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夜、暖炉の中でヒードランがお湯を沸かしマシュマロを炙り、部屋の片隅ではリザードンが尻尾を丸めてのんびりしている部屋。鋼タイプのジムだというのに、鍛冶屋であるせいか炎タイプのポケモンも多く、冬は暖房代わりのようである。
二匹のポケモンのおかげでとても暖かな室内にて、私達はウドさんの奥さんが提供してくれた温かい食事にありつくことが出来た。食事の最中、私の身の上話を聞かせると、ウドさんはうんうんと頷きながら感心して聞いてくれる。
「泣けるねぇ……いや、本当に泣けるよ。ジムリーダーやってると、ロクでもないトレーナーにもたまに出会うし、そういう奴は将来結婚出来るのかなー? とかって心配になったりもしたけれど、そうかそうか……君もそういうろくでもないトレーナーと結婚させられそうなんだなぁ。そのせいで人間との結婚が出来ないかもしれないのか……」
「そうなりますね。有能なのに、この年になっても嫁の貰い手がいないというのはそういう事なのでしょう」
パルムは、別に女性に興味がないとかそういうわけでもないようだし、ね。
「そうなると、相手の男は恋人が出来なければ許嫁を取ってしまえばいいって事か、悪い男だねぇ。あんたみたいないい子がそんなろくでもない男の嫁にされたらかわいそうだよ」
ウドさんは、何だか私の事を大きく買ってくれる。私は私自身、そんなに優れた人間だとは思わないけれどなぁ。
「えぇ、私もあの男は嫌ですが……でも、父親の言う事も分かります。村の経済は父が向上させたので、今の村の豊かな暮らしは父親のおかげなんです。ですから、その後を継ぐ者が必要なのは分かるけれど……それを、そんな外れクジのような男ではなく、私が後を継げればって考えていて。それで私は、こうして旅をすることで父親に認めてもらいたいんです。私は逞しい女であるってことを。それでもって、旅の間に外国からの観光客に話しかけまくって外国語の勉強もしているんです」
「ほー、外国語の勉強か。すごいねー……いやさ、俺もね、外国語の勉強してるんだよ。だってさ、相手がポケモンに指示を出した時に、俺も反射的に何か指示を出さなきゃいけないじゃない? 例えば、相手が火炎放射をして来たらこうしようとか、地震をして来たらこうしようとか……でも、言語が違うとそういうのに困るんだよ! 相手が何を言っているか分からないから反射的に動けなくって、外国人相手には勝率が落ちたなぁ……」
「ジムリーダーって大変なんですね。私も観光客と何度も戦っていますけれど、Hado-danとかTsuzigiriとか、そんな技が何を意味するのか分からなくって戸惑いましたね。」
「そうそう。とにかく技名とポケモンの名前だけでも覚えておかないと、本当に苦労するの。特に観光客が中級者くらいまでならまだ対応も出来るけれど、上級者で、なおかつあっちだけ英語が分かるとかいう悪夢のような状況になったら、負けるね、負ける。だからね、ここだけの話、チャンピオンって結構何か国語も出来る奴が多いんだよ。ウチの地方のチャンピオン、クシアさんはポケモン博士も兼業しているけれど、国際的な場で発言することも多いからって、母国語含めて4か国語喋られるんだって。すごいよねー、クシアさんは。
ホウエンのダイゴさんも大企業の御曹司だけあって英才教育の賜物なんだね、他にもカントーのグリーンさんも三か国語喋られるっていうし、もう頭が良く無きゃ強くなれないんだってひしひしと伝わってくる。だからデボラちゃん! 頑張れよ! マジで頑張って言語を習得するんだよ」
「いやまぁ、そうするつもりですけれど、それが終着点ではないんですけれどね……っていうか、私ジムリーダーにはならないからそんなことはどうでもいいですってば」
いつの間にかウドさんの中で手段が目的にすり替わっており、私は苦笑する。
「やーねー、あなたったら。お嬢さんにそんなこと言われちゃってますよ。貴方は話しているうちにすぐに話題が変わっちゃうんだから」
ウドの奥さんも笑っている。ウドさんは少しお酒が入っているし、興奮していて論点がずれてしまったということにしよう。
「ねえ、お姉さんはそのパルムって人をいい子にしてあげられるようにしようって思わないの?」
一通りの話を終えた時、ウドさんの娘が問いかける。
「いい子に? やだ、もう相手は大人よ」
そう、大人の性格なんてそう簡単には変わらない。年上すぎるのは我慢できても、性格までは流石に……ため息をつきたくなるが、客として招かれている手前、ため息をつくのは止めておこう
「えー、でもお母さんはお父さんをビシバシしつけてあげたって言ってるよー?」
「ちょ、マイ! おまえなぁ、そういう事を教えたら父さんが恥ずかしいだろうが!」
子供の無邪気な言葉に、ウドさんは恥ずかしそうに子供を責める。思わず笑顔になってしまいそうなそのやり取りに、私はふっと神から啓示が下りて来たような、目からうろこが落ちたような気分になる。
そうか、ビシバシと躾してやればいいんだ。私は『結婚しなさい』とは命じられたけれど、『パルムに従いなさい』とは命じられていないのだ。たとえ命じられても、そこまでしてやる義務はあるまい。もしもウィル君と結婚できなくとも……私は徹底的にパルムを教育しよう。例えウィル君と結婚できなくとも、それでも私を幸せにしようと精一杯頑張ってくれるならばそれでいいんだ。。
けれど、『もしも私の幸せをないがしろにするならば、徹底的に叩きのめす』。それが私のするべきことなのだ。そう、トリカさんも言っていたではないか。理不尽な行いには理不尽な行いで返してもいいと。私は、毒のある女になるべきなんだ。