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翌日からのグレトシティへの旅の途中に、私は初めての月経をむかえた。突然の腹痛から、まるで漏らしてしまったかのような液体の感覚。普段感じることなんてありえなかった場所から液体が伝って行く強烈な出来事に私は狼狽える。もうとっくに初潮をむかえていたらしいアンジェラは苦笑しながらも色々と教えてくれた。実は旅に出る前に母さんがきちんと生理用品を持たせてくれていたが、本当に有難い。やれやれ、これからは月一で、こんな風にお腹の中で膝小僧をスリムいたような痛みと戦わなければならないと思うと、すごく憂鬱になる。けれどその反面で、私はもう体は大人になっているのだとわかる。ウィル君はもう……精通してるのだろうか?
さすがに生理が来たことや、ウィル君のそんなことに関する疑問はテレビ電話どころか面と向かってさえ話す気にもならないので口をつぐむが、自分の体が大人になって行くのを感じるとともに、パルムの存在がより重くのしかかる。体が大人になったという事は、パルムともいずれ大人の行為をしなければいけないというわけだ。
旅の最中に道すがらに捨てられたポルノ雑誌を見て、二人で下品に盛り上がりながらよからぬ想像を巡らせることもあるが、そこにパルムと自分を当てはめるのは、虫唾が走るくらいに嫌だった。反面、どんなページを開いても『男ってサイテー』みたいな反応をして楽しんでいたが、そこに自分とウィル君を当てはめて、顔がにやけてしまいそうになるのを堪えていたのは、アンジェラには一生秘密にしておこう。
「……ねぇ、アンジェラ。こう、生理の時に臭いを消す方法ってないの?」
「いや、人間はあんまり鼻が良く無いから気にしたこともなかったけれど……基本的に、ポケモンの嗅覚の前にはそういうの無駄よ?」
困ったことに、私の匂いがよほど気になるのだろうか、シャドウは私の股間の匂いを嗅ぎながらしきりに飛びついてくる。
『どうしたの? 調子悪いの? 困ってない? ほら、匂いがしていると獲物にばれるでしょ? 私が舐め取ってあげましょうか?』といわんばかりのその態度。確かに、血の匂いを振りまいていれば狩りの時には不利になるかもしれない。舐めようかと提案してくる彼女の態度は有難い事なのかもしれないけれど、しかし私は狩りなんてしないのだ。なんでこんないらんところで彼女は野生を発揮してしまうのか、迷惑なものである。
とりあえず、飛び付かれるたびに『待て』の指示を下す。待てが出来たら餌を上げる。それを繰り返して、シャドウに飛び付くのは止めて欲しいと伝えるしかないのだ。こっちは体調悪いってのに手間をかけさせる奴だ……。しかし、この人懐っこさ、可愛いのはいいけれど迷惑に思う日Þもいるだろうし、早めに躾を進めておかないと不味いかもしれないなぁ。
そんな嬉しく無い初体験や寄り道も挟みつつ二週間でたどり着いたグレトシティは、かつては駆け落ちの名所として知られた場所である。二百年以上前の話ではあるが、かつてのサウスリテンでは男女が結婚するには良心の許可が必要で、それも二十一歳以上である必要があった。しかし、ノースリテンでは男子なら一四歳。女子なら一二歳以上の年齢で、親の許可なしに結婚することが出来、そのため駆け落ちしたカップルはノースリテンに入って最初の街。このグレトシティにて婚礼を上げるのである。
このグレトシティで有名なのは結金式((welding(溶接)と、wedding(結婚)をかけたシャレである))が行われる鍛冶屋である。教会ではなく鍛冶屋で結婚式を行うというと何だか変な感じだが、この街では割と平然とそれが行われているのだから驚きだ。鍛冶屋の一部は観光名所にもなっており、カップルを見守るヒードランの彫像がひときわ目を引くその施設では、当時の様子をうかがいしれるような絵画や資料が残されている。
色とりどりの花で彩られた記念撮影の場所もあり、ここで結婚式を挙げた新郎新婦やカップルなどが写真を撮って行くのである。私達は女二人の旅路なので、そこで写真を撮ることはないが(ないったらない)仲のよさげなカップルが記念撮影をしているのを見ると、すこしばかり羨ましくなる。
