3:アンジェラとの二人旅、後編
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「……はぁ。申し訳ありません、ウチの団員が迷惑をかけたようで」
 上司らしき男は、まじめそうな顔の大男。背が高いだけじゃなく体格もいいので、喧嘩をすれば先ほどのチンピラまがいの奴には絶対に負けなそうだ。と、言っても持っているポケモンが弱ければどうかは分からないが。
「本当に迷惑ですよ。なんですかあれ、団員を止めさせることは出来ないのですか?」
 私も思わず憤って、上司らしき人間に抗議する。
「さっきの話を聞いていれば分かると思うが……私にはその権限がない。その上、我らの事を取り仕切る七賢人の一人は、『どんな人間でも思想を同じにするのであれば団員として認める』などといっており、素行に問題のある者もやめさせようとしないのだ。あいつに至っては警察沙汰も犯しているというのに……七賢人は何を考えているのか」
「そんな上司、殴ってしまえばいいのに。思想が同じならクビにならないんでしょ? 膝蹴りしてやりなよ」
 アンジェラが煽り口調で団員に言う。しかし、膝蹴りは流石にどうなんだ?
「そうしたいな……あぁ、ちなみに七賢人に平手打ちした奴は賢人様のポケモンに滅多打ちにされたそうだ。そのポケモンもねじ伏せられればいいのだが、残念ながら私が敵う相手ではないよ」
 だが、相手は怒るどころかため息交じりに項垂れる。これはけっこうな重症の組織だ。
「私は、あくまでポケモンが人間の手によって苦しむところを見たくないだけで……例えば滅多に外に出ることも出来ず、ストレスで毛を毟ったりとか、無計画な繁殖で飼いきれなくなって道端に捨てられたポケモンとか、そういうのが嫌いなだけなのに……七賢人の思想はそういうところにはないらしい。ポケモンと人間を切り離すことが出来ればそれでいいようなのだ。
 それどころか、あいつみたいに、ただ暴れたい、喧嘩を売る大義名分が欲しいだけのような奴が団員ですら、必要とあらば利用する。そんなんで叶えるポケモンの解放などという思想は、とてもじゃないが理解できんよ。君の場合は……そうだな、絡まれた理由は大方リオルを縄でつないでいるのがダメだとかそんなところだろう?」
「ビンゴです。まさにそんな感じで。リオルは、非常に迷子になりやすいポケモンなんですよ。でも、野生ならばリオルが波紋で助けを呼べば、ルカリオの母親が助けてくれるから大丈夫だけれど、ルカリオの母親から離しちゃうと……迷子になった時に探す手段がなくなるんです。だから、きちんと躾が完了するまでは絶対にリードを手放せないんですけれど……と、説明しようとしたのに全然聞いてもらえなくって……あいつらの耳、切り取りたい」
 あんなに役に立たない耳は、お父さん以外だと初めて見たよ。本当、鼓膜をドリルで穿ちたい気分だ。
「だろうな……私も同じ気分だよ。でも物騒すぎる気がするけれど」
 二言目は小声で男が呟く。
「あいつは喧嘩を売る大義名分のためにプラズマ団を利用しているような奴だからな……怪我はしていないかい?」
「いや大丈夫です。そんな事より、リオル以上にあいつに首輪とリードを付けたほうがいいんじゃないでしょうか? 内側に棘でも付けて」
 アンジェラも物騒なことを言う、男性は『なんなんだこの二人は』といわんばかりの表情で私達を見ていた。
「おっしゃる通りだ……あぁ、もう。迷惑かけたお詫びにちょっとアイスでもなんでも奢るよ。あっちに屋台が出てるだろ?」
「え、いいですよ。あいつの財布からアイスの金が出るなら是非とも、ですが」
 私としては、迷惑をかけた張本人がのうのうとしていて、こういう良い人そうな奴が損をするのは嫌なのだ。
「残念ながら。それは無理そうだ。全く、いつかトレーナーにボコボコにされて痛い目でも見てくれないとな……」
「あ、お兄さん。じゃあ私チョコミントで」
 だがアンジェラは違うらしく、迷惑をかけられた以上は奢ってもらうなどしてお詫びを貰わないと気が済まないようだ。ウドさんに宿泊を誘われた時はアンジェラがあまり乗り気ではなかったけれど、お詫びという名目でなら奢られるのもやぶさかではないのだろう。


