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私達は古都コリーを後にして、南西の街を目指す。南西にある街は、かつてこのリテン地方に栄えた貴族の片割れである白薔薇の街、デールズへと向かう。この街はかつて虫タイプのジムがあるチェストシティと争い合っていた過去があり、その際象徴となったのが純白のロズレイドである。通常、ロズレイドと言えば頭が白、そして両手に青と赤の花弁というのが普通だが、この地域では純白、そしてチェストシティ付近ではすべての花弁が真っ赤なロズレイドがいたという。栄養満点のわき水を飲んだロゼリアは、珍しい色の花を咲かせるという話があるが、そうやって人工的に色の違うロズレイドを育てる方法は秘伝中の秘伝であるが、しかしチェストシティに栄えた貴族の家は争いに敗れ、すべての花弁が真紅に染まったロズレイドを育てる手段は失われてしまったそうだ。
デールズシティには観賞用として、すべての花弁が真っ白に育てられたロズレイドがいる。ウィル君の育て屋とはだいぶ毛色の違う育て屋だが、そんな育て屋もあるのだと感心する。写真で見た限りでは、確かにその姿は非常に美しい。白く煌めく花弁はまるで絹のケープのようだ。雑誌によれば手触りも香りも気品を感じさせるとのことで、一度はお目にかかってみたいものである。
ちなみに、純白のロズレイドは育て屋で購入するほか、リテン地方で最も可愛らしい城と名高いデールズ城の中庭で触れ合うことが出来る。小さい頃から人の手で手厚く育てられたため、人を全く恐れることなく朗らかに笑う姿はとても可愛らしい……らしい。だが、『観賞用』と銘うたれれている通り、戦闘能力は皆無で子供にすら負けてしまうのだという。
ジェネラルに野生のポケモンの相手を頼み、倒しきれないような強い相手は強い先輩たちに任せてあげる。今度の旅路はそうやって過ごすことで、ジェネラルを生の戦いに慣れさせる。今まで戦いを憧れながら見ているだけだった彼は意気揚々と繰り出して、時折返り討ちに遭いながらも諦めきれずに突撃しようとして、エリンにつまみ出されたり、トワイライトの足踏みでビビらされたり。
そうして後ろに下がらせても、彼は先輩達の戦いを良く見ていた。見ていたといっても、闘い方も体格も全く違うし、何をどのように学んでいるかはうかがい知れない。でも、じっと見てイメージトレーニングでもしているのであれば、きっと成長するのではないだろうか。ウィル君は、よく考えたりよく観察しているポケモンは伸びると言っていた。何も言わずとも先輩ポケモン達を良く観察しているジェネラルは、きっと強くなってくれるはずだ。
さて、デールズに訪れた私達の前に現れたのは……あの中世の騎士のような、フード付きの白い服。見間違えることもないだろう、プラズマ団であった。しかし、街のど真ん中でやっている行為はと言えば、地道な広報活動で、特に悪事らしい悪事、問題行動はしていない。
「……白いロズレイドは虐待。解放するべきである。署名運動実地中」
この街で彼らが活動している理由というのが、秘伝の技法で純白のロズレイドを育てる育て屋や、デールズ城にいる虚弱体質なロズレイドは人間から解放されるべきであるという訴えである。いや、解放されたところで絶対に野生に出たら生きていけない気がするのだが……まぁ、そこは意地悪な解釈をせずに、『もうこういったロズレイドを育てるのは止めさせよう』と言う意味で解釈しておこう。
読み進めていくと、プラズマ団の信条というのは生き方を強制させられ、人間の勝手で苦しんでいるポケモンの解放というものである。どこまでを強制、どこまでを苦痛と呼ぶのかは人によって判断されるため良くわからないが……場合によっては『モンスターボールに入れられること自体が苦痛』だとか、『人間に所持されること自体が苦痛』という主張もある。もちろん、ボールの内部が嫌いというポケモンもいるし、野生の生き方の方が性にあっているポケモンもいるだろう。彼らの主張をすべて肯定することは出来ないが、すべて否定することも出来ないし……私が握るリードの先。ジェネラルも思えば母親から半ば無理やり引きはがしたポケモンである。
