間を狙い、ラルは足元をメタルクローで刈る。すっ転び、体勢を立て直す前にラルの鋭い爪はキリキザンの首元に当てられていた。まだ動けそうなキリキザンではあるが、首元に刃を当てられてはどうにもならず、この勝負はラルの勝利である。
ラルは指示をしたドワイトに掛け寄って褒めてもらおうとしたが、ドワイトは気まずそうに後ずさりをする。口ではほめたたえるも、しかし撫でたり抱きしめたりして褒めることが出来ないのは辛い。そのため、アンジェラが前に出てラルを抱きしめてあげると、彼はようやく嬉しそうにアンジェラに抱き付いた。
アレルギーのせいで、悪気がなくとも触れ合うことが出来ないドワイトは、俯き気味にため息をついた。