私もここで結婚式を挙げたいなぁと思いつつも、それが叶うのはいつになるだろうか。パルムとは、今見ているカップルのような素敵な笑顔は出来ないだろう。是が非でも、この旅で語学と身を守るためのスキルを身につけねば。
観光名所を一通り回り終えた私達は、この街のジムに挑む。この街のジムリーダーは現役の鍛冶屋であり、炎と鋼の熱きジムリーダーを自負している。そんな彼の手持ちなのだが、ジムリーダーとして戦う時は鋼タイプとその複合オンリーで固められているのだが、本気で挑むときはギルガルド、ヒードラン、メタグロス、トリデプスなど強力な鋼タイプのポケモンを繰り出すだけじゃなく、酸素を送り込み炎の勢いを上げるスピンロトムやら、金属を冷やすのに水が必要だという理由でミロカロス。さらには強力な炎が必要ということでリザードン(しかもYにメガシンカする)を備えるなど、鋼タイプのジムリーダーという称号自体にはあまり興味がない事が伺える編成だ。
ジムリーダーだけあって、流石に弱点タイプへの対策もばっちりで、ハガネールはストーンエッジと地震で炎対策。ルカリオはサイコキネシス、水の波導、ストーンエッジと弱点に対して徹底的な対策をとっている。切り札である進化の輝石を持たせたニダンギルは岩雪崩で攻撃を繰り出してくる。
私もそのニダンギルには、苦戦……と、言いたいところだが、その前に素早さで優るトワイライトの催眠術により眠らされて、一方的に焼き溶かされていた。催眠術と言えば、たとえ格下相手でも外れるリスクは低くない技だが、ニダンギルがノーガードの特性なのが悪いのだ、うん。切り札が一番簡単に倒せてしまったのは少々心苦しかった。
そしてアンジェラはというと、二週間の道のりの間に、手持ちに新しく雌のカエンジシを加え、三匹編成となっている。タフガイはハガネールの非常に硬い体に苦戦し、続くルカリオ相手にサイコキネシスで叩きのめされる。カエンジシのラーラはルカリオの波導弾を一撃耐えて火炎放射を見舞うも、続く追撃の前にあえなく沈んでしまった。
「はぁ……急ぎすぎかなぁ、私」
ジム戦を終えて戻って来たアンジェラは、ジム横にある小さなベンチに座りながらため息をついた。
「うんうん、そりゃまぁ寄り道はしたけれど、基本的に鍛えるのもあんまりしていないからね、仕方ないよ。それでどうするの? この街にも観光客はたくさんいるし、野生のポケモンだっているしさ。鍛えるためにしばらくポケモンバトルに集中するのもいいんじゃない?」
しょげるアンジェラに私は提案する。
「そうだねぇ……一度ウィルに進められたサンダーランドに行ってみるかぁ……」
「そうだね、それもいいかも。別にジムを八ヶ所制覇するのだって旅の必須条件じゃないしさ。ゆっくりやって行けばいいんだよ」
今は、とりあえず急ぐほどの事でもないので、私はアンジェラの案を尊重する。
「それもそうなんだけれどさ。あー……ちょっとデボラを待たせるのは心苦しいなぁ。もし待つのが辛かったら置いていってもいいんだからね……」
「いやそれは流石に不味いでしょ? やっぱり二人で足並みそろえて行きたいしさ。なに、道草食うのだって楽しいんだから頑張ろうよ。元気出して」
「うん……とにかく、鍛えなきゃ鍛えられないわけだしね」
アンジェラは、私だけジムをクリアしたことが少なからずショックな様子。私のポケモンはエリンもトワイライトも二歳以上の年齢で、育てる期間がずっと長かったのだから仕方ない。二年間以上ずっと鍛えてきたわけではないし、ウィル君ほど徹底的に鍛えたわけじゃないから中途半端なレベルではあるが、それでもバッジ五つか六つくらいのレベルまでなら突破できるはずである。
そうだ、次の目的地であるサンダーランドはエレクトロニクスの聖地である。学習装置を使えば、観戦しているだけでも疑似的な経験が得られるからポケモンの成長をかなり早めると聞いている。それの入手を目当てにしてみるのもいいかもしれない。