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「で、アンジェラはこっち。ドリュウズの女の子。結構家にガタが来てるから、建て替える時はサービス頼むからね」
「うん、ありがとう。こっちも……59レベルかぁ。すごく強いね」
アンジェラも、ライブキャスターの使用法を確認するためも兼ねてレベルを計る。そのレベルの高さには驚き、思わず口笛を鳴らしている。
「大工仕事では穴を掘ったり地面を削ったりとかって作業も多いだろうから、それに特化したポケモン。ローブシンはいたけれど、そういうのはいなかったはずだし、丁度いいでしょ?」
「そうだねー……今は結構機械任せだけれど、この子がいてくれたら楽になるかも。ってか、こんなの貰っちゃったらリフォームの時は本当に割引しないとな……お父さん、そういう事でよろしくね」
「えー……困ったなぁ。まぁ、仕方ないね」
娘に振られたアンジェラの父親は困った顔をしつつもまんざらでもなさそうだ。
「ウィル君、娘のためにありがとう」
「いえ……俺も、落ち込んでいた時に随分と励ましてくれたお礼ですよ」
はにかみながらウィルが言う。演技が自然で、私への未練を完全に断ち切ったように見えるのは彼が腹をくくった証拠なのだろうか。一年でこれだけのポケモンを育てているのだから、率直に言って頼もしい限りだ。
「……ところでお父さん。私の婚約者は、今はこの島に戻ってきているはずだよね? 仕事だって休みなんていくらでも撮れる業種なんだし、見送りに来ないの?」
「文句を言うなデボラ……。あの人は優秀なんだから」
「あのさぁ、私ウィル君にポケモンを育ててもらっていたけれど、きちんと何度も顔を合わせて慣れさせたうえでこうして貰ってるよ? アブソルは賢いポケモンだから噛みついたりはしないまでも、慣れない人の手に渡ればぎくしゃくするからって……人間も同じで、こう言う時に時間を取ってくれないような相手じゃ、私だって心を開けないよ。パルムさんに伝えておいて。私に噛みつかれても知らないよってさ」
ウィル君が最高の男だとは思わないけれど、パルムは間違いなくはずれの男だろう。一度だけ話したことはあるが、見た目には大して気遣っていないくせに、ボディタッチの多さは吐き気がするほどで、胸を触られそうになった時は思わず払いのけて、エリンが入ったモンスターボールに指をかけてしまったくらいだ。結婚してもあの調子なのかと思うと、いくら学歴が高いとはいえ不安しかない。
「そんな失礼なことを言えるわけないだろう!? こちらは結婚させてもらう立場だぞ」
「分かってるって、結婚はするよ。でもそれ以上のことは保証しないって、私は言っているの。それじゃ、私は行ってきます……」
「えー、ちょっとデボラ。そんなんでいいの? えっと……お父さん。私も行ってきますね。私も健康と事故に遭わないよう気を付けるので、お父さんも滑って転んだりしないようにね」
「大丈夫、生まれてこの方大きな事故は一度もないんだ。生涯現役でやって見せるさ」
娘に心配されるアンジェラの父親は誇らしげに胸を張る。そんな彼女の父親を見る父さんの顔はどことなく寂しげだ。
もしもウィル君との婚約が今も継続していたのであれば、私も父親に柔らかい態度をとれていたのかもしれないけれど、今はすっかり親子関係もぎくしゃくしてしまっている。前は娘として愛されていたような気もするけれど、今となっては家を守る道具として大事にされているような気がしてならない。
そうとも、家を守るための道具ならば、確かに冒険に出る必要もない、勉強をする必要もない。むしろ、親や婚約者パルムの傀儡であったほうが父さんにはきっと都合が良いのだろうから、昔の素直で従順な私とは違う今の私を疎ましく思うのも頷ける。父親に素直だった私は、ウィル君がいて、兄がいて、初めて成立するものなのだろう。
だけれど、好きな人と引き裂かれるような選択を、私の意思を無視して進めるような父親では、今はもう尊敬など出来ない。兄は、同じ苦しみを抱えていたのだろうか? こうして、自分が家のために行動させられる立場になってみると、珠に思ってしまう。今の私は不幸な気分の中にいるが、兄もこういう思いを抱えたまま死んだのだとしたら、それはあまりに不憫すぎる。
せめて、この旅の最中に事故現場へと寄った際は、花でも添えてあげなければ。
「それじゃあ、ウィル君。本当にありがとう。天災には絶対に遭わないように気を付けるからね」
「私も、穴を掘る機械にはぜひ活用させてもらうから」
「どんな状況だよそれ〜。ま、いっか。お二人さん、お元気で」
そう言ってウィルは手を振って寄こす。
「デボラ、ちゃんと食事も睡眠もとるのよ!」
母さんも同じく手を振る。
「きちんと一年、挫折せずに頑張れよ!」
「家が恋しくなったら電話するのよー!」
「お土産話期待してるよー」
アンジェラの方は両親と姉が大声で見送ってくれる。
「怪我だけはするなよ」
最後に、ため息交じりで控えめな声で発せられた父親の言葉が、私は虚しかった。心配してくれるのは嬉しいのだけれど、その心配はきっと、娘そのものではなく、後継ぎに対する心配なのだろうなと。