16
食事と後片付けを終えて、私達は芝生の上で、まったりと過ごしていた。上下関係をポケモンに教え込む都合上、ポケモンに食事を与えるのは私達が食事を終えた後だ。そのため、後片付けが終わったら、そこでやっとポケモンに餌を与える時間である。こう言った育て方の関係上、サザンドラなどは主人に腹を立てて喰らい殺すこともあるそうで、狂暴なポケモンを飼育する際は身を守るための従順で大人しいポケモンも育てておくことだ、というのがウィル君からの注意である。
私はサザンドラを育てるつもりはないが、そう言う注意点があると聞けば、サザンドラは一生育てないようにしようと思ったものである。目の前にいる少年も育て屋なので、そういうものなのかと尋ねてみるが……。
「確かに、家でも俺達の食事が住んだ後に餌を上げるのが原則だな。食事の匂いをぷんぷんさせていると、『俺達は後回しなんだな』って言うのを理解しているみたいだぜ? でも、うちじゃサザンドラは扱ったことがないから、具体的なことは分からないなぁ。リザードンとかならいくらでもあるけれど、あれで温厚なポケモンだからそんなことはやらないし……
基本さ、ウチの育て屋は建物を警備するポケモンや、人や物の輸送・移動を警護するポケモンを育てて売ることで儲けているから。だから、狂暴なポケモンとかよりも、従順で集団行動が得意なポケモンの方がいい。警備のメインがルカリオ、ガブリアス、クロバットとか、暗所、閉所での戦いを得意とするポケモンで、警護のメインがルカリオ、サーナイト、バリヤードあたりで、危険察知や逃げに特化したポケモンとか……どれも、狂暴とは程遠いな。
あと、一応強豪トレーナーのポケモンや、ポケモン博士が少年少女に渡すポケモンの繁殖なんかも承っているけれど、バンギラスとかサザンドラみたいなポケモンはまだ受けたことがないね。少なくとも俺が物心ついた時は、だから何とも言えないけれど」
「最初に渡すポケモンだから、リザードンは扱ったことがあるのね? ってことはフシギバナも?」
「そういうこと。この前見せたカメックスも、同じくだ。あと、ちょっとした依頼で四天王の手持ちに親父が調教を施したことがあったな。ピクシートガブリアスに警備のノウハウを仕込んでたりとか。俺の親父はスゲーんだ。俺はもっとすごくなる予定だがな」
私が問うと、ドワイトは自慢げに言う。
「じゃ、とりあえず俺もポケモンに餌あげるかなぁ。今日はいっぱい戦ってもらったし、お腹すいてるだろうし」
「そうねー。ハッサムには頑張ってもらったからしっかり労ってあげなきゃ」
「お前俺のポケモンあんまりこき使わないでくれよ……?」
「無茶はさせてないから大丈夫」
そう言えば、アンジェラはハッサムを何度かバトルに出していたことを思いだす。ハッサムは進化した体に若干戸惑いがちだったが、ラーラやタフガイとじゃれ合っているうちに体にも慣れて、午後になるころには立派に戦っていた。
覚えている技もそれなりに良い構成で、剣の舞、バレットパンチ、虫食い、つばめがえしと隙のない構成(というか、調べたらテンプレと呼ばれるくらいの構成だそうだ)であるため、地元のトレーナーと戦っても連戦連勝である。育て屋は誰の指示でも動けるように育てる必要があるとは言うが、その点に関してもドワイトの腕が伺える。
「さあさ、出ておいで」
「みんな、出て来なさい」
「よし、お前ら餌だぞ!」
私とアンジェラとドワイトはポケモンを繰り出す。ドワイトのポケモンはカメックス、ガバイト、アンジェラから預かっているローブシン、タブンネ、クロバットと、割とバランスのよい構成となっている。タフガイは本来の主の下へと戻り、ハッサムもそれに倣った。
そう言えば先ほど、タブンネのレベルが六〇を超えていたと言っていたのを思い出す。このタブンネのレベルはどれくらいなのかと、ライブキャスターでスキャンしてみると、なんと六九レベル。
「うわすっごい強い」
驚いて声を上げている最中、シャドウは私の足元にすり寄っていたのだが、私がライブキャスターを弄っていて構ってもらえないことに拗ねたのだろうか。諦めたようにドワイトの下に近寄って行って、飛び付こうとする。
「近寄るんじゃねぇ!!」
と、そこで大声を張り上げられ、思わずシャドウはしり込みした。おどおどしながらお座りする様は、今まで見たこともないような彼女の仕草だ。
「なに、どうしたの?」
「俺は陸上グループのポケモンの多くにアレルギーがあるんだ。アーボックとかは大丈夫なんだが……育て屋としちゃ致命的なんだが、そういうことだ……っていうか、そいつ育て屋が育てたポケモンだろ? 躾をきちんとしておけって言って来い! 下手するとブツブツが出て、咳が止らなくなるんだぞ?」
ドワイトは口が悪いところはあったが、別に怒ったりすることはなかっただけに、今回の\大声を張り上げられたことは驚きだ。けれど、言っていることは至極もっともで、反省するべき点だった。
「ごめんなさい……アレルギーの事とか、全然考えてなかった」
「いや、俺も大声出して悪かったけれど……タブンネも、危なくなった時のためにって、今回の旅について着てもらったポケモンだこれまでも旅の途中にポケモンに飛び付かれてお世話になったことがあるから……本当に死活問題だから、全部のポケモンに同じ躾しておけよ? 不定形アレルギーも妖精アレルギーもいるんだから」
ドワイトは早口でまくしたてた。私は反論の余地もなく、黙って説教に耳を傾けた。こればっかりは全面的に自分が悪いから仕方がない、か。
「今回は触れられる前で良かったよ」
ため息交じりに言って、ドワイトは自分のポケモン達に餌を与え始める。私は戸惑っているシャドウを宥めて、餌を上げ始めた。
その後、しばらくは悪い雰囲気がその場を支配していたが、アンジェラがドワイトに自分のポケモンを見てもらうことで、彼は人が変わったように饒舌となる。生き生きとした様子ラーラやタフガイの改善点を語り、そのためのトレーニングのメニューまで考えるなど、と手も年下とは信じられないほどの振る舞いを見せた。
ウィル君も自分が育てているポケモンに対してのレポートは驚くほどびっしりとつけていて、手持ち全員でノート一冊などとけち臭いことは言わず、一匹に対してノート一冊だったから、優れた育て屋というのはそういうものなのかもしれない。
アンジェラに指導している最中の気分が良さそうな時に乗じて先ほどの事を改めて詫びると、今度は『次から気を付ければいいから』と、それだけ言って許してくれる。どうやら、シャドウの躾についてはまじめに考えなくてはいけないようだ。