1:甘んてはいけない
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 話しかけることすら諦めてからさらに数日後。俺はデボラが怒っているのかと思い、もしそうだとしたら誰かを経由してでもいいから理由を聞きたかった。かと言って誰に話しかける勇気も持てなかったが、そうやってうじうじしていると――
「ねぇ、ウィリアム君? デボラちゃんの事なんだけれど、ちょっといい?」
 見かねた女子の同級生、アンジェラから俺に話しかけてきた。アンジェラはこの街の大工の一家の娘で、資材の運搬などの手伝いを小さい時からやってお小遣を貰ったりしている。そのおかげなのだろう、まだ小学生だというのに体は逞しく、そこら辺の男子では力で勝てないくらいに鍛えられている、学年一の活発な女子である。
「ちょっとさ、ランパート君。最近デボラちゃんがものすごーく元気がないけれどどうしたの?」
 話しかけてくれたのは良かったが、彼女はデボラの近況を良く知らないらしい。少し期待はずれな言葉に、俺はため息をついた。
「いや、兄さんが死んでしまったって言うのは聞いてるよね? それが原因だとは思うけれど……最初は俺が傍にいてあげなきゃって思ったんだけれど、なんだか最近は避けられていて……」
「そう、家族が死んじゃったのとか、避けられてるのは知ってるよ。私も、ウィリアム君が避けられているのは見てて感じたし。私もそっとしておいてあげたほうがいいのかなって思っていたけれど、ランパート君はデボラに何か変なことを言って傷つけたとかそういうのはないよね?」
「うぅん、心当たりはないよ。俺もそれは考えたんだけれど……思えば、『元気出せよ』とか言っちゃうのが無神経だったのかな? 他にも『そんなに悲しんでいちゃお兄さんも心配するぞ』って言ったんだけれど、それがもしかしたらうざったかったのかな」
「そう……もしあんたがデボラちゃんを傷つけたのだとしたら許せないって思っていたけれど、そういうわけでも無いんだね?」
 アンジェラが俺の目を見てにらみつける。傷つけただなんてうかつに言ったら、殴られそうな威圧感がある。
「そうだよ。俺もどうすればいいか分からなくって……肉親が死んだのはショックだろうし、事故の加害者が憎いだろうってのは分かる。そういう事に耐えられないならば、尚更、誰かに……俺に傍にいて欲しいんじゃないかって思うんだけれど……でも、それって俺の勝手な思い込みなのかな? 俺としてはとにかくデボラに元気になって欲しいし、俺を避けるのもやめて欲しい……」
「確かに、ランパート君がひどいことを言うとは思えないし。でもそうなると本当にどうして避け始めたんだろ? 辛い時こそ好きな人にいて欲しいもんじゃないのかな」
「ねぇ、アンジェラ……出来るなら。聞いてくれないかな? 俺の代わりにさ、どうして俺を避けるのかって……デボラに聞いてくれないかな?」
「うーん……それが私もちょっと聞いてみたんだけれど、何でもないから放っておいてって……デボラに言われちゃってね」
 アンジェラはそう言って顔を俯かせる。そうか、ダメだったか……
「様子を見る限り、デボラが本当に『何でもない』ってことはないと思うんだけれど、ランパート君がひどいことを言っていたりするわけでもなさそうだし。本当に、そっとしておくのが正解なのかなぁ?」
 アンジェラはため息をつく。みんな口には出していないが、アンジェラの他にも同級生は皆デボラの事を心配している。それがどうにもならないというのは、歯がゆくて仕方がない。
「親に、聞いてみよう」
 もはやこの手段しかあるまい。デボラの親ならば何か知っているのかもしれない。
「親に聞くって、デボラの両親に?」
「そうだよ。もうそれしか手段はないでしょ。それが納得できる理由なら、俺も接し方を考えることも出来るし。だから、もうこうなったらそうするのが一番の解決方法なのかもしれないな」
「でも、大丈夫? ちゃんと聞きだせるの?」
 アンジェラの問いかけに、俺は首を振るしかない。
「分からない。俺も失礼にならないように気を付けるし、これまで家族ぐるみで付き合ってきたんだから多分……大丈夫だと思う」
 とはいっても、確証なんてない。ジョセフさんが死んで以降、デボラの家には一度も行っていないし……今更行って、邪険に扱われやしないだろうか。
「じゃあ、任せるよ。私達もデボラちゃんの事は心配しているんだから、頼んだよ?」
 けれど、アンジェラにこう頼まれた以上は、後には引けまい。
「うん、任せて」
 強がりでも、任せてと言うしかなかった。



Ring ( 2016/06/28(火) 22:24 )