1:甘んてはいけない
 ある日の昼頃。家族そろって昼食を食べていた時、育て屋の電話ではなく家の電話が着信を告げる。最初は穏やかに対応していた父の顔がすぐに険しくなり、母親も俺も不安げな表情でそれを見守っていると、電話を置いた父親はため息交じりに言う。
「スコットさんの長男が……ジョセフさんがあっちで車の事故に巻き込まれたらしい」
 デボラの兄は、現在大学に進学しており、隣の国サウスリテンに滞在中だ。どこでどんな事故に遭ったのかまでは聞いていないようで、事故の状況については良くわかっていないそうだ。
「う……そ、でしょ? それで、大丈夫なの? 容体は?」
 母親がうろたえ尋ねる?
「危ないそうだ。連絡先が分かったから病院の方が家族に連絡してくれたそうなんだけれど……それでしばらくは忙しくなるかもしれないからって、エレーナさんが連絡してくれたんだ」
 エレーナ、というのは確か俺の許嫁であるデボラの母親の名前だ。
「忙しいなんて、そんなこと気にしなくっていいのに……デボラは、どうしているだろ……」
 兄が死にかけた、なんて、デボラも絶対動揺しているし心配しているはずだ。
「そうだな、デボラちゃんも心配しているだろう。ウィル、元気づけてやりなさい。傍にいてあげて……」
 父親は俺にそう言ってくれた。そうだ、デボラに会いに行かなきゃ。

 昼食をほとんど食べ残して、俺は走り出していた。自分が育てて来たゴーゴートに乗り、ドシドシと荒々しい足音を立てながら家に向かう。この村でもひときわ大きい彼女の家を訪ねると、声を聞いてすぐに通してくれた。中では予想通りデボラが泣きそうな顔で兄の事を心配しており、一緒に並んで無事を祈ろうと優しく声を掛けると、押せば壊れそうな頼りない素振りで手を合わせ祈っていた。
 いったいどれくらいそうしていただろうか。心の中では祈っていても意味はないと冷めた思いもあったが、それでも何も縋るもののないデボラが満足するまでは一緒に居て、同じことをしてあげる。俺達のニャオニクス達もそんな彼女を心配そうに寄り添っており、事情がいまいちわかっていないであろうが、飼い主が一大事なのはポケモンでもわかるようだ。
 そのお祈りが、本当に意味のない行動になったのはすっかり日も落ちて夜になってからの事であった。

 翌日には葬儀の準備が始まった。死亡してから二日後には葬儀が始まり、俺達ランパート家も葬儀に参加して、棺に入れた彼を墓に安置するまでの始終をデボラと共に見送った。
 親どころか祖父や祖母よりも早くに死んでしまったジョセフ兄さんの事を悔やむ声が耐えず、そしてデボラもずっとふさぎ込んだような表情で毎日を過ごすこととなる。どんな声を掛ければいいのかもわからず、とにかく一緒に居てあげようとしてとなりを歩いていたが、ほとんど喋ることなく俯いた日々が続き、ついにデボラが俺と会うことも拒否したのは、事故から一月半ほどたっての事であった。
 学校では毎日顔を合わせるが、俺を露骨に避けるようになり。話しかけようとしてもどこかへ行ってしまう。酷い時は女子トイレにまで逃げ込まれてしまうため、取り付く島もない。学校では『家にも尋ねてこないで』とすら言われてしまって、俺はデボラの家に行くことも出来なくなってしまう。デボラに言われた通りに俺もデボラの家にを訪ねることもせずに一人の日々を過ごし、ポケモン達に囲まれることでせめてもの寂しさを埋めようと頑張っていた。


 広い土地を持つ俺の育て屋。うちは育て屋の他にも、チーズの原料となるゴーゴートのミルクをチーズ工房に売却しており、そのためのミルクを寄越してくれるゴーゴートを遠目に見ながら、牧場の端っこで柵にもたれかかっている。
 ゴーゴートは呼べば寄ってくるけれど、呼ばなければ自由にのんびりしているから、気が向いたときに呼べばいい。今はニャオニクスと一緒に居て、ため息をついていたかった。
「ニャオ」
 トレーナーである俺に同調するかのようにニャオニクスのエリオットが寂しげな声を上げる。胡坐をかいているとすぐに俺の膝の上に乗ってくるあたり、こいつも寂しがっているのか、それとも俺の寂しさを紛らわせようとしているのか。
「お前も寂しいか……だよなぁ、一体どうしてあんなに俺を避けるようになったのか、わけわからねーし。どうにか話だけでも出来ないのかな……」
 そんなことを愚痴っていても仕方がないというのに、誰かにこの話を聞いてもらいたくって仕方がない。かと言って、家族に話すわけにもいかないし、こんな事を話すことを出来るほど信頼し合える同級生もいない。今は、デボラと一緒に居るよりも、そっとしておいてやったほうがいいのだろうか?


Ring ( 2016/06/27(月) 23:22 )