 結局、アイスを奢ってもらうことになってしまった私達は、アイス片手に近くのベンチに座り、少し団員の男性と話をした。彼の家は両親が最悪で、自分もポケモンも虐待されているような家であったと。両親は飽き性であり、ポケモンを捕まえてきても、すぐに飽きてしまって世話をしなくなり、衰弱死してしまうことが多かったという。
 彼は一六歳となり義務教育を終了したことを契機に、親元を離れてこの街の工場に住み込みで働き、プラズマ団の(広告に書かれた)思想に惹かれて今に至るのだという。それで、私は彼に『私はポケモンを虐待していますか?』 と問いを投げかける。ポケモンを手に入れた経緯を一匹ずつ話してみたところ、彼は頷きながらそれを聞いてくれる。そしてそのうえで、彼は『すべて問題ない』と言う。ジェネラルを親から引きはがしたことについても、少しかわいそうだけれどその農場にいるよりはいいだろうと。
「しかし、生き方を強制されるのが虐待って言うのなら、私ももしかしたら虐待されてるのかねー」
 そんな話をしながら、私は親の愚痴を漏らす。
「ねー、許嫁なんて今時はやらないし」
「君は許嫁を決められているのかい?」
 ふと、なんとなく思ったことを口にすると、アンジェラもそれに食いつくし、男性も愚痴に釣られる。もうとっくにアイスは食べ終えてしまったのに、男性も暇なのだろうか。ともかく、今旅をしている理由が、父親に自分は旅を出来るだけの逞しさがあるということを伝えるためだったり、語学を学ぶために日本人観光客に話しかけまくったりしている事などを伝えると、彼は微笑んでいた。
「なるほど。では、君が父親の決めたレールから解放されたがっているというのは分かった……ならば、君も誰かに生き方を強制されるということの辛さは分かるだろう?」
「えぇ、はい……もしも子供が出来たら、ああいう親にはなりたくないですね」
「それじゃあ、もしもポケモンが『どうしても別の道を歩みたい』と言ったら? 言葉は喋られなくとも、そう訴えていることが分かったら、君はどうしたい?」
「あ……うーん……ちょっと寂しいけれど、その道を行かせてあげたほうがいいのかなぁ。嫌々私の下にいたところで、私も気を使っちゃうだろうし……コンテストだとか、バトルとは無縁の農場とか、そういう風に道はいくらでもあるしね」
「そうか。今の言葉を忘れないでくれるなら、プラズマ団として私が言う事はないよ。プラズマ団に入ってくれとは言えないけれど、君ももし苦しんでいるようなポケモンを見つけたらプラズマ団に連絡して欲しい。私達が保護を出来るように働きかけるから。えっと、パンフレットに電話番号が」
「あ、パンフレットなら持ってます。さっきもらったので」
 男性がバッグからパンフレットを取りだそうとするのを、私達は手で制した。
「あら、もう受け取っていたか。これは失礼……それでは、大分時間を取ってしまってすみません」
「いえいえ、私達も楽しくお話が出来ましたので」
 男性の言葉に私は笑顔で返すと、彼は立ち上がり頭を下げる。
「お嬢さんがた、良い旅を」
「はい」
「貴方も、お元気で」
 私とアンジェラはそう言って手を振り彼と別れた。変な奴に絡まれはしたものの、いい話も出来たので、少し心は穏やかな気分になった。さぁ、今日の残り時間、観光を楽しもう。


 おおむね予定通りにデールズ城を見て回った私達は、複雑な思いで純白のロズレイドを見る。すべての花弁が真っ白なそのロズレイド、確かに見た目には美しいし、人懐っこく愛らしく、積極的にこちらに触れて来るので気軽に撫でることが出来るのはとてもいい。手触りも最高で、すべすべのその花弁がくせになる。香りもいい。鼻腔の奥をくすぐるような甘く高貴な香り、一緒に居るだけで女の価値を高めてくれそうだ。だけれど、虚弱体質……か。スキャンしてみると、立派な成体だというのにレベルはたった一三。いい年してこんなに弱いポケモン、見たことがない。周りにいる草タイプのポケモンや、飛行タイプのポケモンなどは、結構まともなレベルで三〇から四〇前後と言ったところだから、このロズレイドが異常に弱いのが良くわかる。プラズマ団が解放したがるのも無理はないように思えた。
 ロズレイドの他にも城の内部で見るところはいくらでもある。むしろ、城は広すぎて、半日くらいじゃ回り終えるのも難しい。庭園、見張りの塔、地下の貯蔵庫、居住区域、ブドウ園鳥ポケモンと草ポケモンが放し飼いになっている庭等々。通り過ぎるだけならともかく、じっくり見るには時間が足りない。
 結局、行きたいところやペースの違いで喧嘩するのも嫌なので、途中からアンジェラと私は分かれて城の敷地を見学し、夜のホテルで大いに語り合ってから眠りにつくのであった。


Ring ( 2016/08/20(土) 23:47 )