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ジムを後にした私達はファッションの聖地とも言うべきアウトレットモールへと繰り出し、服を見て回る。まぁ、こんな旅の最中に服を買ったところで、着て行くような場所もないのだが。ドレスコードのあるような高級レストランに行くわけでもあるまいし、お洒落な服装を見て回る意味はないし、家に送って旅を終えてから着ようにも、こんな旅の最中にも私達の体は成長しているのだから、せめて旅の終わりに買うべきである。
要するに、ここを回る意味なんてものは特にないのだけれど、長い子と着れそうなチラチーノ毛皮のコートとか、ジャロ革のベルトなど、お洒落な小物には思わず心が躍ってしまう。せめてハンドバッグの一つでも買って行きたいところだが、それも値段を見ると手が出ない。スマイル&スタイルなんて名前の付いた区画だけれど、ここはお金がなければスマイルにはなれなそうである。
「あー、もう……買えないよ」
「デボラの家はお金どれくらいくれたの?」
「一応、週ごとに振り込んでもらえるけれど……基本的には必要な時に申請して貰うから、最低限のお金しかもらえないんだよね」
「あー、それじゃやりくりも辛いね。私とおんなじ値段だし。なるべく節約して、なるべく野試合で稼いでお金を持たせないと、余計な買い物は出来ないや」
「うん……今までも積極的にバトルしてきたけれど、お金を持っていそうな人に狙い目付けるか……紳士的な人とか、お嬢様とか。こういう場所だし、お金持は多いでしょ」
金欠の辛さを思い知った私達は、お金こそ正義なのだと実感した話をしてこの悔しさを紛らわせる。外国人観光客なんてみんな裕福な人が多いのだから、巻き上げてもいいよね? 相手の実力が思ったよりも高くてピンチになることも多いが、そのたびにシャドウやラルが出動するので、騙しているような気分になるのが少々申し訳ないが。だが、そんな申し訳ない気分に浸っている暇はない、何故なら、勝つたびにシャドウを褒めてあげるのは当然として、その時に思いっきり、それはもうべとべとになるほどシャドウが私の顔を舐めて来るからである。
彼女にとっては、おやつがご褒美なのはもちろんとしても、顔を舐めることも立派なご褒美となっている。可愛いけれど、これはどうなのよ。
「おい、そこの二人! さっき戦っているのを見たぜ? 特に赤毛の女、バッジ二つの癖に随分強いポケモン連れてるじゃねぇか!」
お金もたくさん手に入ったし、芝生の敷き詰められた公園のベンチ残しかけて、そろそろ帰ろうかと話していた矢先。前に立ちはだかった少年から放たれるのは威勢のいい声。赤毛の女、というのは私の事だろう。私が気にしていること((赤毛の人間は体が弱いことも多く、そういった偏見を持たれるためコンプレックスの対象になりやすい))を大声で言いやがって……
「あらぁ、随分と可愛い子ね。何歳かしら? ママは?」
だけれど、その身長は私達よりも頭一つ分小さい。見るからに年下のようだ。私と同じくらいの色白だけれど、髪色は銀と表現するにふさわしい、つややかな灰色。その目の色は宝石のように美しい青色。私の地味な茶色と違って華がある。外見だけ見ればこそ、綺麗な美少年といえる。
「俺はもう一〇歳だ! ポケモンを持って旅に出てもいい年なんだよ! 馬鹿にするんじゃねえ! 俺の名前はドワイト=Y=マルコビッチ! いずれポケモン界の頂点に立つ男、ドワイトだ!」
「そっかー。頑張ってね。お姉さん応援してるよ」
アンジェラが腰を屈めながら笑顔で言う。
「なんだよその態度! 俺、同級生の中じゃかなり強いほうなんだ! 俺とバトルしろ!」
「……まぁ、いいけれど」
なんだかしつこそうなので、付き合ってあげよう。
「じゃあ、一対一のバトルで、負けたほうが賞金を払うってことでいいかしら?」
「いいぜ! 俺は一番強い奴を出すからな、お前も一番強い奴を出せよ!?」
「え、一番強い奴? いいけれど……」
「よし、バトルスタートだ!」
どうしよう、一番強い奴と言っても、常識的に考えるとトワイライトの事なんだろうけれど、言葉通りシャドウを出したほうがいいのだろうか……
「おい、早くしろよー!」
「あ、ごめん」
相手はカメックス。あ、これギャロップに勝てると踏んで出してる奴だ。炎タイプがくることが分かっていて水タイプを出すのはちょっと……よし、容赦しなくていいね。
「行きなさい、シャドウ!」
と、いうわけで私はシャドウを出す。
「アブソル!? くそ、そんな奴もいたのか……よーし、グレン! 熱湯だ!」
「シャドウ、辻斬り!」
広場で放たれた熱湯は、シャドウの体を狙って降りかかる。狙いは正確にシャドウを狙っていたものの、喰らったのはかすかな飛沫だけ。咆哮一つでシャドウは熱湯を飛散させてしまい、そうして出来た隙間を潜り抜けて相手に接近。命令違反にはなるが、彼は辻斬りなど必要とせず、相手の胴体を思い切り蹴飛ばして、曇り空を仰がせた。
腹の衝撃で起き上がることすらできないほど苦しいのだろう、シャドウは今度こそグレンという名前らしいカメックスの下に近寄り、黒光りする刃を喉元に押し当てる。
「……戦意喪失、みたいね」
カメックスは動くことなんて出来なかった。首を切られることが分かっていたら、反撃のしようもない。実力差は歴然だ。戦意がない事を読み取ったシャドウは、やれやれとばかりに首元から二歩身を引いた。
「な、な……俺のポケモン四五レベルなのに! なんでだ! お前のそのアブソル、おかしいだろ! グレン、お前大丈夫か?」
「あぁ、この子貰い物で。その……六〇レベル超えてるから……一番強い奴を出せって言われたけれど、これでいいんだよね……?」
しかし、四五レベル。トワイライトやエリンを見て勝負を挑むだけあってそこそこ強いし、それだけにせこい。
「なんだよー! 勝てる自信があったから勝負挑んだのによー! うわ、六三レベル!?」
ドワイトはライブキャスターのスキャナーでシャドウをスキャンしてそのレベルに驚愕する。そりゃ、バッジ二つの人間が持っていたら驚くか。
「っていうか、炎タイプに水タイプだして、勝てる自信って……それって微妙に情けなくない?」
悪態をつくドワイにアンジェラが優しく問う。
「う、うるせえやい! ちくしょー、貰い物のポケモンなんかで威張りやがって! 今度会った時は俺が勝つからな! 覚えてろよ!」
「えー……っと。ま、またねー」
忙しすぎてこちらの自己紹介もいいわけもさせてもらえなかった。色々言いたいこともあったのに、人の話を聞かない奴である。
と言うか、バッジがいくつかは知らないけれど、結構強いポケモンを手にしていたなぁ。十歳と言っていたし、まだポケモンを手にして一年も経っていないのだろう、ウィル君みたいに家の関係で小さい頃からポケモンに触れていた可能性もなくはないが、一応……将来が楽しみな子である。
「ねぇ、さっきの奴、逃げ足速いねー」
「いや本当。いったい何しに来たのやら……でも、元気なことはいい事だし、これからの成長に期待しよう」
「アンジェラ、全く期待してないでしょ……」
彼女の恐ろしく適当な物言いに、私はそう確信して苦笑する。