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そうして翌日。アンジェラは自分の父親から旅に出ることを許可されたようで、にこやかにそれを宣言していた。最初のポケモンはドッコラーらしく、それを旅立ちまでの間に育てていくそうだ。中学校に上がると同時に旅に出て、期間は一年間だと。それを聞いたデボラも、その日早速父親に旅に出る許可を申し出る。最初は危ないからと却下され、友達と最後の思い出作りだと言って食い下がるも、父親に拒否される。なら、婚約の話は無しねと拗ねた表情で言うと、母親もデボラと一緒に説得に参加して父親は条件を提示して許可を出す。
「その、父親に出された条件なんだけれど……旅に出るってことはつまり、それだけ勉強が遅れるってことだからさ……だから、『父さんが中学の参考書とかをいろいろ買ってくるから、きちんとそれで点数が取れたら旅に出してやってもいい』って……とりあえず、中学一年分相当の必修科目を合格できるくらいには((リテン地方の教育は単位制である))、勉強しなければいけないみたい」
「へー、こりゃけっこうヘビーな条件が来たねぇ」
「つまり、勉強出来なきゃいけないってことか……デボラ、頭悪くはないけれど良くはなかったよね?」
「うん、あんまり努力していなかったし……何だか、料理とか裁縫とかお掃除とか、お嫁さんになることばっかり考えていたからさ……そういうのは得意なんだけれど。でも、今はもうそんなことをしている場合じゃないんだよね。その情熱全部、これからの生活のために使うよ。もしも父さんが、私が頭悪いんだとかって思っているのならば……大きな間違いだって気付かせてやらなきゃ」
今は十一月。中学校に入学するのは来年の九月だから、十分に時間はある。デボラが頑張っている間、俺もたくさんやることがある。こっちはこっちで頑張らないといけない。とりあえず、俺とデボラのどちらにも言えることは、勉強をしなければならないことであった。これまでとは比べ物にならないくらいに激しい勉強を。
そればっかりは、傍観者のアンジェラは応援しか出来なかった。
そうして勉強を始めた最初のころは、勉強のために友達の誘いを断ったりなどして、付き合いの悪い奴と罵られたりもした。デボラも同じような感じで、だんだんと彼女を遊びに誘う女子はいなくなって行った。だが、いつの間にか俺達が何のために努力しているのかを同級生は知っていて、皆声を大にしてはいないものの二人を応援して勉強しやすい雰囲気を作ってくれている。
学校の休み時間さえも惜しんで勉強している俺達に気遣うように、集中を乱すような会話を近くでするようなことはなくなった。若干寂しくはあるものの、時折気分転換をしたいときはちゃんと付き合ってくれたりして、クラスの皆の友情には感謝せざるを得なかった。
そして、やるのは勉強だけではない。俺はデボラにプレゼントするアブソルを鍛え上げることだ。この島は多くの鳥ポケモンが営巣する観光地であり、特に二月ごろは多くの鳥やドラゴンが訪れ、果てはシェイミまでグラシデアの花を繁殖させるべく降り立つこともある。それを目当てに鳥使いやドラゴン使いなどが訪れて、雄大な飛行風景を楽しむ場所として知られていて、国内外からのトレーナーの来訪には困らない。自主トレはもちろんのこと、観光に来たトレーナーを相手にポケモンを鍛え上げる。もちろん、アブソルばっかりでは彼も疲れてしまうので、その他のポケモンも戦いに出しては鍛えてあげて、売り物としての価値を高めていくのだ。
しかし、ポケモンを売るのにも資格が必要だ。俺が勉強するべきはそれに関わることで、ポケモンを売買するにあたって覚えるべき法律をいくつもいくつも覚えなければいけない。一センチメートルくらいの分厚さの本を余すことなく見つめ、問題集の問題とにらめっこする毎日。その成果はデボラよりも早く表れることになる。
「受かったよ、父さん」
「本当か? すごいな、私がお前くらいのころは何にも考えずに遊びまわっていたものだが……その資格だって、取れたのは一五歳頃だというのに」
「へへん、努力のたまものだね」
時期は四月。定期船でライズ島を出て、リテン地方本土の試験会場でポケモン売買免許取得試験を受ける。周りはもうすぐ社会人と言った見た目の人間ばかりで、自分のように若い年齢で受けに来るようなものは皆無である。少し緊張はしたが、問題集の通りにやれば問題などない。試験終了から一時間で結果が出て、さらに二時間で免許証が発行される。それまでの達成感に満ちた瞬間は忘れられない。
これで俺はポケモンを売買する資格を得たわけで、これまでのように自分のポケモンを父親に預けて、父親経由で売買するというようなまだるっこしい方法を取る必要はないわけだ。
そうして、とりあえず第一の目標は達成したわけだけれど。俺自身、デボラと一緒に少しでいいから旅がしたかった。だから、デボラから遅れること三ヶ月。一二月のタイミングで旅がしたいと父親に申し出る。デボラの父親と違って、俺の親は特に何か条件を課すようなことはしなかったけれど、やっぱり勉強はきちんとしておけと釘を刺された。まぁ、それは仕方ない。試験もひと段落したのだから、少しくらい勉強を休みたかったが、デボラが頑張っている横で自分だけ休んでいるわけにもいくまいと、俺は勉強に勤しむのであった。
そうして、小学校の卒業を間近に控えた頃には、俺もデボラも成長していた見違えるほどに成長していた。デボラのニャオニクス、エリンは年が明ける前にニャオニクスに進化しており、勝気の特性により威嚇の特性やステータス変化技を持った敵に対するメタとして、観光客を相手に活躍しているようだ。兄から貰ったギャロップを乗りこなすのも上手くなっており、一年前まで育て屋の嫁にするには不安だった乗馬センスも大いに向上している。
肝心の勉強の方も順調で、問題集の点数も上々だ。今までのんびりと過ごしていた彼女の面影はないが、けれどその変化は不快じゃない。俺は戸惑いながらも、新しい彼女を受け入れていく日々である。