1:甘んてはいけない
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「でも、何をどうすればいいのか、ちゃんと考えなさいよ。情熱だけで我武者羅にやったって、何の成果も得られないよ。頑張るだけじゃ何でもかんでもできるわけじゃないから」
 アンジェラはどこか大人びている意見を言う。確かに、何でも出来そうな気がするけれど、現実は……一応厳しいだろうしなぁ。
「分かってる。それでさ、まずデボラの前にある一番の難関は語学だよね? デボラのお兄さん……ジョセフさん、確かカロスの言葉と日本の言葉。あとは中国の言葉をしゃべられるんだっけ?」
「たしか、兄さんは……中国は覚えかけで、ゆっくり大学で喋られるように頑張るって言ってた。父さん自身がカロスと日本語しか喋られないから……実際、私達が今使ってる英語があればイッシュやオーレ地方の人なんかとも喋られるし、それに加えてカロス語と日本語が喋られるならば、それだけでもう十分な人数とお話が出来るのよ。だからお兄ちゃんの代わりとまでは行かなくても、とにかく二つ覚えれば、父さんに格好はつくと思う」
「中学に上がれば俺らも第二言語を習うし、その時にカロス語は習うけれど、普通に生活していたらまず日本語は触れることがないからなぁ……」
「じゃあ、まず私は日本語を覚えるのが第一の目標になるのかな?」
 デボラの問いに、俺はうんと頷いた。
「それか、カロス語の予習をするのでもいいけれどね。それで、お兄さんはほら、大学で商業について学んでいたって話だし、デボラも大学に行けるようにはしないといけない……それで何だけれど、学費や生活費は俺が何とかしようと思う」
「はいぃ!? ランパート、あんた何言ってるの!?」
 俺が今後の予定を話すと、アンジェラが大袈裟に驚いた。
「聞いての通りだよ。俺が稼ぐ……今までのんびりとポケモンを育ててきたけれど、そんなんじゃダメだ。きちんと強くて、人間に懐きやすく、そして芸達者というか仕事を円滑に出来るようなポケモンを育て上げる。そうすればポケモンは高く売れる! っていうか、俺は一応父さんよりもポケモン育てるの上手いんだから……生まれた時から、親の顔よりもヒトツキやメェークルとにらめっこして生きてきたんだから。
 だから、ポケモンを販売する免許を取得して、自分で自分のポケモンを売買できる資格を持つんだ。販売免許を取得した年齢の最年少は十歳で、トレーナーズライセンスが解禁されてすぐにポケモン取引免許を取得している子供だっている。俺に出来ないことじゃないと思う」
「あぁ、なるほど……確かに、良いポケモンを売ればお金は手に入るけれど……そのためにも勉強はもちろん、ポケモンの育成も頑張らなきゃいけないね。なるほど、ランパート君もデボラちゃんも、相当な努力が必要ってわけだ」
 アンジェラの言葉に、俺達二人はうんと頷いた。
「それともう一つ。デボラが世界を飛び回るのは危険だって、オーリンさんは言っていたけれど……そんなことはないって、デボラ自身が証明するんだ。自分で、このリテン地方を飛び回ってさ。どうかな?」
 確かに、旅って言うのは危険がつきものだと思う。だけれど、そんな時のためにポケモンがいるんじゃないかと、俺は思うのだ。
「リテン地方を旅する……ジムバッジでも集めたりとか?」
 デボラが言う。そう、俺はそう言う事で認めてもらえると思っている。
「それでもいいし、ただ観光名所を回るだけでもいい。とにかく、旅をして逞しくなれば、お父さんも認めてくれるかもしれないし」
「……それを父さんに申し込むだけでも、すごく苦労しそうだけれど、やってみる価値はあるね」
 俺の提案にデボラは乗る価値があるという。うん、手ごたえありだ。何だかだんだんと出来そうな気がしてきた。
「その旅のために、俺も強力なポケモンを一匹用意するよ。危険を避けたいのなら、ふさわしいポケモンに心当たりがあるから」
「それって……アブソルとか?」
