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翌日、私達はデールズを後にして、チェストシティへと向かう……ところだったのだが。
「よぉ、また会ったな! デボラとアンジェラ!!」
「またあなたなの?」
「またアンタか……」
ドワイトに呼び留められて、私とアンジェラの声が重なる。
「お前ら、今からこの街に観光か!?」
「あ、今から出るところよ。すれ違いね」
ドワイトが偉そうに尋ねるが、そういうことだ。私達はもう出るとこ、構ってあげるつもりはない。
「……えっとね、その。俺、ちょっと相談したいことがあるんだけれど……」
「頼みたいことがあるなら最初からそうやって下手に出なさい」
アンジェラは威圧的に言う。態度がでかいと、本当に親切にしたくなくなってしまう。こいつ、どうしてこうもやる気を削がせる才能だけはあるのだろう。
「で、用件は何かしら? 少しだけなら付き合ってあげるけれど」
とりあえず、困っていて頼れる人もいないみたいだし、少しくらいは付き合ってあげるか、やれやれ。
「あの、ですね。その……俺の故郷は、ワスターってところなんだけれどな」
「あれ、ワスターってバーミリオンシティの南でしょ? チェストシティよりもさらに南にあるんだから、それだったらジム回る順番とかおかしくない? 確か、私達と一緒にサンダーランドで過ごした時はバッジがトリカさんところと、ウドさんのところの二つだったよね? チェストシティのバッジはまだとってないの?」
「あぁ、その事なんだけれどさ……俺、本当は親に旅に出してもらえなかったんだ。その、アレルギーのせいで、親父は無理に家業の育て屋を継ぐことはないって言われて、旅も喘息があるから今はダメだって、止められていたんだ。でも、俺はなんだか、自分が一人前の男に見られていないみたいで……だから俺、それが嫌で家族旅行の最中に抜け出したんだ。
それから、親とはメールでしかやり取りしてなくって……。旅に必要なものもさ、絶対に欠かせない吸入器とか、トレーナーズカードとか、そういうの以外は全部旅をしながらそろえたんだ。俺、上級生や社会人まで相手にしてお金稼いでいたから。それで、一応毎日父さんと連絡して、父さんは『覚悟があるなら好きにしろ』って言ってくれているけれどさ……やっぱり黙って出て行ったのは済まないって思ってて」
「ふむ……っていうか、母さんはどうしたの? 全然話に出てこないけれど……」
「母さん、離婚しちゃったんだ。俺が、両親とも持っていない喘息とアレルギーにかかったのは悪魔のせいだとかって……母さんは変な宗教にハマって、俺を毎日集会に連れ出そうとして。しかもその集会、いい匂いのするお香を焚くんだけれど、それが俺には全然合わなくって咳が止まんなくって、でも『薬に頼るな!』とか『お香が辛いのはお前に悪魔が取り憑いているからだ』って、ずっと許してもらえなかったんだ。吸入器も取り上げられちゃったし。
泣いて拒否しても母さんが集会に連れて行こうとしたから、その……俺、ダイフクに……タブンネに、攻撃させて重傷を負わせちゃったんだ。それから、色々あって離婚して、だから、今は父さんしかいない……ゲホッ」
ドワイトは、聞かれてもいない事をペラペラと良く喋る。きっと、誰かに愚痴を聞いてほしかったのだろう、目が少し涙ぐんでいる。しかし、そんな精神状態になったのがまずかったらしい、嗚咽を漏らすとともにいきなり咳が漏れ、ドワイトはダイフクという名前らしいタブンネを繰り出し、癒しの鈴をかなでさせた。
「それで、昨日の夜にこの街の人と色々話をしたんだけれど、父さんにすぐ謝ったほうがいいからって、夜に泊めてくれたおばさんに注意されて……父さんに謝りたくって。この街は薔薇が美しい事でも有名だけれどさ、他にも色とりどりの花があるだろ? 父さんに花でも送ろうと思うんだけれど……」
