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翌日、私達は改めてハッサムとローブシンをお互いに返し、道を別れてグレトシティへと戻る。その道中、二人は学習装置の恩恵にあずかりながらポケモンを鍛えていく。今度は南寄りのルートを行き、街も店もしばらくないようななだらかな山道を歩く。クソが付くほどど田舎の山越えルートは、土地を安く自由に使えることを活かしてのびのびと牧畜をしている家がポツリポツリとあるくらいだ。家畜たちは元気いっぱい……と言うべきなのだろうか。石を積んで作った柵なんてお構いなしに飛び越えて草を食べに行く子もいるが、野生のポケモンに喰われていなければ夜には戻ってくるのだという。
そんなわけで家畜に注意の看板もあるのだが……ゴローン注意の看板まであるのが怖い。ゴローンが転がって自動車の横っ腹をぶち抜いて、エンジンがやられて立往生というのは数年に一回は起きることらしい。本当かいな?
今回ここに来たのは、このなだらかな山脈にはかつて鉛の原料となる鉱山があったのだが、そこにはレジロックが出没していたのだという。今でも時折目撃談があったりするので、運が良ければ会えるだろうかと考えていたが……どうやらそんな偶然も起こらずに山を超えることになりそうだ。道中にある村の住民が言うには、子供を怖がらせるためのお話としてレジロックを利用しているので、その影響だろうという事らしい。なんでもここら辺の村では、『悪い事をするとレジロックがお前の体を自分の体にくっつけて一部にしちゃうぞ』と脅すらしい。
実際に目撃証言があるのはでっち上げか、もしくはゾロアークあたりのポケモンがイタズラしたのではないかという。実際、このルートではレジロックの目撃情報が多いのだが、伝説のポケモンはつかず離れずの距離でこちらを伺い、その隙にゾロアやらエテボースやらのポケモンが人間の持ち物を奪うという事件が必ずセットで伝えられるのだ。
それは確実にゾロアークが絡んでいるのだろうと悟った私達は、レジロックはいないのだと諦めることにした。
私達は適度に休憩を取りながら山を歩く。吹雪くことはないものの雪も降っているし、山道ということで体力の消耗も多いので、今回は荷物持ちをトワイライトに頑張ってもらうことにした。自分達は持ってきた服を出来る限り着こんで暑いくらいに防寒対策をし、折り畳み式のテントがあるとはいえ、寒さは厳しいのでなるべく野宿なんてことにならないように、集落が見つかった時はなるべく早めに休む場所を決めた。
山の中にあるキャンプ場へとたどり着いた際は、そこで知り合った団体さんと、メェークルの肉と野菜たっぷりのリトニッシュシチューを作ってお腹がいっぱいになるまで食べた。歩き通しで体は熱いくらいだったが、四肢や顔は冷え切っていたため。暖房の効いた部屋で熱くなった器を囲んで食事をすると、生きた心地のしない道中の疲れが一気に抜けていくようだった。
レジロックの噂なんぞに踊らされて、二度と来るまいと思っていたが、こういう交流が出来るならばまた来てみるのもいいかな、とひそかに思うのだが……
「あー、すごく気持ちいいし楽しいけれど、もう二度とこんな寒いところを長い時間歩きたくない……」
アンジェラとしてはマイナスの方が大きいようだ。
「はは、私も二度とこんな過酷なのは結構だけれど、こういう交流は楽しくてくせになりそうだよ……」
「ソーナノ、デボラは旅に向いているよ……いいじゃん、貴方の将来。ウイスキーを売るために世界中飛び回るかもしれないんでしょう? いいじゃん、本当に向いてるよ……すっごく」
疲れているせいかちょっと投げやりな調子のアンジェラは、二段ベッドの上の段で天井を見上げながら私に言う。
「確かに、なんというか性にあっている気がするんだよね。あの島でウィル君と一緒に専業主婦を目指して生活していた時も楽しかったけれど、少し退屈なところもあったから……なんだろうな。私、兄さんが死ぬまで、全く生産性のない暮らしをしていたって思い知るよ。いや、料理の勉強くらいはしていたけれど、それだって大したことないしね。
今の生活も、特に生産性があるわけじゃないけれど。この旅で得た経験を将来に活かせるのならば、父さんみたいに村の皆の役に立てると思うし」
「まだこの旅の経験を活かせるかどうかわからないけれどね。『女性は家にいろ』なんてのは古い価値観だよ。デボラの家はうちの村でも結構偉いというか、格式の高い家かもしれないけれど、悪い伝統や役に立たない伝統なんて続ける必要はないよ。語学が出来ないことにはどうしようもないけれど、それがどうにかなったならデボラは絶対に父さんの仕事を自分で積むべきだって思う。
この旅を楽しめるってのは、才能なんだから。いろんな場所で、変化に満ちた生活が苦痛じゃないってのはきっと才能だから。その才能を活かして、リテン地方だけじゃない、世界に羽ばたくべきなんだよ」
「うん……ありがとう。はぁ、このルート、流石に日本人がいないから話しかけて日本語の勉強って言うのは無理そうだね……これはこれで楽しいけれど、この旅のもう一つの目的を見失わないようにしなきゃ」
「勉強熱心だね……私なんて日本語は挨拶くらいしか分からないって言うのに。あー、でも努力の対価とはいえ、羨ましいな。いずれ日本語のアニメとかゲーム、そのまま原語で見れちゃうわけでしょ? 駄洒落や言葉遊びとか、翻訳されたものでは分からないような表現をそのまま楽しめるって、すごく楽しそう。努力すれば私にも覚えられるかもしれないけれど、その努力が私には出来ないから……努力するっていうのも才能だよね、努力していない私が羨ましいとは思わないけれどさ」
「努力しないと覚えられないからね。大変だけれど、それに見合うだけの成果ってことなのかな? アンジェラは何か第二言語を覚えるつもりはないの?」
「うーん、学校で習うカロス語だけでいいかなぁ。結局、世の中の大多数の作品は英語なわけだしさぁ」
「そっかぁ、私に本の作品で盛り上がれるような人がいて欲しいけれど……うーん、仕方ないか。無理強いは出来ないし」
「翻訳版があれば私でも読めるよ」
アンジェラは苦笑していた。ま、それが無難だね。
「ジムの再戦、ポケモンは順調にレベル上がってるけれど、勝てるかな?」
「何、心配してるの? 別にジムに勝てないからって、それで旅が終わるわけでもあるまいし、気楽に行こうよ」
「いや、デボラの足を引っ張ってしまいそうで……」
気弱なアンジェラの声で、そういう事かと私も気付く。
「気にしなさんな。健康に良くないよ? メインの目的は、ウィル君と結婚するための布石だけれど、でもあなたとの思い出作りって目的も嘘じゃないんだから」
「でも、その思い出が私のせいで台無しになっちゃったらって思うとさ……」
「だからそれが気にしすぎなんだって」
そう、そんなに気にするべきことじゃない。一年の旅を無事に終わらせられるなら、きっとどこへ行ったって大丈夫だと父親も納得するだろう。ジムバッジも一つの目安となるだろうが、それはあくまで目安なのだから。