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翌日は、昨日の二倍近い距離を歩くことになる。そのため、昨日のうちに食料と水を買いこんでおいたが、これが結構重いのである。
「どうしよう、この荷物」
食料はドライフルーツと肉の缶詰だけだからまだいいが、水はたっぷり五リットル。雨具や替えの服なども満載した荷物は二〇キログラム以上あって背中に背負ったら肩が凝りそうだ。
「重いならポケモンに持たせればいいんじゃない? タフガイなら全く問題ないし、トワイライトだって荷物くらいは問題ないでしょ?」
「ギャロップの背中、大丈夫かなぁ……普段はあの炎は熱くないけれど、戦闘態勢に入ると一発で火傷するから……」
「そうならないように他のポケモンに戦闘を任せないといけないね。でも、タフガイなら荷物はそこそこ丁寧に扱ってくれるだろうし……最悪食料くらいなら放り棄てられても何とかなるしね」
「じゃあ、タフガイに荷物持ちを任せちゃう?」
「筋トレ好きだから問題ないっしょ」
こんな調子で、私達は二日目の旅路である、北へと歩み出した。
私達の旅は二日目も三日目も順調に進み、心配していた母親も徐々に第一声が『大丈夫か?』とか『寂しくないか』のような心配から、『今日はないか楽しいことがあったか?』のような質問へと切り替わって行く。父親は相変わらず、『怪我はしていないか?』だけだが。アンジェラは両親はもちろんのこと、兄達にも旅の話を聞かせており、遺跡や大きな教会を訪れたこと、雨が降って来たので徒歩での移動を中断して、二人でギャロップに跨り駆け抜けたこと。そんなことを楽しそうに話していた。
対する私だが……話を聞きたがるのは母親くらいだから、気分が悪い。父親は無事ならそれでいいし、出来るだけ早く帰ってきてもらいたいといったふうで、私が楽しんだり経験したことについては興味がない。パルムに至ってはそんな報告すら聞こうともしない。
ウィル君は、家にインターネットをひいて育て屋の業務に使用できるようになったとかで、これからはテレビ電話も自由に出来る……と、言いたいところだが、今は連絡をとりすぎては怪しまれる。一応、シャドウやラルの事があるから、その子達の近況報告という名目で電話を取り次いでもらうことはあるが、あんまり長話をしていてはまだ私とウィル君の関係が恋人という関係で続いていると勘ぐられそうだ。だから、詳しい話をする前に、ウィル君が受話器を置いてしまうのが悲しかった。
ともあれ、旅は続いていく。街から街までの距離に応じて、野宿が必要な時は食料や水も多めに確保し、歩き通しで野宿する必要がある時にはトワイライトの炎で暖を取りながら、時にはフライパンで真空パックされたハンバーグをお湯で温め食べたりもした。魚を釣ったらその場で焼いて食べるなど、初めての経験だ。トワイライトを火種にして、湿った木の枝ばかり落ちている森から薪を四苦八苦しながら調達したのも、もちろん初めての経験だ。
牧場に立ち寄って仕事を手伝いながら食事を貰ったり屋根も貸してもらったり。見知らぬ他人の家に泊めてもらうなんて体験はこんな機会でもなければありえないだろう、貴重な体験の連続であった。
森の多い国立公園を抜ていく最中は、寒い土地ゆえかマニューラやのような肉食獣の姿も時折みられるほか、オドシシなどが木立から顔をのぞかせている。途中、まだ夏も終わっていないというのに吹雪が吹き始めたが、それは子育て中のユキノオーが外敵との戦闘を避けるための威嚇行動なのだという。その外敵というのはメブキジカやオドシシと言ったいかにもな草食のポケモンのみならず、コバルオンのような(こいつもいかにもな草食だが)伝説のポケモンもユキノオー追い回すことがあるのだという。草食のポケモンにとっては背中の木の実がとてもおいしいのだとか。
ただ、伝説のポケモンは大人のユキノオーを狙うことはあっても、子育て中のユキノオーは決して狙ったりせず、個体数を減らさないように気遣っているという言い伝えがあるのだとか。それどころか、コバルオンは森にシキジカやオドシシが増えすぎたり、大規模な飢饉の前には、積極的にそれらを殺しにかかるという。かつてこのリテン地方に前代未聞の大雪に見舞われた際は、その前に返り血で赤く染まったコバルオンが人間の老人や大人を殺して回ったとする伝説もあり、その年は『餓死した人間』はおらず、死体がその辺に転がり、しかも雪のおかげで腐らないこともあってわざわざ森に踏み入って狩りをする必要もなかったそうだ。もちろん、おびただしい犠牲の上に起こったそれが、めでたい事であるはずもないが。
しかし、近代になってもこの地方が大飢饉に見舞われることはあったのだが(もちろん、人間は他の土地から食料を輸入したり、備蓄した食料を消費してしのいだおかげもあるが)やせ細り行き倒れるポケモンを見かけることはあっても、人間はもちろん草食のポケモンすら、コバルオンに殺された様子はなかったそうだ。
先にあげた伝説は、文字通りただの伝説で事実ではないのか。それとも、人間が食料を巡って引き起こした惨殺事件の罪をコバルオンに擦り付けたかではないかと言われている。
コバルオンは相変わらず森の中で目撃情報があるため、コバルオンがいなくなったというわけではないらしい。相当個体数が少ないために私達が見つけることは叶わなかったが、国立公園の中にある小さな集落では、コバルオンの体毛を見つけたら記念に持ち帰る者も多いらしく、今回の伝説を語ってくれた老人も針金のように固い真っ青な体毛をいつまでも額に飾ってとっておいているのであった。
触らせてもらうと、それは針金のように固く、先端を触るとチクチクとして痛い。こんなものが全身を覆っているなら、いかな牙も爪もその体に傷をつけることは叶わないだろう。体毛だけでも伝説のポケモンの威厳を感じさせる、そんな代物であった。
その匂いをシャドウに覚えさせて、探すことが出来ないか試してみる。シャドウは翌日鼻をひくつかせて周囲を探索したのだが、けっきょく収穫は体毛の一本すらも見つからずじまいだ。時間を無駄にしたけれど、色んな野生のポケモンとのバトルも出来たし、それで良しとしよう。