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ともかく、その日はリオルを譲りうけたことをウィルに報告する。育成するにあたっての注意点などを教えてもらえるだろうか?
「へぇ、リオルを譲りうけたんだ。いいじゃん、転ばぬ先の杖にはもってこいだよ」
ウィル君も、何のためにリオルを引き取ったかよく理解しているようだ。リオルがルカリオに成長すれば他人の考えていることをある程度よ見とれるようになるという。少なくとも、敵意が歩あるかないか、悪意があるかないかなどはわかるのだ。
災害を予知するアブソルと合わせれば、突発的な事故以外は大抵防ぐことが出来る。
「うん、確かに転ばぬ先の杖にはもってこいなんだけれどさ。今はなんというか、やんちゃ坊主でね……すぐにどっかいっちゃって危なっかしいから今はリードが手放せないのよ。一応、ちゃんとしつければ忠誠心の高いポケモンになるんでしょう? 早く格好いいルカリオに進化しないかしらね……」
「うーん……リオルを進化させるには懐かせることが重要だからねぇ。それまでは本当にぴょこぴょこせわしなく動くからリードは手放せないし、外に出す時は他のポケモンに見張らせておかないとマジでどっかいっちゃうこともあるらしいから気を付けてね。
これってさ、ルカリオが感知能力が高いおかげって言うのもあるんだよね……親がルカリオなら、リオルが迷子になっても簡単に見つけられるから、リオルってそれに甘えてどこまでも走って行っちゃう性質があるんだって。こうすることにより、母親の感知能力が高ければ高いほど生き残る確率も高くなるんだ。そうやって、優秀な遺伝子以外が淘汰されていったんだろうねぇ……。
リオルの波紋は、ルカリオの波導による感知の範囲外からでも同族のポケモンに届くから、最大十キロメートルくらいの距離まで助けを呼べるんだって……要するにね、リオルを迷子にさせるとそれくらい平気でどっかに行っちゃうから……最悪死ぬよ」
「うわぁ、そりゃ絶対に見つからないね……シャドウ臭いで追えるかな?」
「そういうわけで、リオルからは絶対に目を離さないであげること。俺は育てたことがないから偉そうに言うのもなんだけれど、それで衰弱死したリオルって少なくないらしいから……野生のリオルも、異種交配で母親が別種だと似たような事態に陥るんだって。マジで気を付けてね」
「わ。分かったよ。気を付ける」
なるほど、リオルを譲り受けた時に首輪とリードを貰ったが、それがなかったら迷子からの衰弱死を決めるようなこともありえるわけだ。そうならないように気を緩めないようにしなければ。
「そうだ、最近サウスリテンに……何だっけ? プラズマ団とか言うイッシュで活動している団体の支部が出来てるらしいから、注意してね」
「何それ? 初耳。じっくりテレビ見る時間も最近はないもんでさ」
「えー……確かに旅の途中はテレビなんて見られないかもしれないけれど、ニュースくらいは見たほうがいいよ? えっとね、どういう団体なのかというと……その、ポケモンの解放を目的に動いているそうなんだ」
「解放、というと?」
「うん、人間のトレーナーの手を離れて野生に戻そうって言う意味だと思う。ポケモンが苦しんでいるとか、ポケモンのあるべき姿が野生だとかっていう話なんだけれど。劣悪な環境にいるポケモンの話とかも聞くから、プラズマ団の言う事にも納得できる部分もあるんだけれど、一部の団員は暴走してポケモンを持つことそのものがいけないとかって、ポケモンを強奪したりとかそういう事件があるみたいでさ。
全部の団員がそういうわけじゃないだろうから、あまり警戒しすぎてもいけないとは思うけれど、気を付けて」
「分かった。でも、変なことをされてもシャドウがいるから大丈夫だよ」
ウィル君の言う通り、確かに最近は全然ニュースを見ていなかった。どんな問題行動を起こしておかも含めて、警戒しておくに越したことはないだろう。
新たな仲間を連れての旅路の途中、宿を得られなかった私達は牧場主から倉庫を借りてそこを寝床にした。出来れば部屋に泊めて欲しかったが、それは出来ないと相手が言ったため、仕方なく倉庫で眠る。客人があまり歓迎されないのは久々だったが、それでも屋根のあるところで眠れるだけましだろう。
「ただの倉庫でも、炎タイプのポケモンがいれば寒くなくっていいねぇ」
私はトワイライトの白い肌を撫ぜながら言う。
「ちょっと熱いくらいだけれどね……あと、周囲の物が燃えないか心配」
「ギャロップの炎は懐けば炎は熱くないから大丈夫だよ。ほら、手を入れても大丈夫」
