2:アンジェラとの二人旅
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 アンジェラのドテッコツ、タフガイとドワイトのストライク、アビゲイルが中に入ったボールをそれぞれの端末にセットし、交換を始める。これにより持ち主の変更手続きが行われ、お互いの所有権は入れ替わる。
 とはいえ、それは一時的なものだ。連続で刺激を与えすぎると体に悪いことや、同じポケモンの交換には回数の制限があるため、今日一日はお互いの手持ちのまま過ごすことになる。
 タフガイはローブシンに進化し、アビゲイルはハッサムに進化し。一回り以上大きくなったそれぞれの手持ちは、一時的に新しい主のもとで過ごすことになる。そのため今日は、旅立つのを止めにしてサンダーランドへの滞在期間を一日延ばすことになった。
 その日は、一日街へ滞在するため日中暇なので、観光客を相手に野良試合を繰り返して路銀を稼ぐ。そこで初めてドワイトのバトルぶりを観察したが、ポケモンを見る眼が私達とは違う。他の事が何も目に入っていないんじゃないかというくらいに彼は眼を見開き、何か気づいたことがあれば即座にレポートに記す。勝っても負けてもすぐにどこかへ行って、手持ちのポケモンへの指導をする。
 挨拶もまともに出来ないというのは非常にマナーが悪いとは思うが、それだけポケモンに熱意を向けているのだ、あの年齢の割にものすごいポケモンを抱えているわけである。

 強豪トレーナーに負けたことはあっても、しかし滅多なことでは負けはしないし、レベルが高い相手にも指示の差、読みの差で勝っているときすらある。私は、自分にポケモンを育てる才能が特別あるとは思っていないが、しかしこのドワイトという少年には勝てる気がまるでしない。
 こういう人が上に行くのだろうと、納得できる強さであった。

 夜になって、私達は宿代を節約するため、街の空き地にテントを一夜を張って過ごすことにした。眠る前の腹ごしらえに、テントの近くでたき火をして料理をする。品は折ったパスタをフライパンでゆでて、それにアボカドとエビ、バジルとニンニクをオリーブオイルで炒めて塩コショウで味付けする料理である。料理の正式な名称は知らない。
 しかしながら、今日は二人分ではなく三人分の量を作っている。これまでドワイトと戦ってきた勝負で、結果だけ見れば私達の勝ちは勝ちなのだが、やはり自分達も半ば反則技のようなものだという自覚はあったし、それが負い目でもあったため、今日くらいはと私達はドワイトを招いて食事会にする。昼、ポケモンを交換する際に連絡先を交換しておいたのが早速役に立ったわけだ。
「何だこの木の実? 見たことねーぞ」
「森のバターって呼ばれる、栄養価の高い木の実だよ。美味しいから期待しててよ」
 ドワイトは、アボカドを見たことがないらしい。あまり買い物に行ったり、漁売りをしたりしないのだろうか、サラダやパスタ、SUSHIやトーストの上に塗るソース、何に出も使える万能の食材なのに、その魅力が分かっていないのならば教えてあげねば。
「いや、ドワイト。デボラの将来の夢はね、昔は最高のお嫁さんになることだったからね。だから、料理やらせたらかなりの腕前なんだよ。旅の最中はあんまり料理できなかったから、久しぶりに食べるけれど楽しみだよ」
「おいおい、料理が上手いのはいいけれど、今時お嫁さんとか……今は夫婦で共働きで支え合って行く時代だろー?」
 パスタがゆで上がるのを待ちながら、私は大皿の上に具材をぶちまけ、パスタに掛けるソースを作る。流石にフライパンだけでは不便だったために購入した小さな鍋では、乾燥させたガーリックにばかりの水分で戻したものは、オリーブオイルで炒めて香りを出す。それがいい具合に色づいてきたら、今度は塩コショウと乾燥したバジルなどの調味料、スプーンですくったアボカド、混ぜ合わせる。
 ガーリックに色がついてきたら、摘んできたハーブや缶詰の中身を投入してソースを温めるのだ。
 調理器具が不十分な旅の最中であるため、いつもはここまでしないのだけれど、今日は客人もいるし、少しだけ豪華にしている。
「いやまぁ、婚約者の実家がね、育て屋だったのよ。だから、もちろん仕事の手伝いはするし、それで十分収入が足りる見込みはあったから……でも今は、色々あって婚約破棄になっちゃったけれどね」
「ふーん。ってことは、その育て屋とやらが、アブソルやドリュウズを育てた奴だってわけか? 何歳だか知らないが、中々……やるじゃねえか」
「まーね、一歳半でここまでの強さ間で育てられる育て屋さんは、結構な値が張るって彼も言ってたし」
 ドワイトは、あまり自分より優れた相手を認めたくはないのだろうけれど、それでも自分に嘘はつけないらしい。『中々』と誤魔化しているものの、内心ではラルとシャドウの年齢を聞いて驚いているようだ。 
「そういえば、ドワイト君も実家が育て屋なんだっけ? お父さんだかお母さんだか知らないけれど、強いの?」
「強いぞ。俺が知ってる限りじゃ、育て屋としての実力で、親父に勝てる奴はいねーぞ。ポケモントレーナーとしての実力だったら、他に上の奴がいるし、父さん自身、強さ以外の要素で考えれば絶対に勝てない育て屋ってのがいないわけじゃないんだけれどよ。でも、育て屋の実力は本物だ。
 だからこそなんだ、他人に育ててもらったポケモンで偉そうな顔をする奴が許せねーんだ。俺の父さんのポケモンを犯罪に使った奴だっている……お前らは犯罪に使ったわけじゃねーけれど、あれはちょっと屈辱だったぜ」
「ご、ごめん……なんか、バトルへの誘い方が強引だったから、つい」
 確かに、他人のポケモンで勝って得意顔というのが、あまり気分が良くないというのは分からないでもないのだけれど。でも、私も態度の悪い人間に気遣ってあげるほど親切ではないのだ。
「だよねー。『俺と勝負しろ!』だもんね。『俺と勝負してくれませんか?』って、きちんと頼むのならばそれなりのポケモンで相手したかもしれないけれど……要は言い方? ドワイトさぁ、ちょっと口の悪さを治した方がいいと思うよ」
 それはアンジェラも同じようで、彼女も態度がここまで悪く無ければ、年下相手にまでラルを繰り出すような真似はしなかっただろう。
「……じゃあ、何かお前ら? 俺の態度が良かったら、自分で育てたポケモンで相手したかもってことか?」
「まぁ、一応印象が良ければ大人げない手段も使わなかったなぁとは思うよ?」
 アンジェラが言うと、ドワイトはバツが悪そうに顔をしかめた。
「親にも、もう少し謙虚でいろって言われたよ。俺、学校じゃ一番強いってのによ……自慢しちゃいけねーのかよ」
「うーん……弱い犬程良く吠えるって言うし。逆に自慢してると弱く見えるというか……」
「小物臭がするよね。ポケモンは幼い割に良く育っているし、実力は少なくとも私なんかよりもよっぽど高いとは思うんだけれど、それなのに何か馬鹿にされるって、少し損な気分じゃない?」
 アンジェラも私も、ドワイトに掛ける言葉は辛辣であった。

Ring ( 2016/08/01(月) 00:13 )