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結局、私達は街を出ようとしていたところだったというのに、何故だか今日もドワイトと行動を共にすることとなった。一緒になって始めたのは、まずは手紙を書くことから。
それについては先ほどアンジェラが口にしていた内容を、ドワイトの言葉で、そしてドワイトなりの解釈で書き綴る。アンジェラのアドバイスのおかげでドワイトも書くべきことは大体わかっていたので、すらすらとまでは行かないが、二時間時間もすれば書き終えることが出来た。
内容自体は三〇分ほどで書き終えたものだが、そこからさらに時間をかけて、一文字一文字丁寧に何度も書きなおしたあたり、ドワイトも父親が大好きなんだとわかる。それが終われば、次はメッセージに添える花。
「花はどれくらい買えばいいんだ?」
次に私達は花屋を訪れ、色とりどりの花に囲まれその香りと色合いに見惚れている。
「そんなもん、一本でいいの。多ければ多いほどか気が高くなるって思っている人もいるけれど、派手なことばかりがいいことじゃあないんだよね」
アンジェラは確信めいた口調で言う。何本も派手に飾ろうとして失敗した経験でもあるかのような言い方だ。
「そうなのか?」
「多すぎるってのは下品だよ。重いし、飾る場所にも困ることだってある。それに、お金もかかるからね、子供はそんな背伸びなんかせずに、上品に一本。綺麗な奴を見繕ってもらうのがいいの。感謝の花ならば、グラシデアの花がいいね。私達の故郷、ライズ島にもある花だよ」
「たしか、シェイミって祖の花を世界中にばらまいているんだよな? だから、グラシデアの花が咲いているとそこにシェイミが渡ってくるっていう話だけれど」
「そうよー? 渡ってくるシェイミはウチの島の大事な観光スポットなのよ。渡り鳥やシェイミが来る湖は、ヒホウ=カンバイっていうジムリーダーが個人で所有する土地だけれど、好意で開放してもらってるの。すっごい綺麗な場所だから、もしも島によるんなら案内してあげるからねー。あと、シェイミを間近で観察できるけれど、土地の中で捕獲したら犯罪だから行く時は捕まえようとしちゃだめだからね」
「あ、ど、どうも……ありがとう。そっかー、シェイミをゲットしてみたいけれど犯罪じゃ手出しできねーよなぁ」
「一応、ジムリーダーの許可を取れば大丈夫なんだけれど、滅多なことじゃ許可出されないからね」
「そうかー。許可欲しいけれど、さすがに俺じゃ無理だよなー」
アンジェラは上機嫌で語り、ドワイトも楽しそうに話に乗っている。アンジェラがあれだけ上機嫌なのは、ドワイトの世話をするのがよほど楽しいからだろうか。
「それじゃ、グラシデアの花を探そっか」
店の中では人間のみならず、ドレディアとフラージェスが働いている。フラージェスは傍目には花に語り掛けるように覗き込み、息を吹きかけているだけにしか見えないが、あれで花が元気になるらしい。らしい、というのはそういう研究結果があるからなのだが、ドレディアの方にはそんな能力なんてないはずなのに、なぜかフラージェスの真似をしている。無駄なことかもしれないけれど、花を愛でるその姿は理屈なしにとても愛らしく、彼女のファンは絶えないのだという、このお店の名物店員なのだとか。
ドレディアにグラシデアの花を欲しいと告げると、彼女は笑顔でこちらについてきてくださいと意思表示をして、透き通るような薄いピンク色の美しい花が並ぶ場所へと案内される。そこから漂う甘い香りを堪能しつつ、二人は一本選んで人間の店員さんに包んでもらう。あとはそれを郵送するだけだ。
花のような繊細なものでも送ってくれるコースで宅配業者に頼み、私達がそれを見送ったころには、時刻は昼時を過ぎていた。もう遅くなってしまったけれど、今からこの街を旅立つべきだろうか? そんなことを考えていると、ドワイトがアンジェラの方を向いて言う。
「あのさ、二人とも……今日、付き合ってくれたお礼に俺が飯を奢るよ」
柄にもない事を言おうとしたためだろうか、ドワイトの声が少し震えている。女の子に格好いいところを見せたいという欲求はあっても、それを表に出すのは慣れていないようで。なんというか、全く子供である。
「いいけれど、お金あるの?」
「あるよ、俺の収入、舐めるなよ」
ドワイトはつい先ほど花を購入したばかりである。決して高い物ではなくとも、日に何度もお金を出させるのは気が引けたが、ドワイトは全く怯むことなく金はあると言ってのける。恐らく、お金は本当に十分に潤っているのだろうということが分かる。
「じゃ、あなたに甘えさせてもらいましょうか。ありがとね」
「おうよ。美味しい店に連れて行かないとな」
アンジェラは微笑みながら奢られることを了承し、礼を述べる。
「えっと、私は……」
でも、アンジェラはいいとして、私はアンジェラに付いていっただけだ。それなのにお食事をごちそうしてもらおうなんてのは厚かましいような気が……
「何言っているんだ。お前も来ないと収まりが悪いじゃねーか! この街はおいしくって安いレストランがあるんだ、この前は俺が食事をごちそうしてもらったしさ、な?」
けれど、ドワイトはそんなことを気にする様子もないようだ。ここは甘えておこう。
「わかった、ありがとう、ドワイト」
やっぱり、この子は素直になれないだけで、根はいい子だし気のいい奴なんだろう。それがどうしてあそこまで変な態度をとるようになってしまったのか、家での親子関係は特に悪くないようだし、学校生活ではよっぽどのことがあったのかもしれない。旅に出なければやっていけなかったのも頷ける気がした。