「カエンジシはそこら辺の温度管理苦手みたい。いつ触っても熱いの」
言いながら、アンジェラはカエンジシの鬣に一瞬だけ手を入れて見せる。一瞬ならば大丈夫なようだが、長く入れれば火傷してしまう程度の温度なのだろう。下世話な話だが、炎タイプ以外のポケモンと交尾するときに困りそうだ。
「でも、この子のおかげで震えずに眠れるんだから、感謝だよ」
一応、鬣以外の場所は触れても大丈夫なのだろう。アンジェラは胴に手を入れて暖かな毛並みを掻き分けて笑う。しかし、ベッドではない場所に眠るのも板についてきて。お互い逞しくなったものである。
旅を始めた最初のころこそベッドどころか枕が違えば眠れないとすら思っていたが、今はソファの上や、固い床の上でも温かくさえしていれば眠れるようになってしまったから、慣れというのは恐ろしいものである。この地方は寒い地方ゆえ、短い夏が過ぎれば、眠る時にはトワイライトの存在が欠かせない。もちろん、家の中に招かれた時は暖炉に火の温めてもらうが、ある程度体毛が飛び散っても問題のなさそうな場所では、ラーラやトワイライトにたたずんでもらって部屋の気温をあげてもらうのがこの旅での恒例となっている(しかし巨大な暖炉でヒードランが眠り始めたのは驚いたものである)。
しかし、ようやく落ち着き始めたところで、何やらリオルが不穏な動きをしている。周囲の匂いをしきりに嗅いで、後頭部の房を立てて何かを探すようなそぶりを見せている。
「あらら……もしかしてホームシックなのかな……」
思わず私は口に出して困惑する。昼は元気いっぱいで走り回り、リードが手放せなかったリオルも、夜に落ち着いてくると母親がいない今の状況を寂しく思うらしい。しきりに悲しそうに声を上げる彼を落ち着けるべく、鳴き声を聞いたラーラとシャドウは寄り添うようにして彼の下に腰を落ち着けている。
どちらも雌ということもあって、母性でも発揮しているのだろうか。特にラーラは群れで生きるカエンジシの雌ゆえか、他人の子供でも献身的に世話を擦るようだ。私もリオルを抱きしめて落ち着かせてあげようとしているが、抱きしめられながらもきゅんきゅんと鳴いて悲し気な彼を見ていると、少し引き離すのが早かったかもしれないと後悔してしまう。
「こんなに早く母親と引きはがしちゃったのは失敗かなぁ……」
「なあに、その子が辛いのは今だけだよ。いずれ慣れるさ」
その様子をはたから見ていたアンジェラは微笑みながら言う。
「ちょっと冷たいんじゃないの?」
「だっていずれは親離れするんでしょ? それが早いか遅いかってだけで……今たしかに悲しんでいるかもしれないけれど、いずれ慣れるの。それに、いずれ慣れるからって今優しく落ち着かせることがいけないとかそういうわけじゃなくって、後悔するよりも、居間で着ることをしてあげなきゃいけないってわけで」
「あぁ、まぁ……そうだよね」
「いずれ私達の匂いに慣れれば、お母さんからも卒業できるって。だから、ずっと抱きしめてあげなよ、デボラ。っていうか、そんな顔してたらリオルも不安になるよ? もっと笑顔で、優しく見つめてあげないと」
「うん……分かった。ほら、落ち着いてよリオル。大丈夫だからさ」
きゅんきゅんと泣きわめくリオルは、暴れ出して私の抱擁を振りほどいた。私が立ち上がって追いかけようとすると、シャドウが目にもとまらないような速度で駆けだして彼の首を咥えて持ち上げる。一気に大人しくなったリオルを私の目の前まで持って行くと、ゆっくりと下ろして渡してくれた。
「ありがとう、シャドウ。ほら、外に行こうとしちゃだめだからね?」
そう優しく諭してリオルの体を撫でてあげると、リオルも逃げることは出来ないと悟ったのか落ち着きを取り戻すも、寂しそうに俯き気味だ。結局、泣き疲れて眠ってしまうまでの間、ずっと落ち着かずにきゅんきゅんと鳴き声を上げていた。途中でくるくると匂いを嗅ぎまわっていたので、すぐさまボールに入れて、その中でトイレを済ませる。ボールの中には糞尿を自動で処理してくれるスペースがあり(らしい)、リオルは一応ボールの中にいればそのスペースでトイレを済ませるのだが、自分からボールの中に入ることはまだ覚えていないらしい。とりあえず、今回は上手くボールの中でおしっこを出来たので、あとで餌をあげて目一杯褒めてあげなければ。
せっかくボールに入れても、寂しいのかリオルはボールの外に出てしまい、何度も母親を求めて泣き叫ぶ。結果翌朝は体の疲れは取れていても、寝不足で眠くなってしまい、この日は早めに泊まれる場所を見つけて、早めに眠りにつくのであった。