1:甘んてはいけない
6

「あれ、ウィル君……?」
 俺の姿を見て、デボラはどういう事なのかと、アンジェラ年ビルのことを見る。
「ごめんね、ウィル君に頼まれて」
 アンジェラは悪びれることなく知れっと言い放つ。デボラは渋い顔をするが、諦めて俺の方に振り返る。
「何か、用なの?」
 辛そうな表情と声色でデボラが尋ねる。本当は嬉しいだろうに、素直に喜べないのだろうその表情が辛かった。
「ごめん、デボラ。アンジェラとシビルに呼んでもらってなんだけれど、用があるのは俺で……」
「ううん、私こそごめんなさい……私から言うべきだったことを、結局お父さんに言ってもらうことになって……」
 お互い、第一声が謝罪なので、お互い無言になってしまう。このままではいけないと、俺は先に口を開く。
「それはもういいよ。言いにくいことだってのは俺にもわかるから……でさ、今回こうして話す機会を設けてもらった理由もその事なんだけれどさ……デボラは、このままでいいの?」
 問われて、デボラは答えようと口をもごもごと動かすが。だけれど、素直に口にできるものではないようだ。
「いやだよ、けれど、どうしようもないじゃない……お兄ちゃんさえ生きていればって、今でも思う」
 精一杯出した答えがそれだった。本心は、『いやだ、本当は君と結婚したい』あたり何だろうけれど。けれど、そこまで口にすることは出来ないのだろう。
 俺に問いかけられたデボラは、辛そうな表情を浮かべて顔を背ける。
「なら、抗おうよ。君の父親の言う事は正論だ。この村の経済を支えて来たデボラの父さんみたいな人物がこの村には必要だよ……だったらデボラ。それに君自身がなろうっていう気はないの? 語学の勉強して、外国を飛び回る仕事を自分でやってやろうって気はないの?」
 俺が尋ねると、デボラは俯いてしまった。そうして流れる沈黙に耐えかね、アンジェラが問う。
「さっきから気になっていたけれど、それランパート君はどうなの? 君がお兄さんの代わりに、貿易の仕事は出来ないの?」
 アンジェラに尋ねられて、俺はバツが悪そうに顔をゆがめるしかない。
「……正直、俺もそれは考えたんだけれど、俺は俺で、実家が唯一の育て屋で、しかも一人っ子でしょ? 俺の家……育て屋がないとこの村、ひいてはこの島全体で足とか労働力に困る人が出るし。たとえ語学を学んだりしたところで、外国を飛び回ることは出来ないと思う」
「確かに、うちにも、ランパート君の家から買ったローブシンが一匹いるから由々しき問題ね……」
 だが、俺の事情を話せばアンジェラ自身も俺の家の恩恵にあずかっていることもあり、割とすんなりと納得してくれた。そうして、アンジェラはふむ、と考える。
「確かにそうなるとデボラ自身が何とかしないといけないっていうのは納得だけれど、問題はデボラにそれをやろうと思う気概があるかどうかよね? デボラはどうなの?」
 アンジェラがデボラに問うた。デボラは少し考え口を開く。
「……正直なところ、パルムは嫌だ。だからと言って、父さんと同じ仕事が出来るように勉強したとして努力が報われなかったりしたら、もっと悲惨だよね……だからさ、怖いよ……でも、あれだよ。私が、何がなんでも勉強して父さんの仕事を継ぐために努力するって言ったら、ウィル君も協力してくれるんだよね?」
「うん、俺が出来ることは何でもする」
「なら、私も頑張る。ウィル君と一緒に……今まで、私はずっと一人だと思っていたけれど、ウィル君が一緒なら頑張れる」
 まだ、デボラの言葉は頼りない。煮え切らないというか、決心しきれていない雰囲気がある。手が、少し震えている。
「へぇ……お熱いねぇ」
 デボラが勇気を出した一言に、アンジェラは茶化すような言葉で気分を冷めさせる。今、そんな風に茶化さないで欲しいのに、まったくもう。



Ring ( 2016/06/30(木) 23:28 )