それが不幸なのか、それとも幸福なのかはわからない。
「おい、そこのお前!」
「はい?」
「そうだ、そのリオル連れた
生姜の女!」
イラッと来る。
赤髪は母親から受け継いだもので、それ自体は別にいいのだが。これのせいで父親は私がか弱い女の子だと決めつけていたからだ。そりゃ、肌も白くて紫外線には弱いので、天気のよい日は、冬でも日焼け止めを塗ったりはしているが……こんな粗野な言葉を使うような奴、ロクな奴ではあるまい。
「なんですか?」
振り向いてそこにいたのは先程パンフレットを配っていたのとは違うプラズマ団の団員である。
「リオルにリードを取り付けて生活だとか、お前はそれがポケモンの虐待につながるということを理解できていないのか!?」
「はぁ!?」
アンジェラと私の声が重なった。
「あのさぁ、リオルの子供って、人間の子供なんかよりもよっぽどやんちゃ坊主なんだよ? リードがなかったらそのままどっかいっちゃって最悪死ぬんだよ?」
私が説明をする前に、かばうようにして前に出たアンジェラがそう突っかかる。
「あのね、リオルのここ、後頭部。ここから親や同族に助けを求める波紋を出せるんだけれど、その距離が十キロメートルとかかなり広いから、リオルっていうのは気軽に迷子になれるわけ。分かる? 迷子になってもルカリオならばママが助けてくれるからね。でも、人間の場合は――」
言いかけたところで発言を遮られ、私達は口を結ぶ。
「知ったことか! 人間の驕りでそんな物付けられて行動を制限されることなど虐待以外の何物でもあるまい! 即刻解放するべきだ」
あぁ、これが問題行動を起こすプラズマ団という奴か。確かにポケモンにリードを付けるというのは見ていて気持ちのよいものではないかもしれないが、ここまで話を聞かないというのは、プラズマ団として失格かどうか以前に、人間として欠陥があるような気がする。
「デボラ、こいつは会話にならないし、行こう」
「こら待て逃げるな!」
私は肩を掴まれる。すごい力で掴まれて痛い……その上もう一方の手で顎まで掴まれて、怖くて体が動かなくなったところで、ジェネラルが団員を蹴り飛ばす。確か現在の彼のレベルは一二である。大の大人ならば、面と向かって戦えば負けはしないが、蹴られれば飛びあがるほどに痛いはず。ましてや、ジェネラルのそれは不意打ちである。防御も何もしていない状態で彼の攻撃を喰らえば、相当鍛えていなければ蹲るような痛みだ。
「ぐぅぅぅ」
案の定、団員は蹴られたふくらはぎを抑えて蹲る。ジェネラルは蹴りを加えた後に、これ以上主人に手を出すならばもっと痛い目に合わせてやるぞとばかりに睨みつけて唸り声をあげている。
「……そのポケモンが人間を傷つけるのを望んでいないというのに、俺を攻撃したのかぁ!? どこまでも勝手な……トレーナーだな」
「いや、この子が命令せずとも、リオルは自主的に威嚇を始めたんですけれど? リオルって、怖い時は波紋を使って仲間を呼び合うし、そうすると大人たちが駆けつけて来るからね。そういう種だから仲間がやられるのは黙ってみていられない性質のようで……で、自分勝手がなんだって? 私の友達に手を出すんなら、大工仕事で鍛えた私のボディーブローを炸裂させるよ」
アンジェラが私の肩を叩きながらプラズマ団員を睨みつけると、団員は舌打ちをして悪態をつきながら、すごすごと帰って行く……が。
「おい、またお前は問題を起こして!」
「問題なんて起こしていないです! 」
どうやら今度は団員同士でのいざこざのようだ。団服は違わないけれど、腕章が違うところを見るとあちらは上司なのだろう。
「いーや、さっきの一部始終を見てたぞ? お前が女性の肩を掴んでいて、そこのリオルに蹴られたところまで全部な」
「……それがどうしたよ!? どうせお前に俺を止めさせる権限なんてないくせに」
「そうかも知れんが、報告はしておくからな」
「はん、勝手にしろよ!」
どうも、プラズマ団というのは問題を起こしてもあまり処罰がないのだろうか。さっき絡んできた男の態度はあまりに尊大である。出来る事なら後ろからつばの一つでも吐きかけてやりたいくらいだ。