「……よくわかってるね、シビル。うちでも、番犬として野生のポケモンからモココやゴーゴートを守る役目として育てて売っているからね。牙をむけば狂暴な肉食獣だけれど、その反面で獲物を少しでも多く生かすために、獲物を死に至らしめる災害を感知する力に関してはポケモンの中でも随一だから。だから、きっとデボラのことも守ってくれると思う
 ちょうど今育てているポケモンがいるのだ。成長したら父さんに売却してもらおうと思っていたけれど、どうやらそれはなかったことになりそうだ。売るんじゃなく、デボラにプレゼントしよう。
「うん、ありがとう……でも、そのためにも、まずは旅に出る許可を貰わないとね」
 そうだ。簡単に許可を出してくれるならいいけれど、そう簡単に行くわけじゃない。
「そうだね。それがまずは第一の関門だ。これに関しては、俺が頼んでもどうにもならなそうだし……デボラに任せるしかないのかな」
「協力できるなら、私からも一緒に頼もうか? 友達と最後の思い出作りって名目で、誘っちゃうよ?」
 デボラだけで大丈夫だろうかと心配になった瞬間にアンジェラが名乗りでる。
「え、いいの?」
 デボラは驚き、聞き返す。
「もともと、少し旅に出て見たかったしね。丁度ローブシンに子供も出来てドッコラーが生まれたし、その子を連れて旅に出るのもいいかなーって……なんて、貴方のためにって言い訳付けて、私が旅をしたいだけなんだけれどね。だけれど貴方がもしもその気なら、私を言い訳に旅に出ればいい。口裏合わせくらいなら出来るよ。シビル、貴方はどうする?」
 アンジェラの言葉には一切のよどみがない。他人事だからなのか、それとも度胸が据わっているのか。色恋沙汰が好きなのもあるのだろうが、俺達なんかよりもよっぽどまっすぐ目標を見据えているような気がする。頼もしいけれど、このままだとデボラと二人旅になってしまうだろうから、女同士とはいえ何だか少し複雑な気分である。
「え、私は……その、旅に出るのは怖いし……」
 アンジェラに問われて、シビルはおどおどと答える。そう思うのも仕方ない、デボラだってこんなことになる前は、旅に出るのは怖いからと、小学校を卒業したら俺はデボラと一緒に旅に出たい……という話さえ怖がっていたくらいだ。それを今回、一人旅に出るなんて言いだすとは、よっぽど結婚が嫌なのかもしれない。
「そう、なら無理強いはしないけれどさ。で、デボラはどうする? 説得するとき、勝手に私の名前を使っても何ら問題ないよ」
「じゃあ、ありがたくあなたの名前を出す。そうやって、女二人だけで旅をしていても大丈夫だって、証明しなきゃ。そうだ、それならポケモンにきちんと指示を出せるようにならなきゃ。私は手持ちにニャスパーやギャロップがいるし、その子達を使ってバトルの練習だ」
 ギャロップ、と聞いて俺は嫌な事を思いだす。その子は、俺の父さんが育てて、ジョセフさんにプレゼントしたなんだ。ジョセフさんの事を思いだすとそれだけで胸が痛くなるが、デボラはもう吹っ切れたのだろうか、ギャロップを繰り出すことに迷いはないらしい。
「じゃあ、私が許可を取るのは……そうね、小学校を卒業したら旅に出たいって、お父さんに伝える。それで許可が出たら、デボラも自分のお父さんにお話を持ちかけてみて。それでダメなら、他の手を考えよう……それと、その時にランパート君の名前は出しちゃだめ」
 アンジェラが言う。
「ウィル君の名前? 出しちゃだめなの?」
「うん……まだランパート君との婚約の件を引きずっているのかって思われたら、旅を許可してもらえないかもでしょ? だから、お父さんから何か聞かれない限りは名前を出さないで……それで、何かを聞かれたら、『まだ未練はあるけれど、でも仕方ないから……』みたいに言葉を濁しておくほうがいいかな? 流石に、『もうウィル君の事なんて何とも思ってないよ』なんてあっけらかんとして言っちゃったら、親としてはそういう状況を望んでいるかもしれないけれど、それはそれで不自然だしさ」
 アンジェラはこの短時間で良くもまぁ色々と考えているもので。あらかじめデボラがボロを出してしまいそうなところをきちんとフォローしている。デボラはそれに黙って頷き、父親とどう話すべきか、何度も何度もシミュレーションした。


Ring ( 2016/07/02(土) 22:21 )