3
船上でポケモンバトルが出来るような豪華客船ではないので、数時間船に揺られている間はトレーナー同士おしゃべりしたり眠ったりする時間である。その道中で私は……
「ねぇ、シャドウ。いつになったら貴方は満足するのかしら?」
それはもう、シャドウに舐められ尽くしていた。薄い唾液を伸ばすようにして顔中舐められて、頬を引っ張って押しのけようにも全く意に介さず、前足を以って持ちあげても、首を限界まで前に出して舐めようとする。
非常に鬱陶しいこと仕方ないけれど、意外な効果もある。私は船に弱くて、本土へ渡るための船に乗る時はいつも船酔いしてしまうのだけれど、今回はシャドウのおかげで船酔いしなかったのは幸か不幸か……べとべとだけれど気分が悪くないのは嬉しいことだ。
ともあれ、私達は無事に本土への上陸を果たす。コンクリートの港は殺風景で、漁に出た漁船が多数止まっているということもなく、小さな売店兼事務所、待合室の建物と、大きな駐車場があるだけだ。ここら辺は本当に何もなく、数キロメートル離れたところに僅かな民家と農場があるくらいである。なんというか、ワクワクしない場所だなぁと思わずにはいられない。
観光客はここから出ているバスを利用して街まで行くのだろう、私達旅のトレーナーはここから北にある街まで歩き通しになるのである。
港のある場所は半島となっており、本土にたどり着いて最初に訪れることになるその目的の街は、半島の反対側にある。道なりに北へと進んでいくと、周りは森に囲まれてはいるものの、車道として整備されているので非常に歩きやすい。歩く間にも野生のポケモンが顔を出してはこちらを伺っており、草むらを歩いているわけでも無いのに挑みかかってくるジグザグマなどもいる。こういうポケモンは、人間に保護されることで安定した食事や安全の供給を求めているポケモンで、人間に掴まるということがどういう事かを良いほうに捉えているポケモンだという。『人間に掴まったら自由がなくなるぞ』と考えているポケモンもいれば『人間に掴まったらいい暮らしが出来るぞ』と考えるポケモンもいる。バトルに出させられることが幸福か不幸かは、価値観の問題だろう。
ただ、こちらとしてはすでにニャオニクスのエリン、ギャロップのトワイライト。そしてアブソルのシャドウと三つも手持ちの枠が埋まっている為、何でもかんでも捕まえるわけにはいかない。アンジェラはまだドテッコツのタフガイとドリュウズしか所持していないが彼女はどうするかというと。
「えっとじゃあラル! 私達の初戦闘、行くよ!」
アンジェラによりラルと名付けられたドリュウズは、今まで顔合わせや遊んだりとかはしたのだが、こうして戦闘を行うのは初めてだ。のお手並み拝見と言ったところらしい。とはいえそのドリュウズのレベルは59。野生のポケモンには少々酷である。案の定、ドリュウズが脅しのためにジグザグマの目の前の地面に巨大な爪を突き立てただけで、ジグザグマは恐れをなして逃げてしまう。
「わーお……速いし強い……」
ウィル君の育成能力の高さがうかがえる。アンジェラも驚いて気の利いたことは言えなかった。
結局、野生のポケモンではあまりに相手にならないので、ドリュウズとアブソルはお守りというべきか切り札というべきか、しばらくは使わずに進むべきだろう。下手すればラルやシャドウだけでジムバッジの8つ目をクリアできてしまうレベルだ、頼りすぎれば他の子が育たなくなってしまう。ジグザグマの他にもミミロップ、ナゾノクサなど様々なポケモンと出会いはしたが、それらはどちらのお眼鏡にもかなうことなく、エリンやタフガイによって追い払いながら私達は突き進んだ。
そうこうしているうちに、道の両側にはまばらに広大な畑や牧場を持つ民家が見え始め、そこではゴーゴートやケンタロスなどがのびのびと草を食んでいる。まぁ、これらはライズ島でも珍しい光景ではないので特にこれと言った感動もない。
そこからさらに進んでいくと、小さな港町へとたどり着く。体はまだまだ元気だが、これから先は車を使う距離まで街がないため、今日はここで休むことになる。でも、まだまだ日は残っているので、当然まっすぐポケモンセンターに向かうわけもなく。
ライズ島に向かう途中の観光客や、港町の住人に積極的にポケモンバトルを挑んで経験を積ませ、これからの旅を楽にしなければならないと、私達は街の外れにあるポケモンバトルが出来る運動場へと向かった。
思えば、婚約破棄をするまではバトルというものを忌避していたが、やってみれば案外面白いものだ。ポケモンも力いっぱい体を動かすことは非常に楽しいらしい。流石に体力が尽きるまでの勝負はポケモンも嫌がってしまうから無理強いは出来ないが、力比べ程度ならば勝気な性格のエリンにはもってこいであった。
戦っては休み、戦っては休みを繰り返しても、エリンは疲れた様子を見せないのだが……しかし、この子というか、この特性を持つポケモンは、意地っ張りじゃなくても意地っ張りな性格だ。勝気なだけに、弱みを絶対に見せようとしないせいもあってか、エリンはこまめに体調を確認しないと頑張りすぎて倒れてしまうことがある。
ライブキャスターで彼女の状態をスキャンしてみると、へ行きそうに装っていても、彼女の体はもうボロボロで。かと言って、『彼女のために』今日は止めようなんて態度だと、彼女は意地を張ってしまう。
「もう疲れちゃったな。エリン、もう帰っていいかな?」
そう話しかけることで、エリンも角が立たないように休んでくれる。これが、島にいた頃に学んだ彼女の御し方であった。