「えー、そんなこと言われても……私花なんて送ったこともないし。せいぜい母の日にグラシデアの花を送ったくらいで……」
私は花なんて全く詳しくないのに、どうすればいいのやら。私は助けを求めるようにアンジェラを見る。
「ふーむ……私も、お祝い用の花ならば何回か買いに行かされたから分かっているけれど……んーでも謝罪のための花かぁ。でも、確かに謝罪は大事だけれど……でも、子供は元気な姿を見せる事が一番だと私は思うのよね。だから、どちらかというと、父親には感謝の花を送ってあげたほうがいいんじゃないかなぁ?」
しかしながら、アンジェラは具体的な案は出せないにせよ、彼女なりの考えはあるようだ。
「感謝の花、なのか? でも、そんな物を送って怒るられないかな? だって、ごめんなさいって言うべき時にありがとうっていうわけだろ?」
「うん、でも、貴方の父親は、貴方が嫌いだから旅をさせないわけじゃないんでしょう? 多分だけれど、喘息とか、そういうのが不安だったから旅をさせたくなかっただけで……実際のところどうなの? 咳は、今はあんまり出ていないみたいだけれど……」
「激しい運動は出来ないけれど、走りさえしなければよっぽど空気が悪いところ以外は大丈夫。一応、発作に備えて薬と吸入器は持っているし、タブンネのダイフクがいれば何とかなることも多いよ。癒しの鈴と癒しの心があれば、すぐに咳も止るしかゆみもマシになるし……」
ドワイトがアンジェラに答える。
「それでも、父親は貴方の事が心配だったわけだ。親なら、自分の子供が大事なのは当然だしね……それに、妻と離婚しちゃった以上貴方はもう大事な一人っ子なわけだし。だから、旅に出したくなかった父親の気持ちをまず理解してあげて……それで、謝りたいっていう気分になったのなら、それなりの態度は見せないとね」
「それなんだけれど、謝るのって具体的にどうすりゃいいかな?」
アンジェラはドワイトの話を聞きながら、積極的に話しを進めていく。その様子が何だか女の子っぽく無くて、アンジェラの態度には男らしさすら感じてしまう。
「じゃあ、まずは花に手紙を添える。手紙の内容はまず、『勝手に出て行ってごめんなさい』って謝りましょう。そしたら『喘息で倒れるようなことは今のところなかった』って伝えてあげて……親を案させてあげなさい。その後、いきなりの一人旅で大変だったことを書いて、父親の存在がありがたかったって言ってあげなさい。
きっと、父さんも喜んでくれるだろうから。あとは、ポケモンとの写真も撮るとか……今回の旅で新しく育てたポケモンもいるんでしょう? 仲間が増えたっていうのはきっと嬉しいはずよ」
「うん、タブンネのダイフク以外は、ハッサムは旅を始めてから最初にゲットしたポケモンで、カメックスとガバイトは旅を始める直前から育て始めたポケモンだ。あと、プテラの卵も貰ったよ」
「じゃあ、成長した姿を見せたら立派にやってるってわかるし……それを見れば許す気にもなると思う、確かに謝罪そのものは大事だろうけれど、きっと父親が一番みたいのは貴方の感謝と成長だよ。で、『心配してくれてありがとう』って言おう。あと、そうだなー……あれよ、貴方今まで友達いなかったんでしょ?」
「あぁ、俺も色々意地張っちゃってて、そのせいでな……」
「じゃあ、私と写真を撮ってさ。友達も出来たって言っちゃおう」
「え? いいのかよ。友達なんて俺一人もいなかったのに」
「いいじゃん、それとも私が友達じゃいやだ?」
「いや、いいけれど……」
アンジェラは、ドワイトにボディタッチをしながら、非常に積極的に話を進めていく。第一声は『またアンタか!?』だったくせに、友達になろうかだなんて手の平を返し過ぎだと思うくらいだ。
けれど、そんなアンジェラのなれなれしさを、ドワイトはあまり嫌だとは思っていないらしい。実際のところ、ドワイトは多分意地っ張りなだけで寂しがり屋なので、こうやって相談に乗ってくれる友達が欲しかったのかもしれない。