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夜、私は久しぶりにウィル君と長く話す時間を取ることが出来た。今はどうも両親がゴーゴートの出産にかかりきりらしい。
「ねーねー……ウィル君さぁ。どうしてシャドウに舐める癖を治すような躾をしておかなかったの?」
ジム制覇の報告をするべくポケモンセンターのテレビ電話で通話をしたのだが、出しっぱなしにしていたシャドウは尻尾をぶんぶんと振ってじゃれついてくる。それだけならばいいのだが、かつての主人であるウィルの姿が画面に映れば、それにまでペロペロと舌を這わせる始末である。今までシャドウを出しっぱなしにして電話をしたことがなかったのだが、ジム制覇ということで今の手持ちを全員出して報告……なんてしゃれた事をしようと思ったのが間違いだったようだ。彼女がぶんぶんと振っている尻尾が体に当たって痛い。
「ごめん、俺ポケモンに舐められるのが好きで……特に耳とか」
「私が舐めてやるからそれで満足しなさい! もう、可愛いけれど、ここまでべとべとで、なおかつテレビ電話の画面まで舐めるくらいの重症だとさぁ……」
「いやははは、ごめんごめん。でも人間ので満足できるかな……あぁ、そうだ。舐めるのがうざったい時は、舐めても反応せずに無視することだよ。ほっぺた引っ張ったり顔を押しのけたりしようとすると、遊んでもらってるのかと勘違いしてより顔を押し付けて舐めようとしてくれる子もいるし。でも、一応『待て』の指示で舐めるのを止めるように調教しているから、それでダメだったらまた連絡してよ」
「そういうことは早く言ってよ……」
こうして話しているうちでも、シャドウは未だに疲れることなく画面を舐めている。画面越しに舐めても何も反応がもらえないのだから無視しているのと同じようなもののはずなのだけれど……しかし、めげずに舐めているシャドウを見ていると、本当に無視が効果的なのかどうか疑わしい。まぁいい、無視するよりも有効な方法があるのならば、それを使うまでだ。
「待て!」
ぴたり。シャドウはお座りの姿勢でこちらを見る。
「……あのね、シャドウ。公共の者はあんまり舐めちゃだめだからね」
後で画面を拭いておこう。
「でも、みんな元気そうでよかった。どう、次のジムはクリア出来るかな?」
「うーん、私は行けると思うけれど、アンジェラの方はポケモンを育て始めるのが遅かったから、ドテッコツ一匹しかいないからなぁ。だから、ポケモンの種類を増やしたり、鍛え上げたりで時間かかりそうな感じ。でも、立ち止まるのも旅のうちだしね。私はゆっくりアンジェラと付き合おうと思ってるよ」
私はそう言ってウィルにウインクをして見せた。ウィルは黙って頷き、笑顔を向ける。言葉にはしなかったけれど、私達の絆はまだつながっている。そう、今はそれで十分じゃないか。寂しいけれど、それでもだ。ウィル君と添い遂げる道はまだ残されているはずだ。その時のために、私達は頑張ることをやめてはいけないんだ。
「ねー、私が弱いみたいに言うの止めてよー」
物思いにふけっていると、アンジェラが空気を読まずに割り込んでくる。いや、この場合は良かったというべきか。別にこの会話を常に監視されているというようなことはないだろうとしても、それでも沈黙が多いとそれを見られて何かを勘繰られたくもない。だが、アンジェラだけでなくシャドウまで空気を読んで私の顔を舐めにかかる。どうやら画面を舐めても無駄だと悟ったらしいが、やめてくれないだろうか……。
「私だって頑張っているんだしね、それに次のジムが鋼タイプだから、新たに炎タイプのポケモンをゲットする予定なんだからねー? なんでもジムリーダーはヒトツキ系統を使用してくるとかで、格闘タイプのタフガイじゃダメージ与えられないみたいでさぁ。炎タイプのポケモンをゲットしたら私はもっと強くなるんだから、見てなさいよ?」
「ラルは使わないの?」
「そりゃそうだよ。今の段階でラルを使えば勝てるのは当たり前じゃん? だけれど、それじゃジムに挑戦する意味がないし、せめてバッジ五つくらい手に入れるまではね……」
「そっか、確かにお守り代わりに渡したポケモンだからね、それに頼りすぎるよりかはそうしたほうがいいね。それで、何をゲットするの? 何かアドバイスして欲しい事とかあったら何でも聞いてね……あんまり発注を受けないポケモンだと分からないこともあるけれど、資料なら家にいくらでもあるから調べておく」
ウィルに尋ねられ、アンジェラが口を開く。
「ふふん、聞いて驚く……程の物でもないけれどさ。うーん、何でもグレトシティっていう国境の街に行くまでの間にシシコとかが出没するスポットがあるらしくってさ。運が良ければ野生のカエンジシにも出会えるかもしれないんだって。地面タイプも有効だから、どちらにするかは迷うところなんだけれどさ、でもやっぱりノースリテンの象徴のギャロップがデボラの手持ちのわけだから、私はサウスリテンの象徴のカエンジシが欲しくってさ」
アンジェラの言葉に、ウィル君は頷いた。
「なるほど、たしかに二頭揃って繰り出すと絵になるよね。そっかぁ、カエンジシかぁ……ギャロップはたくさん育ててきたけれど、カエンジシは育ててこなかったから、育て方勉強しようかな」
ウィルはそう言って笑う。彼も彼で非常に勉強熱心なのだと私は感心する。
「それで、グレトシティって言ったら……駆け落ちの名所のだよね。昔はノースリテンとサウスリテンで結婚に関する法律に大きな差があって、サウスリテンでは結婚できなかった男女がグレトシティまで逃げ込んで結婚したとか何とか。今はもう法律が変わったから駆け落ちのためにノースリテンにくる必要もなくなったけれど、そういう事が昔はあったらしいよ。いや、デボラと行きたかったよ」
「駆け落ちの名所? へぇ……そんなのあるんだ」
ウィルの言葉に反応しながら、アンジェラは私に振り返る。その時のいやらしい表情ったら、殴りたいとまでは言い過ぎかもしれないが、デコピンの一つくらいはしてやりたかった。
「いいねぇ、男女のそう言う話は好きだよ。ちょっとその名所ってのも調べてから行ってみるよ」
画面の方に向き直ってそう言ったアンジェラの顔は殴りたいほどにやけていたのだろう、画面に映ったウィルの顔が苦笑している。
「あとさ、サウスリテンには飛行タイプと水タイプのジムもあるでしょ? どの順番で挑むのか知らないけれど、サウスリテンの電気タイプのポケモンならば東海岸にサンダーランドっていう電気タイプの楽園があるから、良かったら行ってみるといいよ」
「りょうかーい。電気タイプかぁ。うーん、私エレキブルが欲しいなぁ」
「そこは普通ピカチュウとかじゃないの!?」
アンジェラの好みが良くわからない。私は苦笑する。